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異世界こども食堂『わ』
ゆる弥
異世界ファンタジースローライフ
2024年12月11日
公開日
3.7万字
連載中
【月、水、金の週三回更新】
困っていたらこども食堂『わ』に来るといい。
料理も食べれて相談もできる。
そんな居場所が、異世界にもあったら素敵じゃないだろうか。

リュウは、気が付いたら異世界にいた。
食堂をやっていた老夫婦に助けられたらしい。
やめるという食堂の後を継ぐ決意をする。
突然現れた痩せた子供。料理を出してあげると泣いて喜んだ。
この街には他にも苦しんでいる人がいる。
苦しんだ人の居場所を作るべく奮闘する物語。

第1話 拾われた料理人

 俺が目を覚めた時、知らない天上だった。

 たしか店の営業が終わって帰るところだった気がするが……。


「おぉ。目が覚めたかい? 道端で倒れておったんでな。家に寝かせて様子を見ておったんよ」


「それは。すみません。ここはどこですか?」


「ここは、ハリルド王国の王都の隣街、ロンデル街だのぉ」


 聞いたことがない国名。

 学のない俺だが、流石に国の聞き覚えぐらいあるだろう。

 地球でハリルド王国という国は聞いたことがない。


 要するに、地球という惑星とは違う惑星、世界のようだ。今は一人身だからあまり違う世界に来ても影響は無いが。


「すみません。訳が分からなくて……。全然違うところにいた記憶しかなくて」


「そうなのか? なんだか、大変だったのぉ。まぁ、まずこれでも食べるといい」


 差し出されたのはとても香ばしくて、甘い香りのする肉の煮物が入った器だった。


「すみません。腹減ってたので、頂きます」


 煮物を口に運ぶ。

 肉を噛むと旨味が口の中へと広がっていき、醤油と砂糖のあまじょっぱさが合わさり絶妙だ。


 俺も料理人をしているからわかる。これは、完成された味だ。何年もこの料理を積み上げてきたのが分かる。

 ペロリと平らげてしまった。


「美味しいかったです。この料理は奥様が作ったのですか?」


 奥にいた奥様は顔を横に振った。


「ワシが作ったんじゃ。ここは店をやっていてな。みんなが飯を食いに来る食堂のような感じじゃのぉ。もう店を始めて五十年になるかのぉ」


「おぉ。凄いですね。俺も料理人なんですけど、この料理の美味さには敵いません」


「ハッハッハッ! そうか? そりゃあ嬉しいのぉ。ただな、もう歳だし、ずっと立っているのも辛いし辞めようかと思ってたんじゃ」


 たしかに料理人ってのは、忙しければ厨房で休む暇がないもんなぁ。


「お前さん、どんな料理を作っていたんじゃ? ちと、作ってみてくれんか?」


 それは、俺の腕の見せ所だなぁ。

 高校卒業してから二十四年の料理人生を送ってきたからには、ちょっとはいいところみせないとな。


「ちょっと、厨房お借りします」


「よいぞ。厨房の器具はわかるか?」


 厨房の周りを見るとわからないものがチラホラあった。


「これはコンロ……ですか?」


「そうじゃ、魔道コンロじゃのぉ。そっちは食材が入っている冷暗ボックスじゃ」


 おやっさんの指したところには、冷蔵庫のような箱が存在していた。


「この中身、使っていいんですか?」


 見たことのあるような野菜や、見たことのないものがある。

 目に入ったのは、ネギと豆腐のようなもの。


「おやっさん、これ、ネギと豆腐じゃないですか?」


「?……そうだ。知っておるのか?」


「はい! これは、味噌ですか?」


「そうじゃ」


 器に入った茶色い物は匂いが似ていると思ったが、味噌であっていたようだ。


「おやっさん、乾きものの魚などはありますか?」


「あるぞ?」


 下の戸棚から出してきたのは煮干しのような干し魚。

 いい香りがしてる。これを使えばいいものが作れそうだ。


「使わせてもらいます」


 干し魚をたっぷりの水で煮立たせる。

 そこへネギと豆腐を一口大に切り、鍋へと投入する。水を入れて煮立たせると魚介と野菜のいい香りが鼻を抜けていく。

 野菜がしなっとしてきたら、味噌を解いて入れていく。


「できました」


「これは、スープじゃな?」


「はい。みそ汁です」


 二つの器へと盛って、おやっさんへと差し出す。もう一つは、奥さんへ。


「いい香りじゃ」


 おやっさんは一口喉へと流し込む。そして、頷いたのだ。うまいということだろうか。

 しばしの沈黙が支配する。


「うむ。少し雑味があるが、いい味だ」


「ありがとうございます」


 嬉しくなり、頬が熱くなるのを感じながら胸を高鳴らせた。


「この店で、少し修行してみんか?」


「何処の馬の骨とも分からない俺が修行させて頂いていいんですか?」


「その手を見れば分かる。料理人の手だのぉ。この店を継ぎたいって人もいない。息子と娘は冒険者になったからのぉ。少しお主の腕を見てみたくなったんじゃ」


「冒険者……ですか?」


「冒険者が分からんか? 本当にどこから来たのやら。冒険者ってのは、依頼を受けて魔物を討伐したり、薬草を採取したりとな。何でも屋みたいなやつでな」


 冒険者というのは、大変な仕事みたいだなぁ。俺にはそういった類は向いていないと思う。


「お前さんも最初は冒険者かと思ったんだが。そのガタイと強面の顔。歴戦の戦士のようだ。それがまさか、料理人とはのぉ。ハッハッハッ!」


 昔からよく言われていた。

 人相が悪い。

 恐いとな。


 昔は、多少拳を振るったこともあったけど、それは若い頃の話。料理人になってからは大事な手で殴ることはしなかったさ。


 この顔と体のおかげで絡まれたことなど一度もない。それは、有難かった。みんなが避けて通るんだからな。前の妻だけがそれがいいといい結婚したんだが。


 子供も産まれた。だけど、妻は俺が仕事ばかりしていたら愛想をつかしていつの間にか家はもぬけの殻。


「戦いなどできません。できるのは、料理だけです」


「いいのぉ。この店のメニューのレシピと、ワシの培ってきたノウハウをお前さんに叩き込んでやるわい。お前さん、名前は?」


「リュウです」


「いい名前だのぉ。ワシが引退するまで。それまでに腕を見てやるわい」


「学ばせて頂きます」


 俺が頭を下げると、おやっさんもなぜか頭を下げた。


「弟子を持つのは何年振りかのぉ」


 嬉しそうにそう口にし、笑っていた。


 こんなよくわからない世界での料理人生活が始まろうとしていた。

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