☆☆☆(※ロミオットからのメール)
――アレックスへ。
覚えているだろうか?
僕にとっては、忘れられない思い出の数々……。
君は忘れてしまったかい?
いや、忘れられるはずがないよね、僕達は一つの運命(Deathティニー)なのだから……。
君との美しい思い出は、まるで夜空に輝く星のように、僕の心を照らし続けている。
とくに、あの日の観劇……覚えているだろう?
同じ劇を見て、同じ夢を見て、感じ、共感した。
それこそ、初めての共同作業……。
あれは僕たちのエターナルボンディング(~永遠の絆~)。
お互いの心を確かめ合った瞬間だった。
だから、また同じ劇場で愛の物語を再び始めよう。
12月1日、劇場の前で待つよ。
予約は君の方で取っておいてくれ。
またもう一度確かめ合おう、僕達の愛を。
そして、それだけじゃない。
劇の後は、二人で食事を楽しむんだ。
ブリリアントレストランで個室を予約しておいてほしい。
僕たちだけのロマンチックな時間を作ろうじゃないか。
ああ、君も期待しているだろう? 僕は王家の馬車を用意するつもりだ。君が安心して来られるようにね。
昔よりはグレードが落ちてしまうけれど、れっきとした王家の紋章が入っている。
たから……君は、忘れずにお金を持ってきてくれよ。
君には支払いを任せるけど、愛する相手を喜ばせることが、僕の花嫁としての嗜みだからね。わかっているね?
――君の愛と光・ロミヲット
追伸:
ちゃんとこの手紙届いているよね? 何故返答がないのかな? 君は返事をしないような子じゃなかったよね?
信じているよ? マイ、デスティニー。
☆☆☆
◆
アレクシアは途中で手紙を放りだし、噴水に目を向けた。
「……ああ、庭が美しいわねえ~……あれ、私はいま何をしてたかしら、まあいいわ~」
「手紙をなかったことにしようとしている……! アレクシア、しっかりしてくれ!」
アレックスはアレクシアの眼の前で手をひらひらして、彼女を現実に呼び戻す。
「現実に呼び戻さないでくださいまし。ああもう……なんですのこの手紙。恋文かと思えば、観劇と食事の準備を押し付けるだけの要求書じゃありませんの……」
「……身の回りが色々厳しくなって、お金が以前のように手に入らなくなったんだろうね。それでも昔と変わらない遊びを続けたいから君の懐を狙っている、と。それにしてもディステニーって言葉をかなり気に入ってるな……」
「婚約中、彼のことがそれはもう面倒くさくて。全部ハイハイということを聞いていた過去の自分をひっぱたきたいですわ。私はそのつもりではありませんが、それが甘やかしになっていたんでしょうね。反省ですわ」
はあ……と、アレクシアはため息をついた。
アレックスは、そんな彼女をしばし見つめると、なにかを思案し、言った。
「ねえ、アレクシア。彼からの手紙は、目を通す必要はあるかい? もし良ければ、僕が目は通した上で、君の目に触れないように処理しておくけれど……」
「え……」
アレクシアはその彼の言葉にショックを受けた。
『間違って手紙が届いたら君と会える』、と以前アレックスも言っていたからだ。
この手紙のやり取りがなくなれば、会う理由が減ってしまう……。
――私と会う回数を減らしたい……とかじゃないわよね?
アレックスの前では自然体でいたアレクシアは、ちょっと不安な表情を見せてしまい、彼はすぐにそれを察した。
「あ、違うんだよ! アレクシア。誤解しないでほしい。 私が言いたいのは……この手紙を話題に君との時間を使うのはもったいないと思って。もっと楽しい話を……私たちだけの話をしたくて。それに、君がこんな手紙を読まなくてはならないのは、気の毒だ、と……」
必死に説明するアレックスに、アレクシアは、不安になった自分が馬鹿らしくなった。
「(私ったらなに考えてたのかしら。馬鹿ね……)」
そして、自分の気持ちを一歩前に進めて、真摯に答えた。
「アレックス様……。ありがとうございます。ではそのように致しましょう。わ、私ももっと……私達だけの話がしたい、ですわ」
「アレクシア……。ありがとう、うれしいよ」
そこからお互い無言になり、温室は静かになって噴水からの水音だけが小さく聞こえる。
――ど、どうしましょう。何を話したらいいかわからなくなりましたわ。
アレクシアが話題が見つからなくなり、焦っているとアレックスのほうが会話を再開した。
「それにしても、観劇か。いいね。この12月1日ではないけど、僕も予定が空けられる。良ければ一緒に我が国の首都にある劇場へ行かないかい? ここは田舎で、往復に日数がかかってしまうけれど、座り心地の良い馬車を用意させてもらうよ。王家のマークは入っていないし、誘ったのは僕だから、もちろん僕がぜんぶ支払うよ」
「まあ、いいのですか? 喜んでお誘いに応じたいですが、12月はお忙しいのではないかしら」
「忙しいけれど、僕はまだ領主ではないからね。それまでに自分の仕事をこなしておくよ。……君のために」
アレックスはそこでアレクシアの手を取り、口づけた。
「(こ、これって……友人への態度では……ありませんわよね?)」
手を放したあとも、見つめてくるアレックスの瞳には、熱がこもっているように見え、アレクシアは小さく息をのんだ。
先程から鼓動が早く、言葉がうまくでてこない。
「ふふ、ちょっと『キモ』かったかな?」
すこし照れくさそうに笑ったアレックスにアレクシアは答える。
「……いいえ」
そしてまた、一呼吸おいて。
「いいえ、まったく……」
アレクシアは、アレックスとの急に詰まった距離に動揺し、『いいえ』を2回も言ってしまうのだった。