どう思ってるか。
素直に言うとするなら「肉の塊」なんだが、きっと期待されているのとは違う答えであろう。
妹から聞いた話によると彼女らは普通に肉塊で、普通にゾンビらしい。つまり人間を超越した存在である。
機嫌を損ねたら「ぱくぅ」なんていかれてもおかしくない。
だから俺は適当に噂を切り貼りした回答を用意した。
「可愛いんじゃない?」
「何処らへんが?」
「……ほら、綺麗な金髪とか。シュッとした鼻筋もそうだし、ぷっくりした唇もいいし、銀河みたいな瞳もいいし」
嘘八百だけど。
そもそも人間らしいパーツが見当たらないのに、どうやっていいところを探せばいいのか。
見つけ出すことができたらそれはもうエスパーの類である。
「変態みたいな答えね。気持ち悪い」
「……ごめんなさい?」
言われてるぞ大将。俺は半眼を前の席の男子に向ける。
しかし彼は一週間前の発言など覚えていないようで、「ひゅー」とわざとらしく唇を尖らせて嘯いた。
許せない。
そして俺の答えに考えを更新した様子の雪花は、胸を張ってこちらを指差す。
「やっぱり、あんたみたいのにお姉ちゃんは任せられないわっ!」
教室に響く沈黙。
刺さる視線が痛々しかった。
菜々花のことを任せてもらわなくても問題ない。
むしろ頭を下げてでも彼女から離れたいんだが。
「了解した」
「……『了解した』って、何がよ」
「できる限り菜々花に近づかないことを約束しよう」
これで彼女と関わらない大義名分ができたぞ。
仮に理由を問い詰められたとしても、雪花の名前を出せば丸く収まるだろう。
ありがとう草壁雪花。そういう意味では君は命の恩人だ。
「――ちょ、何を言ってるの!?」
しかし幸運なことは長くは続かないようで。
花摘みから戻ってきたらしい菜々花が、焦ったように走ってきた。
教室の床に謎の液体が勢いよく撒き散らされる。
「あ、お姉ちゃん」
「そんな奇遇だねみたいな雰囲気出さないで!?」
「奇遇ね」
「必然だよっ」
目の前で肉塊とゾンビが対峙する。
夏休み辺りに映画館でやってそうだな。肉塊VSゾンビ。
間違いなくB級映画であるが。
「なんで化野さんに突っかかるの!」
「だってお姉ちゃん昔からよく騙されるから……」
「そ、そんなこと……ない、よ……?」
「私忘れてないわよ。小学生のとき変なおじさんに塩飴で釣られそうになったの」
随分と渋い子供だな。その様子を想像してみる。
変なおじさんがにこやかに塩飴を差し出し、純粋無垢に受け取る今よりも小さな肉塊――。
駄目だ、変なおじさんが化け物退治をするために一芝居打っているようにしか見えない。さながらヤマタノオロチを倒したスサノオの如く。
菜々花と雪花は、
「もう高校生だよっ! 大丈夫!」
「でもあいつに騙されてるじゃない」
「騙されてない!」
「じゃあなんで絡んでるのよ」
「うぅ……っ」
などと激戦を繰り広げている。
俺からすればまったく興味のない話なので、教室を出て廊下でやっていただくか、教室を出なくてもここから離れてやってほしい。
だって他人の目からすれば美少女な二人がやり合っているのだ。当然注目を集める。近くで座っている当事者である俺も。
特段目立ちたがりというわけでもないので、この状況は歓迎できない。
しかし相手は肉塊とゾンビであり、周りからすれば美少女だ。話の中に入っていきづらいことこの上なかった。
ただ俺には祈りながら時計を見つめるしかない……。
休み時間には頑張って短距離走をする時計は、授業中と同じくじりじりと長距離走をしている。
あと三分で本鈴が鳴るので、そこまで耐えれば俺の勝ちである。例えクラスメイトから冷たい目を向けられようと、あの激戦に巻き込まれなければ。
「助けてください化野さん!」
あーあー聞こえない。
いっそのこと両耳を塞いでみようか。
「雪花強いんですよ! 理路整然としていて、昔から言い争いで勝てた試しがありません!」
「実を言うと俺もディベートとか苦手なタイプで……」
「それでもきっと私よりはマシですっ」
なんて菜々花は情けなく触手を肩に置いてきた。
彼女を覆う謎の液体は気化性が高いらしく、気がつくと何処かへ消えている。
そのうえベタつきが残ることもないから制服に触れられているのはいいんだが、お願いだから急にやらないでほしい。
もしも俺が心臓発作とかで死んだら原因は草壁菜々花だ。
「……あー、雪花さん?」
「『さん』付けなんてしないで気持ち悪い」
「雪花」
「出会って時間も経ってないのに呼び捨てとか、もしかして彼女いたことないの? 女性経験のなさが露呈してるわよ。これだから童貞は」
俺もう泣いていいかな。
どうして朝っぱらからゾンビに罵倒されなくてはならないのか。よしんば雪花が美少女であったとしても、興奮とかせずに滂沱するタイプの罵倒である。
いや罵倒されて喜ぶ癖は持ってないが。
「……草壁」
「お姉ちゃんと被るわ」
「菜々花ヘルプ」
「えぇっ、だから私も勝てないんですよぅ!」
これは勝てないとかどうこうじゃなくて、雪花サイドに受け入れる気がないのが問題ではないだろうか。
俺はいよいよ時計に祈りを捧げることにした。
どうかお願いします。
神様仏様。
時計鳴れ。