「セバスさんからお小遣いもらってよかったな」
あの嬉しそうなミリアの顔が脳裏に焼き付いている。それは、セバスさんも同じだろう。一緒に寝ているミリアの横顔も可愛いが。
「うん! でも、リューちゃんにあげたでしょ?」
「自分で持っていなくていいのか?」
「だって、おかねあったら、みんながリューちゃんのごはん、たべられるかなって」
あれだけの資金があったらしばらくは大丈夫だろう。
だけど、イワンやリツ達みたいに困っている子を呼ぶにはどうしたらいいのだろうか。
目につけばいいんだろうけど。
いっその事、店の営業時間外は「こども食堂 営業中」とでも書けばいいだろうか。
待てよ。それだと、字が読めない子はわからないか。
みんなが字を読めるわけじゃない。
ましてや小さい子は読めるわけない。
でも、何もしてないと思われるよりは入りやすいだろう。
暖簾を下げている店に入るのは知っている人じゃないと無理だ。
札を作ろうか。
「ミリア、明日こども食堂をやってるぞぉっていう札でも作るか」
「つくるー!」
◇◆◇
「どうやってつくるのー?」
木の切れっぱしでもあればいいんだが。
店の裏や居住スペースを探したのだが、よさそうなものはない。
厨房にはないと思うのだが、一応探してみる。
いつも使っていない棚の下に使われていないまな板をみつけた。
これでいいんじゃないだろうか。
「ミリア、これにしよう」
「おー! おっきい!」
横一メートルはありそうなまな板だった。結構な重さである。
これなら、文字はけっこう書けそうだ。
「なにしてるのー?」
「なんかつくるんだってー」
朝食を食べにリツ達がやってきた。
リツも質問にたいして、ミリアがざっくりと説明している。
まずは、腹ごしらえしてからだな。
軽く仕込みをしながら朝食を作る。
鉄鍋へ少量の油をしき、卵を割って入れていく。鍋が心地いい音を奏でて白身が躍る。香ばしい香りが鼻を抜けていく。人数分入れて水を投入する。そして、蓋をしたらちょっと待つ。
蓋を開けて確認すると、黄身が白い膜を張っていた。
あとは、少量の油で再度白身の周りをカリッとさせる。
皿に盛り付け、作り置きしてあるトロッタのチャーシューをのせたら完成だ。
「わぁ! たまごだぁ!」
「食べよう」
ミリアが嬉しそうに席に着く。
俺はご飯茶碗の中へ卵を乗せた。
黄身を割りながら醤油をかけ、ご飯と混ぜ合わせる。
横から不思議そうに眺めているのはミリアとリツだ。
「そうやってたべるのぉ?」
「俺はこれが好きなんだ」
「ミリアもやるー!」
「ボクもー!」
なんか行儀悪いことを教えてしまった気がする。あとで、サクヤとアオイに謝っておこう。
あっという間に朝食を平らげた。
子供たちがせっかくいるんだ。
やってもらおう。
「アオイ、仕込み手伝ってくれるか?」
「もちろんですわ」
優雅に青い綺麗な髪を揺らしながら了承してくれた。
「サクヤ、子供達とそのまな板に筆で『こども食堂 やってます』って書いてもらえるか?」
「はぁーい!」
朝でも元気のいいサクヤ。店の奥へと行って書くための道具を取りに行った。
俺は、仕込みしながら見守る。
「ねぇ、サクヤ姉ちゃん、なにをかくのぉ?」
「この紙にウチが書いてあげるから、マネしてこのまな板に書いてごらん?」
やる気満々のリツが前のめりに質問する。
一枚の紙に見本を書いて、それをみながら書かせる作戦のようだ。さすが、サクヤ。それは思いつかなかった。
「ミリアもかきたい!」
「そうだよね! イワンも書きな! じゃあ、順番に一文字ずつかこっか!」
最初を譲りたくないリツは筆を既に持っている。
墨に付けて書こうとすると、まな板へポタリと黒い点が付く。
「あっ……」
「大丈夫だよ! ほらっ、書いちゃいな!」
背中越しだが、失敗したと思ったようで一瞬固まった。サクヤの言葉を受けて、『こ』を一生懸命書いたようだ。少し不格好だが、可愛い字だ。
「つぎ、ミリアねぇ」
墨をつけると力いっぱいまな板に筆を叩きつけて『ど』を書ききった。なんだか、字は大きいしリツと違って力強さが半端ない。主張が激しい。
イワンは綺麗に『も』を書いていた。どこかで習っているわけでもないだろうに、綺麗な字である。元々持っているセンスだろうか。
「これはむずかしいよぉ」
リツが指している『食』はたしかにちょっと難しいかもしれないな。
サクヤとアオイが書けばいいだろう。
「それは、サクヤが書いて、次のはアオイがかけばいいんじゃないか?」
「よぉーっし! 見てなさいよぉ!」
腕まくりをしたサクヤがうまく書こうと必死だ。はらいと、とめをしっかりとしたことで力強い『食』になったみたいだ。
厨房から手を洗って出たアオイが優雅に筆を持つ。
凛としたその姿勢からは書道家のような雰囲気さえ放っている。
筆をおき、書き始めた『堂』。
まさか、アオイが。
字が下手だったとは。
崩れた字になってしまったが、アオイは満足そうだ。
優雅に筆を置いて厨房へ戻ってきた。
「うまくかけましたわ」
「あ、あぁ。味のある字でいいな」
「そう言ってもらえると嬉しいですわ」
無事に褒めていると受け止めてくれたようだ。それぞれが、楽しそうに書いているからいいだろう。こういうみんなで何か作るっていうのはいいもんだな。
最後の『やってます』は順番に書いたようだ。
一回書いたからか、慣れたもので、スラスラと筆を滑らせていた。
完成したのは札というより看板で、リツの最初に墨を垂らしたのも、なんだか味があるように見えてきてしまっていた。
「できたねぇ!」
「なんか、おおきさバラバラだね」
リツが感動している横で現実的なことを口走るミリア。自分の字が一番大きいのだが、それは気にしないのだろう。
「これでいいじゃねぇか。みんなで作った看板だ。こども食堂の時間にはこれを出そう」
墨が乾くまで窓際に置いて置くことにした。
子供たちが楽しそうでよかった。
初めての共同作業がいい思い出になるといいんだが。