手紙を燃やし、晴れやかな顔になったアレクシアに、アレックスは笑いながら言った。
「はは。あなたにとっては不幸の手紙でしたか」
「ええ。まったく、何故今更こんな手紙を」
アレクシアは、浮気した元婚約者・ロミオット王子の企みによってここへ追放されたのだと説明した。
「それは大変でしたね」
「ええ、でも。その代わり、自由になれました。そういう
アレクシアは嬉しそうに笑顔を浮かべ、アレックスはその笑顔に心惹かれた。
「あの、アレクシア公爵令嬢」
「あ。いけませんわ。私はこんな暮らしはしておりますが、書類上は平民となっておりますので、アレクシアと呼び捨ててくださいまし。ふふ、変な感じですわ」
「ははは。では私のほうは、アレックスと気軽にお呼びください。ではアレクシア。もう貴族の暮らしに戻る気はないのですか?」
「もちろんです! 煩わしい人間関係もなく、1日のスケジュールを頭に叩き込む必要もないまったりライフですのよ? なにがあっても戻りませんわ!」
「――なるほど」
アレックスは、今年20歳になるが、まだ結婚相手が決まっていなかった。
彼の家門は結婚に関して厳しくなく、気に入った相手がいれば平民から選ぶ場合もある。
王都からかなり離れた辺境なので、嫁に来たがる令嬢も少なく、国から結婚を迫られることもなかった。
だが、アレックスも、そろそろ身を固める時期は来ていた。
ただ、ピンとくる相手がおらず、平民とお見合いでもするか、と思っていたところ――アレックスの心にアレクシアの存在が響いた。
彼女が美しいからだろうか。それとも名前による親近感だろうか。
その理由は定かではない。
だが、アレックスはアレクシアと、これをきっかけに、懇意になりたいという気持ちが生まれた。
――けれど。
「(この生活を楽しんでいる彼女には迷惑、だな)」
彼女の事情を聞いて、踏み込んで良いものではないと、自分の気持ちを諌めた。
――今回のことはちょっとしたハプニングだが、ささやかに楽しかった。それで、じゅうぶんだ、……とアレックスは自分に言い聞かせた。
「では、手紙をちゃんと配達できましたので、私はそろそろお暇しますね、アレクシア」
「あ、はい。こんな手紙を届けてくださってありがとうございました。道中をお気をつけて、アレックス様」
アレックスは、挨拶しながら苦笑するアレクシアに魅力を感じるが、心を引き締める。
「……では、失礼する。『アレックス』」
そして冗談のように『アレックス』と呼んだ。
「ふふふ。ええ、良ければ、またお茶しにきてください。『アレックス』様」
アレクシアもその冗談に笑い、どこか含みある韻を踏んで返した。
「いいのですか?」
アレックスは思いがけないアレクシアの誘いに目を丸くした。
「わたくし、越してきてから日が浅いせいか、まだお友達がいませんの。良ければお茶のみ友達になってくれませんか?」
アレクシアは、そう言って微笑んだ。
その笑顔は温かみがあり、先程聞いた彼女の二つ名【アイスローズ】とはかけ離れていた。
アレックスは、『(どこがアイスローズなんだ。とても可愛らしい女性じゃないか)』と内心思いながら微笑みを返した。
「――よろこんで」
アレックスは、彼女の誘いを素直に受け入れた。
「(友達か。それも悪くない。それに屋敷からもここはさほど遠くないし、オレも貴族で友人と言える相手は少ない)」
また、アレクシアもアレックスが自分の提案を受け入れてくれたことに、嬉しさを感じていた。
「(……やだ、私としたことが、自分から殿方を誘ってしまったわ。でも、この方と再度お会いしたと思ってしまったのよね。快諾して頂けてよかったわ)」
こうして、なんとなく馬が合った二人は、アレクシアの屋敷でお茶会をする仲になった。