アレックスとアレクシアがお茶会をするようになってから、3ヶ月程経った頃。
出会った時から季節も変わり、今は夏。
アレックスとアレクシアは、彼女の屋敷近くの湖でボートに乗ったり、滝を見に行ったりと、涼を共に楽しむほどの友人関係を築いていた。
――そして。
また例の手紙が、アレックスのところへ届いた。
「申し訳ないわ、アレックス。またあなたのところに、変な手紙が届いてしまって」
「全然構わないよ、アレクシア。こちらも勝手に開封して申し訳ない。毎日何通も手紙が届くから、つい流れ作業のように封を開けてしまうんだ。せめてエストリア王家の紋章の入った封蝋印(シーリングスタンプ)でもしてくれたら、気がつくのだが……」
「きっと、補佐官の目を盗んで出してるんですわ。でなければ、不当に婚約破棄した相手に手紙を書くなんて止められるはずですもの」
「なるほどね。ふふ。他人の目を盗んで書く恋文か。そう言えばロマンチックな気はしてくるが、この場合、迷惑でしかないな」
アレックスが微笑を浮かべ、肩をすくめた。
「まったくその通りですわ。こんなの、恋文ではなくて迷惑状ですもの」
アレクシアは眉をひそめながら手紙を広げ、深いため息をついた。
「さて、今度は一体何を書いてきたのかしら……」
☆☆☆ ☆☆☆(※印は作者がわざと間違えております)
――アレックス。
僕の唯一無二の光……君がいなくなってから僕の世界は真っ暗闇だよ。
僕は、荒れ果てた砂漠を彷徨う孤独な蜃気楼のようだ。
君というオアシスを、潤いを求めているんだ……。
君という光がなければ、この闇を消し去ることはできないんだ。
あの時、僕たちは、大いなる間違いを犯してしまった。
でも、もう気づいたんだ。
君と僕は、完全なる1つの※Deathtiniy(デステニー)だって。
僕たちは不完全になった愛の魔法書。
君というインクがなければ、僕のページは白紙のままだ。
君がいないこの日々は、※Empry Dreem(エンプティードリーム)だ。
心の深淵で、※Lonelinest(ろんりねすと)の僕は嘆き続ける……。
僕という魂が迷い込んだ王宮という名の砂漠。
孤独な旅……。Palace ※Dessert(パレスデザート)……王宮砂漠さ。
君は、いつも僕を砂嵐から守っていてくれたね……。
君がいなくなって、ここは砂嵐しかない地獄さ。
会いたい。君ともとに戻れるなら……僕はこの混沌から救われるだろう。
あの時、君を手放したのは間違いだった。
僕は今、それを深く後悔している。
でも、君も反省するべきだ。僕の元から去るという間違いを犯したのだから……。
君は何が何でも、僕から離れるべきではなかったんだ。
君は1人で逃げ出した……。
それが――君の罪だ。
だが、いまなら神もそれを許すだろう。いや、なにより僕が許すから大丈夫だ。
怖がらずに戻っておいで……。
僕はいつでも君のために腕を広げる。飛び込んでおいで、僕の腕の中に。
僕たちは再び最高のペアになれる。
僕の美しさと君の才能があれば、僕はすべてを乗り越えられるんだ!
もう一度僕の元に戻ってきてくれさえすれば、もう二度と離さない。
そして、君の冷えた心を、僕の愛で温めてみせるよ。
君が失ったものすべてはここにある。
だから……安心して戻っておいで。
僕の愛しいアイス・ローズよ、君を幸せにできるのは僕だけだ。
君のいとしのEternal Flame(エターナルフレイム)ロミヲットより
PS:ところで住所あってる?
ちゃんと届いてるよね? 早く返事をするように。
☆☆☆ ☆☆☆
「闇にいるの? 砂漠にいるの? どっちなの!? どっちでもいいですけど、キモいですわあああ!!」
そう言うと、アレクシアは青い顔で手紙をつまみ上げ、目を逸らした。
「うーん、設定がブレているね。綴間違いも相変わらずだ。ところで、面白い言葉を使うんだね。アレクシア」
アレックスも手紙の不備を指摘し、また『キモイ』と言ったアレクシアの様子に苦笑した。
「やだ、はしたなかったわ。ごめんなさい」
「大丈夫。知ってた。結構おてんばだって」
「まあ、ひどいわ」
「ごめんごめん」
「でも、お転婆なのは否定しませんわ……。子供の頃は祖母の田舎の方で平民に混じって自由に遊んでた時期がありまして……」
「そんな過去があったならお転婆も納得だ」
「いやね、お恥ずかしいわ」
アレクシアは自分の内面にすこし動揺していた。
「(おかしいわね。故郷エストリアでもこういう一面を出すことはあったけど、恥じらったりしなかったのに)」
アレックスと話していると、いつもの自分とどこか違う気がした。
それは、どこか新鮮な感じだった。
「それにしても。ロミオット王子は、どうしてここまで君を取り戻したがってるのだろう? 他に愛している令嬢がいるって言ってたよね?」
「ああ、もう少し詳しくお話しますわ」
アレクシアは以前省いて説明した部分加えて、丁寧にもう一度説明した。
アレクシアが、故郷の知り合いにロミオットの現状を聞いたところ――彼は結局、男爵令嬢ジュリエティとの婚約は認められなかった。
さらに、アレクシアの公爵家と反対勢力だった別の公爵家の令嬢・マーキュリアがロミオットの婚約者に収まったそうだ。
「おや。せっかく君と婚約破棄したのに、望む相手と婚約できなかったわけか」
「そうみたいですね。えーと、反対勢力の公爵令嬢マーキュリアさんは、私が覚えている限り……まあ、大変きびしい方ですから。ロミオットはたまったもんじゃない状態でしょうね。実際、男爵令嬢ジュリエティも妾になることすら許されず、お家取り潰しまでされたみたいですわ。私からすれば、因果応報ですけども!」
アレクシアは言葉を続けた。
「マーキュリア様は、彼の仕事を引き受けるなんて絶対してくれないでしょうから、遊べなくなったんでしょうね。きっとお金周りも口を出して厳しく管理されてしまってるでしょう。――私と違って。」
「なるほど。君がどれだけ彼にとって都合のよい婚約者だったのかわかってしまったんだね」
アレックスがそういうと、アレクシアは軽くため息をついた。
「私も……もっと毅然としていればよかったですね。婚約したての頃は、彼に好意を寄せてましたので……つい甘やかして色々引き受けてしまったのですわ」
「惚れた弱みだったんだね。でも、それだけじゃないね。優しくて面倒見が良すぎなんだよ、君は」
「そ、そんな。優しいだなんて、ありえませんわ。これでも彼に色々進言して、渋い顔されてました。……私の顔も、きつい印象ですし……、それもあって嫌われるのは早かったんですよ」
アレクシアは謙遜(けんそん)ではなく、本音からそう言った。
自分でも、もっと可愛らしく、小動物のような容姿が良かった、と思うことがあった。
男爵令嬢ジュリエティは、可憐で、男性たちの庇護欲をそそっていた。
――猫可愛がりされたいわけではないけれど、でもやはりどこか……うらやましかったわね。
考えても叶うことでもなく、いつもすぐに思い出すその無い物ねだりを頭から追い出そうとした時、
「そんな事ない。君は、魅力的だし、チャーミングだよ。少なくとも僕は君のくるくる変わる表情が好きだよ」
「え……」
アレックスが言ったその言葉に、アレクシアは、言葉を失った。
それを見てアレックスは慌てた。
「あ、えっと。変な意味じゃなくて」
「あ、えっと! 大丈夫ですわ、わかりますわよ! あなたは優しい方ですから……」
言葉がかぶる二人は、お互い慌てながら次の言葉を探す。
話題を変えたのはアレクシアだった。
「あ、えっと、えっと……それにしてもこの追伸はなんですの!!」
慌てるアレクシアは、再びロミオメールに目をやった。
アレックスもその話題に乗る。
「ここだけ思いっきり素だね。下手にポエムにせず、ここみたいにぜんぶ、普通に書いてくれたら、わかりやすいんだが」
「まったくですわ。それにしても、もう! どうしてこんなに惜しい間違いばかりなのかしら!」
「全部微妙にズレて覚えてる感じがするね……。なんというか……彼は色々と空回りしてるね」
「空回りどころか――はい、墜落!」
アレクシアはそう言いながら、手紙を丸めてゴミ箱へ放り込んだ。
「お見事」
苦笑してアレックスは小さく拍手した。
◆
一段落して、お茶を二人で飲んで雑談を続けていると、アレックスがアレクシアに訪ねた。
「ところで、アレクシア。私のことは『キモ』くないだろうか?」
アレクシアは、お茶を吹き出しそうになった。
「まあ、そんな……。ありえませんわ。 もしそう思っていたら、お茶やお出かけにご一緒しませんことよ? 何故そんなことを心配されてるのかしら?」
「友人になったとはいえ、男性の私が、頻繁に訪れている事を、しつこいと感じていないかな、と……このところ、気にしていた。そうか、良かった」
そうやって笑顔を浮かべるアレックスは爽やかな魅力があり、アレクシアはふと……
「(あ……、好きだわ。……ってやだ!)」
顔が熱くなり、顔を手でパタパタ仰いだ。
「も、もう、何を言ってらっしゃるの? あなたは、誠実な方ですし、ありえません」
「そうか、安心したよ。すまない、変なことを聞いた。それにしても、暑いね。顔がすこし赤いよ」
「へ、変な手紙を読んだせいで、ちょっと体温が上がってしまったかも……ですわ!」
夏で良かったと、アレクシアは思った。
「確かに、あれは平常心では読めない手紙だね。ちょっと熱中しちゃうよね。……あ、そうだ。手紙とは関係ないんだが、今度、子どものようなピクニックでもしないかい?」
今度はアレックスが話題を変えた。
「まあ。それって野原を駆け巡って野生に生えてる木の実などを食べたり魚釣りしたりってことですか?」
「その通りだよ。おや、目が輝いてるように見える」
「だって、そんなの……とっても楽しそう! 実は私も、今度乗馬でもしませんか、とお誘いしようと思っていたのです。でも、そっちの方が良いですわ!」
「じゃあ、乗馬はその次の約束に。どっちもやろうよ」
「はい! 絶対行きましょうね!」
「あ……そういえば、あの手紙――ロミオット殿下には、返事を出すのかい?」
「いやだわ、アレックス様。出すわけないじゃないですか。そういえば宛名がまだアレックスですわね。私は正式にはアレクシアだということまで忘れて……まったく。手紙くらい正式に宛名を書いてもらいたいものです」
「私は、このままでもいいな」
「まあ、どうしてですの」
「間違って私に届けば、また君に届けに訪ねることができるからね」
「……っ。(こ、この人は……もう!!)」
アレクシアの胸中は大きく波立った。
友人としての親愛なる言葉だ、そう自分に必死で言い聞かせる。
「……アレクシア?」
優しく名前を呼ばれて、ハッとする。
彼と目を合わせると、顔がどんどん熱くなる。
「う、嬉しいことを行ってくれますわね!? も……もう。こんな手紙なんてなくても、いつでも来てくださいまし!」
そう言ったアレクシアの顔は、かなり真っ赤だった。
「(ああもう、私の顔がエターナル・フレイムになりそうですわ!)」
◆
それからもロミオメールは届き、そのたびにアレックスは手紙を届けに来てくれた。
アレクシアは、手紙を火にくべながら呟いた。
「……まさか、ロミオットからの手紙が楽しみになるなんて」
もちろん、楽しみなのは、ロミオメールではなく、それを持ってきてくれるアレックスの訪問の方であるのだが。