小さな男の子が器を落としたことによりミリアの成長に気が付くことができた。
今回のような小さな子を連れた親というのは、店に入りにくいことが多い。そんな親たちの拠り所となれるような食堂にしたい。これは俺の希望だが、サクヤとアオイも同じようなことを思ってくれているのではないだろうか。
その親子はまだ食事中。
先ほど、暖簾はサクヤが下げた。
他のお客さんは閉店までにお会計を済ませてくれるという気の使いよう。
「お気遣い頂いてありがとうございます!」
「いいんだよ。また来るね」
このやり取りは店にいたお客さんみんなと、サクヤが交わしたものだ。
本当にいいお客さん達でありがたい。
「これおいちぃね?」
男の子は母親に笑顔を見せながら食べていた。
「リューちゃん。きょうのごはんは、なにぃ?」
ご飯を食べていた母親が目を見開いて驚く。
突然、入口の引き戸が開き、ミリアくらいの子が現れたのだから仕方がないことだろう。
その後ろからはイワン、アオイと続いて暖簾をくぐってくる。
次々来た子供たちに目を丸くしている様子。
「あらっ? リュウさん、すみません。まだお客様がいらっしゃったんですわね」
「いや、大丈夫だ。なんなら、この人たちも誘おうと思ってたんだ」
「そうなんですの。じゃあ、大丈夫ですわね」
母親の厨房から食事が終わったと思われる、親子の元へと歩みよった。
膝をつき、目線を下げる。
「この子たちには、無償でご飯を提供しているんです。もしよかったら、店が閉まった時間に来ませんか? そうすれば、周りのお客さんを気にすることもない」
「えっ……。でも、無料はさすがに申し訳ない気が……。旦那は武器屋を営んでいるんです。お金がないわけではありませんし」
そういうことを気にしてくれる人なんだな。
「であれば、この時間に来て大人一人分の金額を払って貰えれば、それでいいですよ?」
「それならいいかも……」
「ちょっと考えてみてください。もし、旦那さんも時間があるときは、一緒に来ていただいてもいいです」
「それは、どうでしょう」
「旦那さんが忙しいのであれば、またお二人で顔を出してください。この子たちも喜びます」
目線をリツ達に向けると、自分のことを話していると思ったようでリツが椅子から降りてやってきた。
「リュウちゃん、このこ、なまえ、なんていうの?」
「自分で聞いてみな?」
「ぼくは、リツっていうの。きみは、なんていうなまえ?」
リツの嬉しそうなキラキラした瞳が、男の子に向けられる。
その目に少し気圧されながらも、口を開いた。
「ショーちゃんは、ショウっていうの」
「ショーちゃん。よろしくね」
「うん」
リツが大人に見えることもあるんだなと思った瞬間だった。弟ができたお兄ちゃんといった感じ。これでもっとしっかりしてくるかもしれないな。
「ふふふっ。リツくんていうのね。何歳なの?」
「んー。よんさいかな?」
イワンに確認するように目配せすると、頷いてくれていた。合っていてホッとした様子だった。
そういわれてみれば、ミリアのちゃんとした歳がわからないな。
「ミリアもリツくんといっしょだよ!」
なんというタイミングのいい。
ミリアは四歳だったのか。
自分でわかっていて偉かったな。
得意げに表れたミリアに親子も笑顔になる。
「ミリアちゃん、さっきはありがとうね。おかげで、おいしくご飯食べられたよ」
「リューちゃんのごはんは、いちばんおいしいんだよ!」
「ふふふっ。そうね。お父さんの料理好きなのね?」
「……? お父さんじゃないよ。リューちゃんの料理が好きなの!」
母親にさっき自分の子供だと言ってしまった手前、苦笑いがこぼれてしまう。頭を掻きながらなんと説明したらいいか、頭の中で考えを巡らせる。
不思議そうな目でこちらを見つめている。事情を説明してほしいのだろう。
「実は、ミリアの両親は食事を与えず、自分たちは仕事なんだか、遊びなんだかに出て。家に帰ってくる頃には寝ていろと言い。まともに育児をしていなかったんです。あんな環境でよく生きていたと思います」
「そんなっ! 親がそんなことをするんですか⁉」
「俺も、疑問です。数日三食食べているので、少し肉がつきましたが、最初は骨と皮だけのような感じで見ていられませんでした」
「それは……っ!」
思わず目から滴が落ちてしまった様子。
この元気なミリアからは想像できない実情があったことを察してくれたのだろう。こういう優しい人が母親というのは、ショウくんはいい環境で育っているな。子を思う親というのは、自分の子供でなくても、身を案じてしまうものではないかと俺は思う。
「ママ、どうちたの?」
「大丈夫よ。ミリアちゃん、大変な思いをしていたんだって」
「ミリアたん、だいじょうぶ?」
今度はショウくんがミリアを気遣ってくれている。
そのやりとりを見ていたら、俺まで込み上げてきてしまう。
なんで子供っていうのは、まっすぐで素直なのに。大人になるとねじ曲がってしまうのだろう。
「リューちゃんまでどうしたの?」
「いや、すまんな。ちょっとミリアを思ってくれる人が他にもいるのだなと思ったら、嬉しくなってな」
「もぉ。はやくごはんたべよ?」
その言葉でハッとした。
まだ昼飯の準備が全然できていなかった。
「そうだな。あっ、よかったら、ゆっくりしていてください。子供たちも喜びます」
「そうですかぁ? じゃあ、お言葉に甘えて」
母親は、にこやかな顔になり雰囲気がフワッとした。
最初来たときはトゲトゲしい余裕のない感じだったが、おいしいご飯を食べて子供達にふれたら心が軽くなったのかもしれないな。
「ショーちゃん、このうらはミリアのおうちなんだよ! みる?」
「そうなの? みるー!」
「ぼくもいくー!」
ミリアとショウくん、リツの三人は奥の居住スペースへと消えていった。一人残された母親はにこやかながらも、手持無沙汰といった感じだ。そこに、アオイがよってきて話しかけていた。
「一人で育児していると息が詰まりますわよねぇ?」
「えっ? はい。あの、お若いように見えますけどぉ?」
「リツと、このイワンを、あそこにいるサクヤと二人で育てているのですわ。育てているというか、家族として一緒に生きているだけなんですわ」
「そうなんですか⁉ すごい」
「だから、気持ちはわかりますの。二人だから、なんとか正気で生きていますけど。ここリュウさんに助けられたというのも大きいですわ」
「リュウさんって、不思議ですよねぇ」
そこからは、女性二人の女子トークの様相を呈していた。その会話はあまり聞かないように昼飯の支度に集中するのであった。
なんだか自分のことを話されていると、恥ずかしいものだな。
二人の女子トークはサクヤも加わり、昼食を食べた後まで長引いたのであった。