ほのぼのとした空間を堪能した日の夜営業。
予想以上に『協力者求む!』の張り紙が読まれないことに半ばあきらめながら料理を作ったり、酒を提供したりしていた。
そんな時、アッシュさんがカウンターに座って声をかけてきた。
「おやっさん、なんか協力者を募っているんですか? ダンジョンとかです?」
「あぁ、いや、違うんですよぉ。子供達に無償でご飯を提供しているんですけどねぇ」
「あぁっ! それの協力者ですか? 俺も協力しますよ! 嫁も世話になってますし」
ここで、また協力者が名乗りを上げてくれた。嬉しいことだ。
「だったら、俺も嫁が世話になったしなぁ」
アッシュさんの友達も声を上げてくれた。
協力者についての説明をしていたところで、いつも昼に来てくれる老紳士が現れた。
「おぉ。夜も賑わっとるのぉ」
「いらっしゃいませぇ! おじ様、今日は夜なんですね!」
「ほっほっほっ。たまには飲みたい日もあるんじゃ」
老紳士を空いている席に案内するサクヤ。
ただ、カウンターしか空いていなかった。
アッシュさんとその友人の隣へと座る老紳士。
「毎度どうもです。夜来るなんて珍しいですね?」
「昼は孫たちに会えるからいいんじゃがのぉ。今日は仕事が、ちと押してしまってのぉ」
何やらアッシュさんや、周りの冒険者たちが騒がしい。
一体どうしたというのだろうか。
この老紳士は俺からすれば、常連の気のいいお爺さんなんだが。
「あ、あのっ! S級冒険者のセバスさんですよね?」
「さてのぉ。ワシはそんな名前じゃったかのぉ」
「そのいで立ちは噂に違わぬ老紳士。そして、その身体から繰り出される拳はどんな魔物でも粉砕するという……」
この老紳士、そんなにすごい人だったのか?
だから、あんなに大硬貨を寄付してくれたのだろうか。
この前寄付された時のことが脳裏を過ぎる。
「ほっほっほっ。そんなのは、眉唾物じゃて。結局、スチールドラゴンには魔法を使わないとどうにも太刀打ちできなかったのじゃ」
「はぁあ⁉ 今日の依頼、スチールドラゴンだったんですか⁉」
何かドラゴンというからには、凄いのだろうな。
「あんなの、硬くてどうしようもないって言われているドラゴンですよね?」
「ワシは炎の魔法と拳で焼き切ったがのぉ」
「はははっ! そんなの、セバスさんしかできないですって!」
「そんなことはない。人間、やろうと思い、努力すればできるようになるもんじゃ」
「そんなもんですか? 俺にもできますかねぇ」
セバスさんは高らかに笑うと「努力すれば、なんでもできるんじゃよ」と行ってサクヤが持って行ったエールを一気飲みした。
「お嬢さん、もう一杯もらえるかのぉ?」
「はい! エールもう一杯!」
その掛け声に返事をすると、おかわりのエールを用意した。セバスさんは次に運んだエールをチビチビと飲み始めた。
ふっと目にした張り紙を指すセバスさん。
「主人よ、なぜワシへ声をかけなかったんじゃ?」
「はぁ、実は大硬貨をもらったとき、自分の全財産を寄付してくれたものだと思ったんです」
目をパチクリさせて固まる。
「ほっほっほっ! そりゃそうじゃのぉ。こんな爺さんが大量の大硬貨をもってくればそう思うのぉ。そうじゃなぁ」
「すみません。そんなに凄い人だとわからず……」
「いいんじゃよ。ただの爺じゃよ。畏まることはないのじゃ」
頭を下げた俺を見て、笑いながら手で制す。
S級冒険者なんてもの凄い人なのだろう。
そんな人が、この店に来てくれているなんて、凄いことである。
「それでなんじゃがのぉ、ワシも協力しよう。そうじゃのぉ。全報酬の八割を渡そう」
思わず目を見開いてしまった。
何を言っているのか、理解できなかったのだ。
「ほっほっほっ。理解できなかったかの?」
「いや、八割? 一体いくらになるのです?」
「そうじゃのう。今回の依頼が大硬貨三百枚じゃから、二百四十枚じゃのお」
「そんな! そんなにもらえません!」
その老紳士は、にこやかに布袋をカウンターへ置いた。
「これが、今回の協力金じゃ」
「で、では、ここでの食事は無料とさせていただ──」
「──そんな気遣いはいらぬ」
ピシャリと言葉を切られてしまった。
「し、しかし!」
「ほっほっほっ。話していてわからんか? ワシに言っても無駄じゃということが」
「はぁ。本当にいいんですか?」
「もう、ワシは金があってもしかたないんじゃ」
そう言われては、俺には何も言えない。
横にいたアッシュさんなんて、開いた口が塞がらないといった感じである。
「い、いやぁ。やっぱり、雲の上の人ってのは違いますねぇ」
そんなことを友達と話している。
周りの冒険者も聞き耳を立てていたようで、驚いた風な話をしている。
この老紳士だけで、かなりの金額になるんじゃないだろうか。
「ミリアちゃんはおるかの?」
「いると思いますよ? ミリアー?」
奥へと呼びかけると、ヒョコッと顔をだした。
「なにー?」
「セバスさんが呼んでるぞぉ」
声をかけるが、首を傾げている。
「お爺ちゃんがお小遣いをあげるのじゃぁ」
「おこづかい?」
興味があったのか、トコトコと奥から歩いてきたミリア。老紳士を見ると、いつもくる人だと気が付いたのだろう。顔が明るくなった。
「おじいだぁ。どうしたの?」
「これをあげるのじゃ」
大硬貨を三枚あげている。それは、ミリアには過ぎた金額である。
「ちょっ!」
「まぁ、まぁ、ご主人よいではないか」
「さすがにあげすぎです!」
「子供にお金の使い方を教えるのも大切じゃぞ?」
そうだけど、額が異常だろう!
そう思うが、時すでに遅し。
ミリアの手に渡っていた。
「リューちゃん。はい。いっぱいもらった」
ニカッと笑って俺に硬貨を手渡す。
その笑顔にセバスさんは悶絶していた。
孫の破壊力はS級冒険者を倒せるらしい。