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第21話 好意に甘える

 街の様子を見てみたが、困っている人が街を見た限り、いるとは思えなかった。困っている人がいなければいいのだが。真に困っている人というのは、助けを求められなかったりする。


 だから、街を歩いても受け身で待っているようじゃダメなのかもしれない。


 何かで発信できればいいのだが、現代日本のようにSNSのようなものがあるわけでもない。インターネットのようなものがあるわけでもない。


 ただ、口コミを頼りにするしかない。江戸時代のようなものである。あの時代でも新聞のようなものや、立て看板のような物はあったようだ。そういった手段ならば、いいかもしれない。


 そんなことを考えながら、みんなと『わ』へと来ていた。


「帰ってきたな」


「あー。なんか帰ってきたって感じがしますね!」


 サクヤが身体を伸ばしてそう口にした。


「ここが、それ程安心する場所だということですわね」


 アオイが嬉しいことを言ってくれる。

 ここが安心する場所だというのなら、それは俺としては嬉しい限りだ。


 店の入り口の引き戸が突如開いた。

 顔を出したのは、以前硬貨をくれた老年の紳士だった。


「声が聞こえてのぉ。暖簾が出ていないが、今日は休みかの? どうしてもここで飯を食べたくなってのぉ」


「どうぞ。ちょうど昼食の準備をするところでしたので。ただ、今日は仕込みをしていないので、少々時間がかかりますけど……」


「いいんじゃよ。この歳になると、慌てていると死に急いでいるみたいで嫌なんじゃ」


 老紳士はそう呟きながら、端っこのテーブルへと腰を掛けた。


「お言葉に甘えますね。料理に手は抜けないので」


「ほっほっほっ。さすが料理人じゃのぉ。ではの、トレッタ煮をもらえるかのぉ? あれは癖になるのぉ」


「はい。少々お時間頂きやす」


 皆にも座るように促すと、トレッタ煮の準備をする。


 目くばせをすると、アオイとサクヤもそれでいいと頷いて応えてくれた。

 この老紳士は単純にこの店のご飯を食べたいを言ってくれた。こういうお客様は大切にしないといけない。


 トレッタの角切りを人数に一人前追加で煮込む。

 だんだん煮詰まり、グツグツとしてくる。

 少し弱火にして煮込んでいく。


 ここまですると後は、待つだけなのだ。だが、もう一品作っていく。

 買ってきたドグアを少量の水を入れた鍋へと入れる。

 煮込むと甘くなるというこの果物を出してみよう。


 甘じょっぱい匂いとは別に、厨房に甘い独特の香りが充満していく。少し厨房の外にも漏れたようで子供たちが顔を出した。


「えぇっ? なんかあまいにおいがする!」


 最初にやってきたのは、好奇心旺盛なリツだ。


「そうだよねぇ! なんかかいだことない、あまいにおい!」


 続いて顔を出してきたのはミリアだった。さっきの母親のことがあるから心配していたが、そこまで気にしていないようでよかった。少し吹っ切れただろうか。


 吹っ切れたとしたら、イワンやリツのおかげだろう。


「もう少ししたらできるから、席で待ってな?」


「「はぁーい」」


 二人は、大人しく俺の言葉を聞き入れて席へと戻っていった。さっき買っているのをみているからなぁ。早く食べたいのだろう。


 サービスだ。子供達以外にも、あの老紳士にも出して少し感想でも聞くか。


 できた物を片っ端からお盆へとそれぞれトロッタ煮、みそ汁、ご飯、漬物の小鉢を乗せていく。最後に、ドグアを煮たものを器にのせてミントを乗せる。これは、見栄えと口がスッキリするのではないかと思ったから付けてみたのだ。


 それを、アオイとサクヤが素早く来て、今いる人たちへと配ってくれている。

 なんて気の利いた子達なのだろうか。


 休みの日なのに働かせるのは申し訳ないのだが。こういう時は、素直に有難うと感謝を述べて手伝ってもらう方がいいだろう。


「休んでいいと言ったのに、手伝ってもらってすまんな」


「充分、休みました! みんなで、パフェ食べて楽しかったです!」


 胸の前で両手を合わせて飛び跳ねているサクヤ。ピンクの髪がフワリと舞う。

 こういうリアクションも、お客さんから人気がでるところなのだろう。


「私も楽しかったですわ」


 優雅に首をコテンッと傾けると、綺麗なスカイブルーの髪がサラリと揺れる。

 この上品さがアオイ派の推すところなのだろう。


 パフェのお店でアオイとサクヤが食べているとき、遠巻きに様子を見ている男たちがいたのだ。その男たちはサクヤ派か、アオイ派かで議論をしていた。人気が出るのはいいことだが、変な奴らが寄ってこなければいいのだが。


 みんなのお盆を配り終えると、子供たちは俺の言葉を待っているようだった。


「よしっ。じゃあ、今日も仕入れてくれた商会の人、食材を作ってくれた人に感謝して食べよう」


「「「はぁーい。ありがとうございまーす」」」


 俺の言葉を合図に感謝の言葉を口にして食べ始めた。


「ほっほっほっ。いい言葉じゃのぉ。元気があってよろしい」


 老紳士もご満悦の様子で食べ始めた。

 いつも通りの味だったので安心しつつ、今日初めてのドグア煮を食べる。


 口の中にはスッキリとした甘さが広がる。鼻からライチのような風味がフワリと抜けていった。


「んんっ。これは、うまいかもしれんな」


 俺がそう口にすると、ほかの子達もドグア煮を食べ始める。


「あまーい!」


「これ、おいしいねぇ?」


 リツが叫んでいる横で、おいしさの共感を求めてくるミリア。その向かいでイワンは目を瞑り、にこやかな顔をしている。おいしくて感動しているようにも見えるが。


「おじい様、お味はどうですか?」


 気になっていることをサクヤが老紳士に聞いてくれた。


「うむ。この果物のようなものは初めて食べたが、うまいのぉ。癖になる味じゃ」


 ホッと胸をなでおろす。


 あっという間にみんな平らげたようで、片付け始めている。茶碗洗いの行列に老紳士も並んでいて、慌てて止めた。だが、首を振り、頑なに自分も洗うという。


 にこやかに片付け終えると、カウンターに何かを置いたようだ。そのまま出て行こうとするため、何を置いたが確認すると、大硬貨ではないか。


 慌てて後を追う。


「すみません。今は、こども食堂の時間です。お代は貰えませんよ」


 引き留めて大硬貨を返そうとすると、突き返されてしまった。


「これは、正当な報酬じゃ。またご飯を食べさせてほしいのじゃ。ワシが出したいんじゃ。別に、誰にでも無料で提供するのはいいが、払いたいという意思のある客には払わせればいい。そうじゃろう?」


 それだと不公平ではないかと思ってしまうのだが。


「払うこっちがいいと言っておるんじゃ。受け取っておきなさい」


「すみません。では、ありがたく。またのお越しを、お待ちしています」


 頭を下げて見送ると、背中越しに手を上げて去っていった。カッコいい去り際だった。


 払ってくれる人の好意は、拒まない。それでもいいのかもしれないと思わせてくれた。


 俺の考えは、固かったのかもしれない。もう少し柔軟に考えてもいいのかもな。


 沈み始めた日をバックに去っていく老紳士の影に再度、感謝を込めて頭を下げたのであった。

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