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第32話 新しいことへ

「なんか、騒がしくねぇか?」


 外がなんだか慌ただしい雰囲気なので、そう口に出してしまった。


「あー。なんか、三日後からお祭りだからですよ?」


「祭り? そんなのあんのか?」


「毎年やってますよぉ。今の時期は、野菜が収穫の時期なので、収穫祭だそうです」


 サクヤは知っているようで、収穫祭だと教えてくれた。


 収穫祭というからには、いろんな種類の野菜が出回るんだろうなぁ。それはちょっと楽しみだ。


「何か出しますか?」


 出店みたいなことかぁ。先代のおやっさん、なんかしてたのかなぁ。

 いや、先代は関係ないか。

 俺がやるかどうかだ。


 となると、こども食堂も広めたいし、やるか。

 そうだ。

 子供達と一緒に呼び込みしたりして何か売るのがいいかもな。


「みんなで何か売ったりはどうだ?」


「イワンとか、リツもってことですか?」


「そうだ。どうだ?」


 目を瞑り、顎に指をあてて少し考えるしぐさをするサクヤ。「うーん」と唸っている。


 たしかに、慎重に考えるのもわかる。リツとイワンはまだ小さい。それに、親を亡くしているということもあって、大人の人に少し抵抗を見せることがある。


 苦手ではないが、どう接していいかわからないような。そんな雰囲気を醸し出すことがあった。


「アオイにも確認しますけど、いいと思います。いい経験になると思いますし、何より楽しそうなんで」


「そうか。それならよかった。あとは、何を売るか、だな」


 俺も腕を組んで考えを巡らせる。

 何かいいものがあるだろうか。

 新商品とかを出してはどうだろう。


 トロッタシチューとか。ツノグロの漬け丼。サブの味噌煮。

 どれもいけそうだ。

 みんなに試食してもらって売ろうか。


「リュウさんの料理を売りたいですよねぇ」


 そう思ってくれているのがありがたい。


「そりゃありがたいね。何か新作を弁当として売ろうか」


「あっ! それ、いいですね!」


「じゃあ、考えたやつ後で食べてくれるか?」


「食べたい! 嬉しいです!」


 サクヤは小さく飛び跳ね、嬉しそうにピンクの髪を揺らした。俺の料理をそんなに嬉しく思ってくれているのかと思うと、作っていてよかったなと思う。


「えぇ? なになにぃ? おまつりってなにぃ?」


 ミリアが奥からやってきた。

 まだ食堂の開店前だから話が聞こえたようだ。


「出店とかがあるんだよ? 美味しいものが沢山売ってるの!」


 ミリアは少し首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「リューちゃんのご飯以上に美味しいものなんてあるの?」


「んーーーーー。ないかもね」


「じゃあ、いかない」


 これは嬉しい誤算だった。

 祭りというものを体験させてやりたい気持ちはある。

 だから、少し見て回ろうかとも思っていたのだ。


「でも、いろいろな出店があるから、見てみたら楽しいかもよ?」


 一生懸命にサクヤがミリアにお祭りを進めてくれている。

 それに、俺も乗っかる。


「ミリア、俺もちょっと見てみたいんだよ。一緒にみてくれるか?」


「なんだ、リューちゃんもいくの? なら、いく」


 ここまで好かれているのは、嬉しい。けど、他の人たちともうまく交流してほしいという気持ちもある。だから、祭りといえば色んな子供たちが街へと繰り出すだろう。


 そこで、いろんな子供がいれば関わって欲しい。

 実の親にまた会うこともあるかもしれないが、もうミリアには家族がいる。

 何にも恐れることはないだろう。


「俺の、新作の弁当を売ろうかと思ってな」


「たべたい」


「あぁ。いいぞ。今日の昼営業終わってから試作してみる。それを食べてくれ」


「やったー」


 ミリアのその喜ぶ顔を見るために作っているような気さえしてくる。

 こういう顔をされると、俺は幸せな気持ちになる。


 そこに、入口の引き戸が開くとリツとイワン、アオイがやってきた。


「なにが、やったーなのぉ?」


 リツが気になったようで、ミリアを問い詰めている。

 なぜかミリアは話すことを渋っている。

 代わりに俺がその話をする。


「祭りのための新作をな、昼営業の後に食べてもらおうと思ってるんだ」


「やったー! なんで、ミリアちゃんおしえてくれなかったの?」


 口を尖らせて俺を睨んでいる。

 何かしただろうか?

 睨まれるようなことしてないと思うんだが。


「たべるひと、ふえるとたくさんたべられない」


「はっはっはっ! ミリアの食い意地には驚かされるな。大丈夫だ。多めに作るから」


「それなら、いい」


 ふふん。となんだか得意げな顔をしている。


「いまは、たべられないの?」


「リツ、すまん。何も準備してないからな。昼営業の暇な時間に準備しておくから」


「むー。わかった」


 不満そうな顔をしていたが、引き下がってくれた。

 楽しみにしてくれているのはありがたい。

 シチューなんてのは、気に入ってくれると思うんだけどな。


 小麦粉のようなものはあるし、パンもあるくらいだからな。

 ミルクもあるし、バターもある。

 だが、あまりシチューというのは聞いたことがない。


 グラタンもいいかもしれないな。

 いろんな料理が俺の頭の中で巡って行く。


「…………ん?」


「……ウ……ん?」


「リューちゃん!」


 体がビクリと反応してしまった。


「おう! すまん。考え事してたわ」


「はやく、あさごはんたべよう?」


「すまん! 今準備する!」


 先のことばかり考えていてはダメだな。

 困ったものだ。

 もう昼営業後の新作のことを考えてしまっている。


 ただ、弁当が軌道に乗れば、俺は忙しくなるが。

 困っている人は少なくなるかもしれない。

 配達する人も確保すればいいかもな。


 これからのことに思いを馳せながら、朝食の準備をしていた。

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