◇ レッド
「続木、飲みに行かね?」
と、ブルーこと水戸に初めて誘われたときは『これは、ワンチャン?』と正直思った。
作っているロボットは変態臭いけど特許持ちの超一流技術者。独身二十六歳。彼女いなければ最高株だと。
しかしその飲み会で彼は私の手を取ると、こう言った。
「続木は、……結婚線がない」
「処されたいのか?」
「化けの皮剥がれるのはやいな。ウケる」
トゥルンと口から滑った乱暴な言葉を水戸はクスクス笑った。
その、女らしさみたいなものを気にも留めていないところが楽だった。私は酒が入っていたこともあり過去の話をぺらぺら話した。今思えば
彼は私のその言葉に真面目な顔でこう言ったのだ。
「失恋って擬似的な死だよ。続木は何回も殺されてきたんだな。そりゃひでえよ。ひでえことだ」
それから彼は眉間にシワを寄せて「俺が言えた義理じゃねえな」と言った。
たしかに今となってはその通りとわかる。がしかし、私はその時は水戸のクズさを知らなかったから、いい人だなとのんきに思っていた。
「……すーさん呼ぶか」
「すーさん? 誰?」
「友達。話合うよ、多分」
「……友達を紹介してくれるってこと?」
「ん? いや、あいつと付き合うのはおすすめしない。病むから」
「なにそれ」
「あいつに
すーさんは呼んだら五分できた。フットワークの軽さは当時も今も変わらない。彼は私を見て「生きてる彼女は珍しいな」と
「続木です。あなたの友達らしいです」
「やったー友達増えたーなんで俺呼ばれたの?」
思えば水戸はこのとき既に酔っていた。
「今日からここは『失恋ファイブ』。続木がレッド、俺がブルー、すーさんはイエロー」
「は? なにそれ?」
「俺がイエローってのはなんかわかるわ」
水戸はハイボールをあおるように飲み干してからニッカリと笑った。
「生き残るための集いってことだよ」
そうやって始まったこの会は、そのあとグリーンとピンクも加入してしまい、本当にファイブになってしまった。
しかし、ここは存外に居心地がいい。恋愛感情も損得勘定もなしに、ただ優しくしたり優しくされたりする関係は、恋人以上に家族に近くて、いいのだ。正直私の婚期が遅れていくのは彼らのせいだと思う。彼らがいれば男手には困らないし、相談相手にも困らないし、飲み相手にも困らないし、泣きたくて死にたくなる夜だってひとりじゃなくていい。彼らがいつもそこにいてくれるせいで結婚することのメリットがなくなってしまっているのだ。
しかし、もうしょうがない。彼らとの出会いの前には戻れないのだから。
私は多分明日も明後日も『失恋ファイブ』として、この地獄のメンバーとつるんでいくのだろう。
とはいえ彼らの内のだれかと付き合うなどはありえない。バイなんていう男はゲイだ、ちくしょう、もうその展開には飽き飽きなのだ。
などと考えていたらイエローから電話がきた。金曜の夜中にかけてくるなんて珍しい。急いで出ると、イエローはとても慌てていた。
『あーよかった、つづきんつながったー、えーと、どうしようまじ、どうしたらいいかな……今病院で……』
「え? どしたの?」
『水戸くん刺されちゃったんだよ。ヤンデレをリリースし損ねてたらしくて、飲んでたらいきなり女に刺されてさー……』
「……あいつは本当に退屈させない男だよ」
『そんな、おもしれえ女、みたいなこと言われても……』
「どこの病院にいるの? すぐ行くから!」
私はもう家から飛び出していた。タクシーを捕まえて聞いたばかりの病院の名前をつげる。イエローとの電話を切って、ピンクとグリーンにメールをいれると、彼らももう向かっていた。
「……生き残るための……」
そもそも彼が言い出したことだ。
死にたい気持ちがわかるからそんなものを作ろうとしたことぐらいすぐにわかった。どこまでもクズだしどこまでも変態だしどこまでも節操がないし、刺されるし、刺されるし、刺される、人でなしの、迷惑しかないクズだけど、それでも彼が優しいから一緒に飲んでやっているのだ。
「勝手に死んだら絶対許さない。そんなことしたら、地獄の果てまで追いかけて私の手で殺してやる……」
――結論から言えば私が深夜の病棟で『幸せになってから死なねーと許さねーつってんだろ、あと何回言わせりゃ気が済むんだ、この変態‼‼‼ 私を当て馬にしていいからはやく起きろクズ‼‼‼』と叫んだら水戸の意識は帰還した。以降、私はその病院で当て馬レディーとあだ名されることになった件については、絶対に許さないと決めている。絶対にだ。