ヴァルデリア王国――その辺境『ベルクホルト』は、美しい花々が咲き乱れる春だった。
だが、その穏やかな春の光景とは裏腹に、元公爵令嬢『アレクシア』は、受け取った一通の手紙を眺めて顔をしかめていた。
☆☆☆ ☆☆☆※手紙の内容
――アレックス。
久しぶり。元気にしてるかい?
君がいなくなってから、僕の胸には大きな穴があいてしまった。
それは……覗き込んでも、底の見えない無限の虚無だよ。
吸い込まれそうさ。まるで君の美しい瞳のように……。
あの時、僕が間違ってたのかもしれない。
でも、もう分かったんだ。
君こそ、僕の唯一無二のDeathtiniy(デステニー)なんだよ。
僕たちは、砕け散った魔石の破片。僕が光を失ったのは、君という太陽がいないからなんだ。
Place(ぷりーず)……。もう一度、君という光を取り戻させてくれ。そして僕を完全な魔石に戻してくれ!
Short(シャウト)! 僕は叫ぶ。君の名前を! 暗闇の中で泳ぐオタマジャクシのように!
そうさ、僕はLonelinest(ロンリネスト)……君のいない日々は、最上級の孤独……。
僕の愛しいアイス・ローズ、僕の冷え切った心に再び花を咲かせてくれないか?
僕たち、また一緒に未来を描こう。
君のいとしの白馬の王子ロミヲットより
☆☆☆ ☆☆☆
アレクシアはテーブルに突っ伏すように手紙を広げ、ぽつりと呟いた。
「意味がわからない……」
困惑する彼女の向かいに座っている男性が答えた。
「確かに、
「僕の唯一無二のDeathtiniy(デスティニー)って、なに……?」
「Destiny、ディステニーの間違いかな? 死の運命を想像させるね? いや、綴間違いでこんな恐ろしい意味を想像させてくるとは恐れ入る」
男性は、ひどすぎる文面に逆に感心しているような言葉を述べた。
「死の運命……まるで私が、彼の胸に虚無の風穴を開けた死神だとでも言いたいような文章ね!?」
「恋文のようだから、ある意味そうじゃないだろうか……えーっとつまり、君がいなくなったせいでポッカリと胸に穴が空いたから、戻ってきてくれたらその穴は埋まると言いたいんだろうね」
「私を追放したのはこの手紙の主なんですけど!? って、これもですわ! Place(ぷりーず)って何!? これはプレイスでしょう!? 勉強嫌いな彼から今まで恋文をもらっことがなかったので知りませんでしたが……ここまで酷かったなんて!?」
「Short(ショート)もなかなか酷いな。きっと『Shout(シャウト)』のつもりだと思うけど……間違える要素がどこにあるんだろうか?」
アレクシアは手紙を手で覆って唸るように言った。
「文字間違い探しに気がいってしまって内容が頭に入ってきません……! あ……? Lonelinest(ロンリネスト)って、いったいなんですの!?」
「loneliest(ロンリエスト)って書きたかったのかな。とても寂しいということを伝えたかったんだろうね」
「ロンリネスト……間違っているのになぜだかとてもしっくり来るのが余計に腹立たしいですわ! なんかありそうですし! ロンリネスト!!」
「未知の新語を堂々と書いてくるあたり、ある意味すごい才能とも言える」
「どこで役立つ才能なんでしょうかね……? 暗闇で泳ぐオタマジャクシってなんなんですの!? 手も足もでない状態を表したいのなら魚でも良いんじゃないんですの!? ついでにいうとオタマジャクシは叫びませんわ!!」
アレクシアは涙目でそう言った。
男性が、クスクス笑いながら肩をすくめる。
「進化の途中を選んだんだろうね。書いてないけど、今はまだ何もできないおタマだけど、成長してカエルになる、とか書きたかったんじゃないだろうか?」
「……カエルになってどうするんですの? この方、一国の王子ですよ? カエルより、一人前の人間になっていただきたいですわ……」
「胸中お察しするよ。ところで……これは君宛の手紙で間違いないようだね? ――君の名前は、アレックスなんだろう?」
「……間違いではありませんが……正確にはアレクシアですのよ! しかも、自分の名前まで間違えてますわ! あなたのお名前はロミヲットじゃなくてロミオットですわよおお!」
「ふふ」
男性は、息切れしながらその手紙に怒っているアレクシアを見てクスッと笑った。
「……はっ。申し訳有りません、お恥ずかしいところを……。ええっと、せっかくお届け頂いたこの手紙ですが……燃やして浄化させていただきますわ!」
そして、彼女は目の前の手紙を真っ2つに引き裂き、暖炉に放り込む。
男性は、自分が届けた手紙が、暖炉の火がパチパチと音を立てながら燃えていくさまを見ながら、やれやれと肩をすくめた。
「これだけ熱心に書かれた手紙を処分するとは……手紙の主も浮かばれないね」
「浮かばれなくていいですわ……。こんな手紙、呪いの道具ですわよ! とっとと処分すべし、ですわ!」
灰になった手紙を見たアレクシアは、そう言い放ち、ようやく晴れやかな笑顔になった。
◆
話は数日前に
上記の手紙は、宛名違いで他人の男性に届いていた。
「――これは」
『アレックス=ギールグッド』辺境伯令息は、今日届いた手紙のひとつを手にして顔を顰(しか)めていた。
自分に対する手紙にしては、どうも内容がおかしい。
宛名を確認したところ――
「……綴(つづり)が間違っている」
アレックスの姓であるギールグッドは【Gielgood】なのに対し、この手紙の綴は【Gheelgud】である。
「……これは、名前が似ていて間違えたのだな。この綴(つづり)は隣国エストリアのものか? しかし、この内容……」
手紙の内容は、どう見ても恋文で、男性から女性へ宛てたものであり、男性である自分宛てではない。
どう考えても誤配達である。
「うーん」
アレックスは、悩んだ顔で、そのダークブロンドの髪をくしゃ、と撫でた。
――この手紙、どうしたものか。
差出人は、愛している相手の
さらに、なかの文章も綴りが間違いだらけだ。
ひょっとしたら、相手はうんざりして別れた可能性もある。
ここで自分が握りつぶしたほうが、親切かもしれないのでは? と思ってしまう。
手紙は、『アレックス』に対して、いささか鳥肌が立つ愛を語り、復縁を求めている。
そして差出人の『ロミヲット』が別れるような原因を作ったように思えるのだが、それにしては、謝る気があるような、ないような。
「うーん……。いや、他人の恋愛にあれこれ思うのは良くないな。――とりあえず」
この手紙の宛先が、自分と同じ名前である『アレックス』なだけに、少し親近感も湧く。
「仕方ないな。相手を突き止めて届けてやるか……。頑張れ、『ロミヲット』。今回だけだぞ。次は宛名を間違うなよ」
住所を確認するとたしかにアレックスの領地内で同じ町。だが番地が違う。
興味をひかれたアレックスは、自ら手紙を届けてみることにした。