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なんか嫉妬の目にも慣れてきた

 意外にもあの見た目で弁えていたようで、俺が雪花のことを連れだと言ったら潔く引いてくれた。

 人は見た目で判断してはいけないものである。

 仮にゾンビでも見た目で判断してはいけない。



「やればできるじゃない」



 彼女は満足げに鼻を鳴らすと「ん」と両手を広げた。

 まさか抱擁でもしろと?

 しかし流石に雪花もそんなことは思っていなかったようで、大げさにため息をつきながら頭を振る。



「馬鹿ね。デートと言ったら最初に言うことがあるでしょ」

「おまたせ、待った?」

「格好に言及するのよ」



 確かに現在時刻は集合時間である十時の十五分前だ。これで遅刻などと言われたら日にちを間違えていたのではないかと疑うことになる。

 馬鹿な者を見る目を向けられて俺は首を傾げた。

 意図はわかるが意味がわからない。

 これはデートとは名ばかりのイベントではなかったのか。菜々花の相手に相応しい存在となるべく、彼女曰く天才的な頭脳によって生み出された計略。



「はぁ……お姉ちゃんとデートするときに『よく似合ってるね』とか言えなかったら困るでしょう? だから私で予習しておくのよ」

「あぁ」



 何故菜々花とデートする想定なのかはわからないが、確かに困るかもしれない。

 しかしそれ以前に俺は彼女が何を着ているのか認識できないので、いくら筆舌を尽くして褒め称えたとしても、ふわっとした占い師みたいな発言にしかならない。

 つまり誰しもに当てはまるような。



「よく似合ってるね」

「馬鹿じゃないの? そのまま言う奴がいる? だから彼女ができないのよ」

「うーん」



 一を言ったら火薬に塗れた百が返ってくる。

 油断すると俺のガラスのハートは粉砕されてしまうだろう。



 なんとか草壁雪花大統領閣下のご機嫌を取れるナイスな褒め言葉を探すが、いかんせん腐りかけのワンピースにしか見えないので難しい。

 ちょっと前にダメージジーンズなるものが流行っていたけど、もはや彼女の場合はすべてがダメージを受けている。

 褒め言葉なんて「もしかして戦場帰り? 被弾しないの凄い!」くらいしか思いつかない。



「これだから童貞は」

「強くない? 言葉が」

「加減をして育つ人間はいないのよ」



 考え続けている俺に呆れ果てた雪花は肩を竦めた。

 ついでとばかりに放たれた凶器が強すぎる。



「そんなのでお姉ちゃんに釣り合うと思うの?」

「釣り合わなくてもいいかなぁ」

「金魚のフンになるってこと? 意識が低すぎるわ」



 関係を断つということである。



 彼女は腰に手を当てると「さっさと行くわよ」と歩き出した。

 前日に決まったデートだからまともなプランはないのだろうが、せめて同行者にくらいおおよその目的地を教えてくれないだろうか。

 などと言っても門前払いされるのが目に見えているので、君子危うきに近寄らずの言葉に従い、従順な執事のように付き従う。沈黙は金。



 相変わらず自分以外には美少女に見えている彼女と一緒に行動している俺は、周りの人々から好奇と嫉妬の目を向けられる。

 けれども一週間少々の生活によって、ついに動じない精神を手に入れた。

 周囲の人々はかぼちゃのようなもの。

 かぼちゃに嫉妬の目を向けられているだけだ。

 怖い。



 やがて無言で突き進む雪花がたどり着いたのは駅から三分程度歩いたところにあるショッピングモール。駅と直結しているが、駅前から入るには意外と時間がかかる。



「まずはここね」

「あ、映画とか見るんだ」



 このショッピングモールには映画館もある。

 俺は映画鑑賞を趣味と標榜しているので定期的に訪れているのだ。

 そしてデートにおいて映画は王道中の王道。ラーメンでいうところの味噌みたいなもの。ラーメンの王道は味噌だよね。



「違うわよ。服を買うの」

「初手で?」

「あんたの格好がダサすぎるからでしょ!」



 酷い。

 これでも精一杯のおしゃれをしてきたのに。

 妹には「背伸びした小学生でもギリギリできそうな格好」というお墨付きまで貰ったし、大丈夫だと思ったんだが。

 あれ、これだいぶ酷評だな。中学生のダサい方みたいな格好ってことか。



 ファッションに気を使うタイプのゾンビであるらしい雪花は俺の手を引いてショッピングモールに入っていく。

 悲しいことに彼女はゾンビなので感触が凄い。

 まぁ手汗がよく出るタイプと思えば。

 思えば。

 思……えば……。



 無理だな。



 頑張って雪花を好意的に捉えようとしたのだが、普通の人間として十五年少々生きてきた経験が否定する。

 いやゾンビじゃん。無理じゃん、と。

 お友達付き合いでギリギリである。



「ここでいいでしょ」



 彼女はみんな大好きお手頃価格で服が買える店の前で止まった。

 やはりショッピングモールとゾンビという組み合わせはポストアポカリプスにしか見えない。



「ちなみにその服ってあんたが買ったの?」

「母親が買ってきたのを着てる」

「ふーん、いつ買ったの」

「小学校六年……いや、中学の時かな」

「なんで着られるのよ!」



 オーバーサイズだったから。

 妹の表現した「小学生でもギリギリ」というのは本質を捉えていた。

 本当に小学生かそこらで買ったものだったのである。



「……あんた、いくらなんでも大雑把すぎない?」

「そうかな」



 言われて考えてみたのだが、確かに俺は大雑把かもしれない。

 だって肉塊とかゾンビとかと付き合えてるし。

 細かい人間だったらSAN値チェックに失敗して今頃アウトだ。

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