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第35話 アオイに感謝

 ワサビの行方を聞いた翌日。

 マルコさんが、ワサビを配達してくれた。

 有難い。これで、もう一つ試作できる。


「おおきに。ワサビ持ってきたでぇ」


「有難う御座います。お代は昨日言っていた金額で本当にいいんですか?」


「えぇって」


 手で俺を制する。


「それじゃあ、これで。今後ともお願いします」


 頭を下げて感謝の気持ちを表した。


「リュウさん、ワイは応援するで。なんかあったら言ってや?」


「ありがとうございます。新作、できたら祭りで出すんでご馳走します。お店に来てください」


「そら楽しみや!」


 手を上げて帰っていく。その後ろ姿に老紳士を重ね。みんな頼りになる人の背中というのは、大きいものだなぁと実感したのだ。


 ツノグロの柵を切り分けていく。

 バットのようなものに切り身を入れてそこに醤油、みりん、さけを入れていく。さけ以外は勇者シリーズの調味料だ。


 そこへ、先ほどもらったワサビを入れるのだが。


 ちょっと指へと乗せてなめる。

 少しワサビの香りが鼻を抜ける。その後にわずかにツンとくる辛さだ。

 これは、いい辛さだ。


 たれの中へとワサビを溶かす。

 冷蔵具へと入れて寝かせてあとは待つだけだ。


「なにしてたのぉ?」


 朝早く起きて仕込みをしていたのだが、物音で起きたのかミリアが起きてきた。


「欲しい材料をマルコさんが届けてくれたんだ」


「あのーまるいひと」


 確かにフォルムはまるっこいが、その言い方はマルコさんがショックを受けるだろう。


「ま、まぁ。そうだな」


「なにかできるの? たべたい」


「ミリアが食べるのには辛いかもしれないぞ?」


 首を傾げるミリア。

 辛いという意味がわからないのかもしれない。


「カラコみたいなもんだぞ?」


 そう口にすると、顔をしかめた。

 カラコというのは、七味のようで赤くて辛い野菜のようなもの。


「それはいやかも」


「だろう? やめておいた方がいいぞ?」


「むー」


 頬を膨らませて不満そうな顔をしているミリア。

 昼営業の仕込みをしていると、リツ、イワン、サクヤとアオイがやってきた。


「おはようございます! もう少しでお祭りですね! 楽しみー!」


 体を跳び上がらせて楽しみを表現しているサクヤ。

 それを微笑ましそうに見つめているアオイ。

 この二人はバランスがとれているなぁ。


「そうだな。試作もできているから。サクヤとアオイなら食べられるかもな」


「なんか特別なやつですか?」


「あぁ。ちょっと辛いんだ」


「なるほど!」


 すると、不満そうにリツが口を開いた。


「えぇ? ぼくたべられないのー?」


「リツは、辛いの食べられるのか?」


 イワンが横から耳打ちする。

 身を震わせて首を振った。


「ぼくたべない!」


 何か、辛い物を食べたことがあったようだ。イワンに目配せして礼をする。ニコッと笑って頷いてくれた。イワンも大人ということではないが、いろいろと気が付く子だ。


「今食べられるんですか?」


「漬けているものなんだ。昼なら味が染みてるんじゃないか?」


「じゃあ、昼までのお楽しみですね!」


 胸の前で両手を合わせてルンルンしている。


「何が入ってるんですの?」


 アオイが興味深そうに聞いてくる。


「ワサビっていうんだけどな。この前、マルコさんに聞いて仕入れられることになったんだ」


 目を丸くして固まっている。


「ワサビ……私、すごい好きなんですわ!」


「そうなのか? 渋いな」


「でも、あれって高級品ですわよね? 大丈夫なんですの?」


 よく知っているなぁ。アオイは。昔に食べていたんだろうか?


 やはり、アオイの家系はお金があった家系なのかもしれないな。上品さといい。謎が多いもんな。


「それがな。安く仕入れてくれることになったんだ。だから大丈夫だ。いつもの値段で売れる」


「ワサビが入ったものを小硬貨五枚とかで売るんですの⁉」


「そうしようかと思ってんだけど……」


 顎に手を当てて沈黙して考えている。

 少しすると深刻そうに口を開いた。


「やめた方がいいかもしれませんわ。他の店でワサビを使っていたら、安くても中硬貨一枚はかかりますわよ?」


 それは知らなかった。大々的に使っているわけではない。ホントに小さじくらいのスプーン分しか使っていない。それを考慮すれば大丈夫なはずだ。


「本当に香り付けにしか使っていないようなもんなんだ。それだったら、小硬貨五枚じゃダメだろうか?」


「それならいいですわね。香り付けくらいならいいと思いますわ。わさびを入れていて、辛いのを売りにしているところが多いんですの」


「いやぁ、助かったよ。ありがとうな。他でどのくらいで出しているかまで知らなかったからなぁ」


「お役に立ててよかったですわ」


 アオイは静かにテーブルを拭き始めた。本当にこの子はどういう家の子なのか。そして、なぜサクヤと一緒に生活しているのか。


 元々知り合いとのことだが。言っては悪いが、サクヤとはまた違う家柄な気がする。サクヤのところも兵士だと言っていた。だが、アオイもなんだろうか?


 考えても仕方ないような疑問が頭の中でグルグルと巡っていた。


「リューちゃん! あさのごはんはぁ?」


 リツの一言でまたボーっとしていることに気が付いた。


「あぁ! すまん。今作るな」


 昨日の夜に余った野菜を煮つけたおでんのような味付けの物を温めて出した。


 最近は、このような賄いのようなものを出しても美味しいと言ってくれる子供達に感謝しながら作っている。なんでも食べてくれるのが嬉しい。


 野菜をあまり好きではないが。


「この煮物、すごい温まっていいですわ」


 アオイの口にはあったようだ。

 俺も一口食べてみると、出汁も出ていて旨かった。


「おいしー!」


「やっぱり、リューちゃんすごい」


 リツは嬉しそう。

 ミリアもご満悦であった。


「気に入ってもらえてよかったよ」


「これもお祭りで出したらどうですの?」


 アオイの言葉にハッとした。

 たしかに、屋台でおでんを出しているところも日本にあった。

 いいかもしれないな。


「いいな。考えてみるよ。ありがとな。アオイ」


「別に、いいですわ」


 目線を逸らして頬を染めながらそう口にするアオイが可愛らしかった。

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