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第22話 稼ぎ頭の兄

 休みの日が開けて、通常営業の日を迎えた。

 体は快調だし、ミリアも昨日甘いものを食べたからか上機嫌。

 日が昇り始めてから仕込みを始める。


 昨日もエリック商会とダニエル商会の方が仕入れに来てくれていた。休みの日でも来てくれるように話しているから食材は豊富だ。


 価格を下げてくれたことで大分余裕ができている。ただ、あまり贅沢はできないような状態だが、こども食堂の運営はなんとかできている状態だった。


 来てくれる人が多くなったことで、少し食材の仕入れが足りなくなりそうというのが現状である。余った食材を使っていたのだが、お客さんも来てくれるようになっている。だから、あまり食材が余らなくなってきているんだよなぁ。


 それはいいことなのだが、これ以上の人数になるとこども食堂の為に仕入れなければならなくなってくる。


 今日はサクヤのシフトの日で、昼営業で店を元気よく回してくれていた。

 昼が過ぎて客足が落ち着いた頃。


 引き戸が開き、暖簾を潜ってきた男性は様子を窺うように入ってきた。すると、カウンターを一瞥して厨房の方に足を進めてきた。


 男性は冒険者風の風貌をしていたが、何やら痩せている様子。装備を売るわけにもいかないだろうけど、なんでそんなに痩せているのだろうか。


「あのぉ。おやっさん。この張ってあるのって相談したら、ご飯食べさせてもらえるってことっすか?」


「はい。失礼ですが、だいぶ痩せているようだ。ご飯は食べていますか?」


「実は、必要最低限の干し肉とかしか食べてないっす。どうか、ご飯をめぐんでもらえないっすか⁉」


 この男性も何か事情があるようだ。


「そちらの席へどうぞ」


 厨房からすぐの席へと案内する。

 サクヤへ目配せすると、俺の意図を察してくれたみたいで、注文を聞きに行ってくれた。


「ご注文は何にいたしますかぁ?」


「そ、そんな。なんでもいいっす。食べられれば……」


「店主であるリュウさんが、好きなのを注文していいと言っていますので」


「じゃ、じゃあ、トロッタ煮を」


「はい! 少々お待ちください!」


 その声が聞こえていたので、急いでトロッタ煮の準備に取り掛かる。一応、サクヤが厨房へと注文を通す。返事を返すとホールの接客へと戻った。


 さっきの男性は、肩身を縮こまらせて申し訳なさそうに座っている。周りを窺っていて落ち着きがない様子だ。


 周りの視線が気になるのだろう。ここに来ているお客さんはほとんどが、子供達に無料でご飯を振舞っているのを知っている。


 大人もたまに来ているのを見ているようだし、チラッと視線を巡らせるが後は気にしない様子であった。


 あまり待たせてもかわいそうだと思うが、トロッタ煮は仕込みをしていても少し時間がかかる。


 肉を温めるだけではダメなのだ。少し低温で熱してあげないとトロッとしない。多少時間がかかっても、食べて感動するような料理を出したいという一心で作っている。


「持ってってちょうだーい」


 サクヤがすぐにやってきてお盆を運んでいく。痩せてしまっている男性の口に合うといいのだが。トロッタ煮は味付けが少し濃いめだからな。サービスでドグア煮も一緒に出したから喜んでくれるだろうか。


「あっ、すみませんっす」


 頭を下げるとその男性は肉をほぐすと口へと運んだ。少し上を向いて目を瞑り、味わうように一口を噛み締めている。


 男性の目からは一筋の涙が。どれだけ食事を我慢していたのだろう。若いように見えるが、どれだけ苦労しているのか。


「おいしいっす。身体に染みわたるっす」


「お客さん、何か事情があるのでしょうが、大丈夫ですか?」


「……弟が魔法学院に入るんっす」


「それはすごいですね」


 男性は俯きながら話し出した。


「そうなんっす。すごいんっす。だから、学院の入学金を稼がないといけなかったんっす。二年前に軍人から冒険者に転向したんっすが、うまくいっていたんっす」


「じゃあ、なんでそんなに痩せているんです?」


「田舎の家に仕送りをしているんっす。その要求される額がだんだん多くなってきたんっす」


 男性の顔は憔悴していた。


「頑張って稼いでも、自分の食べる分のお金が無くなっていって」


 涙をこらえるようにしながら、どうしたらいいかわからない様子だった。


「そんなにご実家はお金が必要なんですか?」


「六人兄弟なんっす。軍人の間は決まった額を送ってたんっす。冒険者になって、稼いだ時は多めに送っていたら母ちゃんから金額を要求するようになっていったんっす」


「あなたの現状をわかっているんですか?」


 こんなに痩せた息子をみたら、自分の行いを後悔するのではないのだろうか。身近にそんなことを思わない親がいたのは見ているが、そんな親ばかりでもないだろう。


「話してないっす」


「会いに行って、話してきた方がいいんじゃないですか?」


「田舎に帰って戻ってきたら、六日もかかるっす。その間、稼げなくなるっす」


「あなたの顔を見たら、考えを改めますよ」


「そうっすかね……」


 トロッタ煮を噛み締めてご飯をかき込んでいる。幸せそうに微笑みながら食べている姿を見ていたら、こちらも胸に込み上げてくるものがある。


 こんなに家族の為に身を粉にして働いている人がいる。でも、だからこそ、自分が倒れてはダメなのではないだろうか。


「お客様、お母さまと兄弟を本当に大切に思ってらっしゃるんですね」


 サクヤが優しい声で語りかけた。


「親父がいなくなってから、アッシが稼ぎ頭なんっす。二番目も稼いではいるみたいっすが、なかなかまだうまくいってないみたいなんす。あっ、アッシはゴウっていうっす」


「ゴウさん、ご家族を大事にするのは大切なことだと思います。でも、ご自分のお身体を大切にすることも忘れないであげてください」


「自分の身体っすか?」


 ゴウさんは、目を見開いて驚いている様子だった。自分のことを気にするなんて考えてもみなかったといった様子だった。


「そうですよぉ。だって、ゴウさんが倒れたらご家族は路頭に迷うのではないですか? ウチは、親が死んでからすごく苦労しましたから」


「たしかに……そうっすね。アッシが稼げなくなったら食えなくなると思うっす」


「そうですよね? だから、ご飯はちゃんと食べた方がいいです。もし、お母さまと話しても変わらないようでしたら、こちらでご飯を食べてください。もちろん、お代はいりません」


 困っている人がいたら、こども食堂を案内してもいいとサクヤとアオイには話している。だから、ゴウさんもお誘いしたのだろう。


「とりあえず、少し余裕ができるまではここで食べたらどうです?」


 厨房から声をかけると、口を固く結び、涙をこらえているようだった。


「本当にいいんっすか? こんなに人に優しくされたのは久しぶりっす。ありがとうございます」


 涙を拭うと頭を下げた。


 お母さんとの話し合いがうまくいくといいのだけど。

 このゴウさんの姿を見て苦労をわかってくれるといいな。


 ゴウさんはドグアを食べてまた幸せな顔をしていた。


 この顔を見ることができるから、料理人はやめられない。

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