「うむ。これでは出せないな。もう少しだ」
「はい」
次の日、俺はおやっさんに料理のレシピを教えてもらいながら試作をしている最中。
まだおやっさんの味には程遠いが、いい香りが辺りには漂っている。
それが、店の中には充満していた。
店先に小さな人影がある。
何やら中の様子をうかがっているようだ。
不審者か?
「外の子たちが気になるか?」
「おやっさん、この料理は売り物になりませんよね? ということは捨てるんですよね?」
「あぁ……そうだな」
おやっさんは頷く。器へと試作品を入れると温かい器を手渡してくれた。
「持って行ってやるといいじゃろう」
コンロを一度止めると入口へと向かい、引き戸を開けた。
視線の先には二人の子供がいた。
どちらもやせ細っている。
俺と視線が合うと何か恐ろしいものを見たかのように身を縮めて立ち去ろうとする。こういう時ばかりは、自分の顔を呪ってしまう。
「待ってくれ」
子供は立ち止まり、恐る恐るこちらを振り返った。
「腹、減ってんだろ?」
そう問いかけると子供たちは頭をゆっくりと縦に振った。
「中に入れ。俺が作った料理は失敗作だったんだ。捨てなきゃならない。だが、それも勿体ない。誰か食べてくれる人がいればいいんだがなぁ」
みそ汁を差し出しながら、精一杯の笑顔を作る。
すると、子どもの顔は今までの暗い顔が嘘のように晴れやかになってよかった。
中の様子を窺うように、恐る恐る店の中へと入る。
おやっさんもにこやかな顔で、こちらの様子を窺う。
「ぼうずたち、そこに座るといいのじゃ」
テーブルへと誘うと、テーブルの周りをうろうろしてどうしたらいいのかわからない様子。
「適当に座っていいぞ」
子供たちは、一人は六歳前後だろう。もう一人はもう少し小さい。
椅子に座るのがやっとだが、なんとかテーブルに顔が出る。
二人とも少しツンとした匂いがする。
風呂に入ってねぇのかもしれないな。
衣服も所々に穴がいているし、丈も短いじゃないか。
いったいいつから着てる服なんだ?
頭に疑問を浮かべながら試作したトロッタ煮を器へ盛り付ける。
トロッタ煮込みというのは、トロッタという豚のような魔物。
その肉を醤油と砂糖で煮込んでトロトロにした料理だ。
まだ、おやっさんより味にパンチがないな。
分量は合っているはずなんだけど、思った味にならない。
最初の焼き入れが少し甘かっただろうか?
「おじさん、僕はいいから。弟に少しでもいいので食べさせてもらえない?」
その言葉に胸が苦しくなる。
兄弟愛はいいが、それ以上にこの年で自分が我慢するということを覚えているってのか。
一体これまでどんな思いで生活してきたんだ⁉
どうやって食ってたかもわからない。
どうして、だれも手を差し伸べないんだ⁉
胸の奥からこみ上げる悲しいなにか。
それを必死に押し込めて笑顔を作る。
「大丈夫だ。二人がおなか一杯になるくらいはあるから。二人とも食べろ」
それでもまだ不安そうな顔をしている。
大丈夫だといっても、最初に会った人間を信用できないよな。
変なものを出されると思ってんのかも。
「おやっさん。すみません。米を出させてもらえませんか?」
「あの痩せ方は異常じゃ、食べさせんと死んでしまう」
「有難う御座います」
俺は頭を下げると盛り付けてくれた器をもって子供の元へと戻る。
湯気の立っているトロット煮と米の乗ったお盆を二人の前に静かに置く。
「うわぁ! すごいいいにおい! おにい、これたべていいの⁉」
おにいと呼ばれた少年は再度、俺の目を見て確認してきた。
頷いて「食べていいぞ」と伝える。
わりぃけど、俺はこういう感じでしか感情を表現できないんだ。
子供が恐いと思うかもしれないが、不器用で申し訳ない。
一口食べた弟は飛び上がるようにして兄を見た。
「これっ! すごくおいしいよ! おにいっ!」
弟はガッつき始める。米を少しずつ口へと運んで食べている。
兄はその弟を笑顔で見つつ、ゆっくりとトロッタ煮を口へと運ぶ。
数回咀嚼すると、震えだした。
まずかったかと思い心配でのぞき込む。兄は涙を流してトロッタ煮を食べていた。
「うぅぅぅ。おいしぃ。こんなにおいしいもの食べたことがないよぉ」
涙を流しながらトロッタ煮を食べながらご飯をかき込む。ずっと「おいしぃよぉ」と箸を進める。
俺の中で抑えていた感情がこみ上げ。目頭へと涙が押し寄せる。
こんな俺の失敗作でも、うまいっていって食ってくれるのは嬉しい。
この子らは、普段何を食ってんだろうな?
親はいったい何をしてんだ?
そんなことを考えながら、逃げるように奥へと引っ込んだ。
そして、おやっさんに聞いてみた。
「おやっさん、この街、どうなってるんですか?」
「この街はのぉ。貧困の差がない街とうたっているんだ。ただな、ごく少数だが生活の苦しい人たちがいるのじゃ。その者たちをな、領主は気にも留めない。というか、見ないフリをしている」
「そんな人が領主なんですか?」
コクリと頷くおやっさんの横顔は険しい。でも、自分もこれまで何も動いてこなかったのも事実なのだから、何も言えないのだろう。
こんな子供たちや困っている人たちを救いたいと思っていたんだとか。でも、自分達の生活があるからと思い、動けなかったそうだ。
俺が昔からやりたかったのは、こども食堂という活動。だれでも来ることができる居場所で、ご飯を提供するという活動をしているところが多いから、生活困窮者を対象にしていると思っている人もいると思う。
でも、そうではない。子育てに困っている人や料理を作ることができない人、そんな人たちが温かいご飯を囲んで食べる。そうして、自分の悩みを打ち明けて相談する。
そういう場だ。中には一人親家庭を対象にするなど、明確に利用者を制限しているところもある。それも、事情を考えれば、一様にダメともいえないのが現状だ。
ただ、俺はそういうニュースや情報を見ていて思ったことがある。誰でもご飯が食べられる。気軽に集まれる場所。そして、したことがない経験を体験できる場にもしたいと。
俺は、この世界でこども食堂をやることを決めた。
この食堂は絶対に引き継いで見せる。
異世界こども食堂『わ』を作りたい。
みんなの輪を大切にする。
そんな食堂にしたい。