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第6話 ジュリエットメール

☆☆☆☆☆(ジュリエティからの手紙)


 ――アレクシア様へ。


 ジュリジュリがどれほど辛い目に遭っているか、どうかお察しください。

 貴女は、ジュリジュリにとって最後の希望なのです。


 ジュリジュリは何もかも失いました。


 家族、地位、名誉……すべてが崩れ去った今、貴女だけが頼りです。

 かつて、ジュリジュリを妬んでのあなたの行動の数々……すべて許します。

 昔を思い返せば、その貴女のずぶとさが羨ましく、そして眩しく思えます。


 この施設では、何もかもが粗末で、ジュリジュリはこんな場所にいるべき人間ではありません。

 食事は最低限、寝床は冷たいコンクリート。ジュリジュリはもっと華やかな生活をしていたはずなのに、今はただの囚人のよう……。


 し か し。


 すべては貴女が彼にこの手紙を渡してくれれば解決するのです!


 実は先日、ジュリジュリは天啓のような出会いを経験しました。

 その方の名前も存じ上げませんが、貴女と共にいらっしゃったあの男性――彼こそが、ジュリジュリの新たな運命の人です!!!


 どうか、この手紙をあの方にお渡しください。


 同封した手紙には、ジュリジュリの正直な気持ちを書かせていただきました。

 これを読んでいただければ、彼もジュリジュリの想いに気づき、きっと導いてくださるはずです!


 運命の方がジュリジュリを見つけてくださるその日まで、この地で待ち続けます――ジュリジュリの心の全てを託して。


 どうか、お願いいたします。


 貴女は冷たい方ではない……と信じています。


 ――再び輝きたい、ジュリエッティより


 ~★~


 (同封された恋文:アレックス宛) 「名前の知らない運命のあなたへ」


 初めてお会いした時、ジュリジュリはその瞬間、世界が輝きを取り戻したように感じました。

 貴方の優しい目差し。落ち着いた物腰。そのすべてが、ジュリジュリの心を救ったのです。


 貴方がどこの誰であるかは存じ上げません。

 ただ、ジュリジュリには分かります。貴方こそが、ジュリジュリが探し続けていた「運命の方」であると。


 ――ジュリジュリの過去に何があったか、どうか詮索しないでください。

 ただ一つ申し上げるなら――ジュリジュリは全てを失いました。

 でも、貴方に出会えたからこそ、新たな夢を見ることができるのです。


 どうか、もう一度、ジュリジュリとお会いください。

 これ以上、片羽のない孤独に耐えることはできません。


 貴方の心の中に、ジュリジュリの居場所を作ってくださいませんか……?

 そう、貴方の心という光に包まれさえすれば、ジュリジュリはもう一度ブリリアントに輝けるのです……。

 それはあなたの天命だとも、ジュリジュリは伝えたい……。


 ジュリジュリは今は隠された宝石。

 どうかあなたの手で盗み出し、絹のように柔らかな光で包みこんでください……。


 ……ああ、そうだわ、次にお会いするときは、白い馬に乗って迎えに来てくださいませ。


 ――貴方の未来の光、ジュリエッティより


 ☆☆☆☆☆



「きーーーーーーーーーーーーー!!」


 アレクシアはその手紙を思わず破り捨てそうになった。


「ずぶとくて悪かったわね!? まったく、なんですの!! なんであなたのラブレターをよりによって私がアレックス様に渡さなくてはならないんですの!? やっぱりビリビリにー……」



「……」


 ――破くのはやめた。


「……やはり、預かった手紙は、お、お渡ししないとね」


 そのまま照れながら手紙を胸に当てた。


「……私もアレックス様に会いに行っていいか、お手紙を出しましょう。いつも手紙を届けて頂いてるんですもの、私もちゃんと届けなくては」


 アレクシアは先程まで破り捨てようとしていた手紙を大事に小箱にしまい、便箋と筆を用意しアレックスに面会申し込みの手紙を書いた。


 とても腹に据えかねる手紙だったが、それはロミオメール同様、アレックスに会える理由になるのだった。



 ◆


 ――数日後。


「やあ、いらっしゃい。うちの屋敷に来てもらうのは初めてだね。アレクシア」


 馬車から降りるアレクシアをエスコートし、アレックスは門の中へと招き入れた。


「ええ、お邪魔しますわね。まあ、素敵な庭園ですこと……」


「良い腕の庭師たちがいるからね。君に褒めてもらえたなら、彼らにご褒美をださないとな」


「いっぱい褒めたら、あなたは破産してしまうかしら?」


「おいおい、どれだけ褒めるつもりなんだい?」


 軽い会話をしながら、美しい秋の庭園を歩き、温室内のガゼホへ案内される。

 ガゼホは、白い柱が支える円形の青いガラス屋根が特徴的で、色鮮やかな花々が取り囲んでいた。


「まあ、蝶が舞ってるわ」


「ここには様々な蝶が一年中ずっといます。ちょっと自慢の温室で、私はよくここで過ごすんです」


「素敵……」


 温室内の花々や、舞う蝶に見惚れている間に、テーブルにはお茶が用意され、軽やかな風が甘い花の香りを運んできた。


「ここからの眺めが一番のお気に入りなんです」と、アレックスが微笑みながら椅子を引いてくれた。


「まあ、あなたのお気に入りの景色をご紹介頂けるなんて光栄だわ」


 手紙を届けにきたはずなのだが――


「(こんな美しい場所で、ジュリエティの手紙を渡したくないわぁ……)」


 見せてもらったのは、温室の奥に広がる夢のような景色。


 陽光がガラス越しに降り注ぎ、濃緑の葉や色とりどりの花々を輝かせている。

 中央には大きな噴水が据えられ、その周りを優雅に何匹もの蝶が舞っていた。


 花と水と光が織りなすその風景は、まるで季節を超えた小さな楽園のようだ。


「お気に召していただけましたか?」


 と、アレックスが静かに尋ねる声が響く。


「ええ、心が洗われるようですわ。ああ、もうなんでこんな用件で訪問してしまったのかしら……と後悔するくらいに」


 と、アレクシアは目を細めて答えたあと、仕方なさそうにジュリエティの手紙を差し出した。



 ◆



「ぷ……っ」


 手紙を読んだアレックスは、吹き出した。


「おかしいな、なんで孤独なんだろう。家族で一緒に施設に収用したはずなんだけど」


 アレックスは、読み終えると手紙を侍女に託し、「焼却炉へ」と指示した。


「やっぱり燃やすんですのね」


「保管しておくような手紙でもないからね。――君は、よく破かなかったね?」


 すでに、アレクシアの性格を掴んでいるのか、アレックスはからかうようにそう言った。


「そ、そんな。私は他人様宛てのお手紙を破くような人間ではありませんわ」


「ふふ。どうかな? でも、ありがとう、届けてくれて」


「わ、私をどういう人間だと思ってらっしゃるのかしら!」


「――とても美しくて、品行方正で、ただちょっとお転婆を隠しているご令嬢、かな」


「お、お転婆は余計ですわ……」


 そこへ、ひらひらと舞ってきた一匹の蝶が、アレクシアの鼻の頭に止まった。

 一瞬キョトンとしてものの、二人はそれで大笑いした。


 ひとしきり笑ったあと、アレックスが言った。


「しかし。困ったことにね。私も君にまた渡さなくてはならない手紙があるんだ」


「まさか」


「うん。そのまさかなんだ」


 アレックスは懐から一通の手紙を取り出し、アレクシアに渡す。


 アレクシアは、苦虫潰した顔で手紙を開いた……。



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