妹を引き連れての登校は、俺を授業参観のような心地にさせた。
まっくろくろすけな彼女は小さくなって胸ポケットに収まる。
自分からすればポケットから黒いイソギンチャクが生えているようなものだ。
近くの高校に進学したというのものあって登校時間は非常に短い。初めて見る外の景色に感動している妹と話しているだけであっという間に到着。
人の目があるところで独り言(のようなもの)をする気にもなれないので、周りに制服姿の人影が増えてきたところで口を閉ざす。
「あ、おはようございます」
すると後ろから鈴を転がしたような声をかけられた。
ついでに「べちゃっ」という音も。
非情なことに非常に振り返りたくない。だって後ろに何がいるのかわかっているのだ。いわばお膳立てをされまくったホラー映画のようなもの。
しかしここは校門をくぐってすぐであり、相も変わらず嫉妬の目を向けられている。さらに無視などしようものなら、間違いなく俺の印象が最悪になるだろう。
建付けの悪い襖を開くように、無理矢理口を開く。
「……おはよう」
「化野さん、なんだか今日は印象が違いますね」
「そう?」
菜々花はそう呟いて俺の隣までやってくると、覗き込むように肉塊の頭頂部を曲げた。こちらからは見えないが眼球でも付いているのだろう。
そういえば彼女はどうやって会話しているのだろうか。
バレないように盗み見ても眼球だとか鼻だとか口といった、人間の顔を構成するパーツは確認できない。
「早起きしたからかな」
「あっ、ちゃんと寝たんですね!」
昨日のことを持ち出して随分と嬉しそうに声を跳ねさせる。
実際のところ家に帰るまではゾンビをキルしてから寝ようと思っていたのだが、妹との感動的な邂逅があったために断念したのだ。
もちろんそんなことを言えるはずもないので、さも「君との約束を守りました」みたいな表情を作って頷いた。
「なんで草壁さんあんな奴と……」
「あれ誰?」
「あんまり格好良くはないよね……」
そして、どうやら菜々花は他の人からしてみれば変わらず美少女のようで、嫉妬の声が潜められて提供される。
俺はなんと不幸なんだろうか。
普通なら美少女に絡まれて嫉妬の目を向けられるところ、自分の場合は肉塊である。マイナスのせいでマイナスが生み出される。
負の永久機関。
「? どうしたんですか、化野さん」
「ちょっとこの世界の不条理さについて考えてて……」
不思議そうに肉塊先端を折り曲げる菜々花。
「はぇ、凄いこと考えてるんですねぇ」
おそらく何もわかっていないであろう声だった。
そんな会話をしながら玄関で靴を脱いで、一年生であるため一階に位置する教室へと行く。
美少女と名高い彼女と同伴登校したせいで教室が「ざわっ」としたことを肌で感じた。
いそいそと着席。
軽い鞄を机の横にかけると、前の席の男子がニヤニヤとこちらを見ている。
「……何」
「いやいや、お熱いこって」
伊藤大将はいやらしく笑った。わざわざ取り出したのであろう教科書で口元を隠し、狐のように目を細くして。
俺は彼をはっ倒しても世間的に許されるだろうかと考えた。
「何処からどう見たらそうなるの」
「一緒に登校してたら誰でもそう思うだろ」
「確かに」
ぬかったな。これでは未だ登場していないヒロインが身を引いてしまう。
十五年と少しばかり生きてきて今まで彼女ができたことはないが、ごくごく僅かな可能性をゼロにするのは忍びない。
まるで付き合っているかのような行動は控えるべきだ。
本当に控えてほしい。
「そう思うよね」
「なんで私に言うのよ」
君が一番近くにいたから。
俺の席は窓際最後列という約束された勝利の席なのだが、後ろのロッカーに体重をかけて草壁雪花が腕を組んでいた。
腐り落ちる一歩手前みたいな体を、同じく打ち捨てられた段ボールみたいな制服で包んでいる。一丁前に金髪をツインテールにして。
「どうしてここに?」
「お姉ちゃんと話に来たの。何、文句あるわけ」
「そりゃあ、もちろん……………………ないよ」
危ない危ない。反射的に「あるよ」と言ってしまうところだった。
だって登校したと思ったら背後にゾンビがいるんだぞ。ホラーゲームでももうちょっと猶予与えてくれるだろ。
「でもトイレ行っちゃったみたいで。こうして暇をつぶしてるのよ」
「へぇ」
そう言って雪花は校庭を眺め始めた。
朝日が草葉に遮られながらも差し込み、彼女の頬を照らし出す。
噂に聞くところの美少女だったらだいぶ絵になるのだろうが、残念なことにリアル志向のゾンビだ。間違ってもときめくことはない。
会話が途切れてしまったので一限の準備をする。気配を感じるから雪花はまだ背後にいる。油断すると食われそうで怖い。
どうして日常生活で被食者の気分を味わねばならないのか。
人間は食物連鎖の頂点だと聞いていたのだけど。
「……ねぇ」
「何」
不満そうな色を隠すことなく、雪花はつかつかと歩き寄ってきた。
すわお食事タイムか、と思ったのもつかの間、彼女は軽く背中を叩く。
「実際のところ、お姉ちゃんをどう思ってるのよ」