「すばらしい歌劇だったわ」
「僕も久しぶりに、こんなに完成度の高い舞台を見たよ」
アレクシアとアレックスは予約したレストランで向かい合わせに座り、料理が届くまでの間、観劇の余韻に浸りながら談笑していた。
故郷の劇場で、役者達の美しい歌声と熱演に魅せられたアレクシアは、心から感動していた。
「(……アレックスが隣にいたから、余計に楽しかったのかもしれないわ)」
グラスの水を一口したあと、チラ、と上目遣いでアレックスを見ると、彼もまた優しい瞳でこちらを見つめていた。
その視線に心がじんわりと温まった。
「(彼とのこんな優しい時間がずっと続くといいのに)」
アレクシアはふと目を伏せ、店内に響くピアノの旋律に耳を傾けた。
「アレクシア、お願いがあるんだけど」
彼女がグラスに触れていた手を、アレックスの手がそっと包んだ。
その温もりに思わず視線を上げると、彼の表情はどこか真剣だった。
「え……な、なにかしら」
――テーブルにはいつの間にか、開かれた指輪ケースが置かれていた。
「この指に、この指輪をはめても……いいだろうか」
指輪は、バラを模した繊細な装飾に、サファイアがきらめく美しい一品だった。
「と、とても綺麗な指輪だわ……」
アレクシアは、心臓が高鳴る音が相手に聞こえそうで、思わず息を飲む。
「君は、田舎での暮らしを大切にしているから、告白するか悩んだ。けれど、もし良ければ私と共に暮らす未来を考えてはくれないだろうか? 私は君に会ううちに、友達以上の感情を抱いてしまった。好きだ――アリス。良ければ婚約を前提に今後は会って欲しい」
アレクシアは、レストラン内の音すべてが聞こえなくなった気がした。
「(告白されるって……こんなに緊張するものなのね)」
アレックスは、アレクシアが自由に暮らしたいという気持ちを尊重してくれているのだろう、遠慮がちだ。
「(この人は、私を尊重してくれる……)」
たしかに、領主の息子に嫁いだら今のような気ままな暮らしは無理だろう。
けれどそれは公爵令嬢や、王太子の婚約者であった時との不自由さとはきっと違う。
なにより、アレクシアも、アレックスのことが大好きだ。
彼とずっといたい。
――今、そうはっきりと自覚した。
「嬉しいわ、アレックス。こんなにも私のことを考えてくれて。私もあなたが大好きです。……指輪をはめて頂けますか?」
気がつけば、お互い、すこし手が震えていた。
それに同時に気がついて、顔を見合わせて吹き出した。
翌日、二人はアレクシアの実家へそのまま婚約の報告を行った。
アレックスは身分的に問題はなく、何より婚約破棄にあった経歴に傷あるアレクシアが隣国辺境伯の跡取りに嫁ぐことは、公爵家としても歓迎できる事柄だった。
アレックスの両親へもベルクホルトへ帰ったあとに報告したが、大歓迎され、二人はその後、1年も経たずに結婚した。
◆
「……あれ?」
「どうしたの? アリス」
結婚して数ヶ月たった頃。
執務室で、手紙を仕分けしていたアレクシアは、ふと気づいたように顔を上げた。
「そういえば、ロミオットからの手紙が来なくなったと思って」
「ああ、あれね」
「そう、あれ。あ、そういえばジュリエティからも届かないわ」
そう言いながら、デスクで書類仕事をしているアレックスへ仕分けた手紙を手渡す。
手紙を受け取りながらアレックスは、ウインクした。
「ジュリエティなら、施設でで会った男性と結婚したみたいだよ」
「えっ」
「それなりに幸せだと報告を受けているから、おそらくジュリエティからの手紙はもう届かないと思う。それとロミオット殿下……いや、もうただのロミオットだね。彼のほうは推測なんだけど――君の次に婚約していたマーキュリア公爵令嬢が我が国の第一王子と婚約することになったらしくて。なんとなくだけど……手紙の宛先がマーキュリア令嬢になってるんじゃないかな?」
「まあ!? そんなこと知ってたなら教えてほしかったわ!?」
ぷん、と頬を膨らませるアレクシアを、アレックスは優しく引き寄せた。
「――彼らからの手紙を見るたびに君がイライラしていたからね。忘れているならそれでいいかと思ったんだ」
抱き寄せられたアレクシアは、赤くなりながら視線をそらす。
「そ、それなら仕方ないですわね」
確かに、最初に知り合った頃から、あの手紙を見て癇癪する姿をアレックスに見せていた。
それにしても、あんな癇癪を起こす私を見てよく好きになってくれたわ、とアレクシアは不思議に思ってアレックスに聞いた。
すると、アレックスは、
「だってそんな姿も、可愛かったから」
とにっこりわらって、彼女の頬にキスをするのだった。
【君はオレのDeathティニー…】元婚約者からロミオメールが届きますがそれはさておきリア充します! ー終わりー