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閑話 失恋

◇ ピンク


「ニィノー、俺もついてっていい?」

「は?」

「いいだろ? 俺ら親友じゃん? ついてっていいよな?」


 俺は絶対にだめだと言った。そしたら二宮にのみやはより一層食い下がってきた。面白がっているときの顔をしていて、こっちが本気でいやがればいやがるほどむきになってついてくる気配がした。

 それでも絶対に無理だった。

 だって今日の飲み会はゼミの飲み会などではない。地獄じごくの底の『失恋ファイブ』だ。あんなところに二宮をつれていくなんて心中しんじゅうよりもタチが悪い。

 だから俺はなだめてすかして二宮を家に帰した。二宮は渋々ではあったけど「今度一緒に太平洋行くから」と言えば引き下がった。

 ……はずだった。



「ついてきちゃった、ごめんごー」


 飲み屋の個室で他のメンバーを待っていたらコンコンとノックしてきたのはオレンジ頭。

 反省なんて少しも見えない軽薄けいはくな太陽の色。俺がこづいてもクスクス笑うだけ。


「二宮、だめだ、帰れ」

「なんで? いいだろ。飲もうよ」

「帰れって、お前がいるべきところじゃ……」


 そのとき、スパンと扉が開いた。

 ふわりと靡く髪、長くて華奢な手足に、ふわふわとしている胸。にこりと微笑むのは完璧に美しいその女性――


「あら、新入りさんね……もしかして噂の二宮くんかしら?」


 ――レッドが【ぶちギレ】直前の微笑みで入ってきた。

 俺は二宮をどうしたら守れるか考えたが、レッドの後ろから「まーじー? ついに登場かよー二宮くーん」と言うイエローの声と「ヒーローは遅れてくるもんだからなあ」と笑うブルーの声に「からかうのもほどほどにしなさいよ」と諭すグリーンの声が聞こえたからもうアウトだった。

 あっという間に失恋ファイブ揃い踏みで、個室の中にはにんまり笑顔が並ぶ。

 せめてもの抵抗で、俺は二宮の首をつかんで背中に隠そうとした。が、二宮は俺の手をするりとかわし、逆に俺の手をとり、指を絡めてぎゅっと握った。


「はーい、俺が二宮だよ。ニィノの親友。んで、あんたら俺のニィノのなんなわけ?」


 二宮には他意なんてない。わかってる。なのに俺の体は勝手に脈打ってしまう。

 ……こんなの、あんまりにも、惨めだ。こんな醜態をこの四人に見られるのがいやで顔を伏せる。

 奥歯を噛み締めると血の味がした。


 ――コツン、と、レッドの人差し指が机を叩く。


「……私たちがなんなのかって?」


 レッドがクスクス笑っている。


「そう聞かれたら答えてあげなきゃいけないわね」

「ちょっと待て、続木、なにを考えている? お前以外、ここが一軒目なんだぞ? 素面しらふだぞ。おい、なにを考えている?」

「いいから全員立ちな!」


 頭と察しがいい水戸さんが続木さんを止めようとしたが、その前にレッドは立ち上がっていた。そして睨んでくるものだから、渋々といった様子で俺以外の失恋ファイブが立ち上がった。

 そっと顔を上げると、彼らはみんな俺を見ていた。俺のことを心配してくれているのがよくわかった。しかし、彼らになにか言う前にレッドが口を開いた。


「男に寝取られた経験世界一『キュアレッド』!」


 なに言ってんだこの人。しかもなんだその変身ポーズみたいなポーズ。

 身に刺さるような沈黙の中、レッドはブルーの脇腹をつついた。ブルーはもう全てを諦めた顔をしていた。


「……俺は……あー……この間、知り合った取引先の(個人情報保護)に(機密情報保護)で、(放送禁止用語)したら一億円儲かりました『クズブルー』。……すーさん」

「え、嘘でしょ。次、俺なの? ……浮気されなかったことがない、カレー大好き『ハピネスイエロー』! ウエェーイ! ……はい、グリーン」

「私もやるんですか? ……生きていくだけで辛いことが増える、『中年グリーン』」


 やらされた三人全員口だけで笑っていて、目が笑っていない。飲んでもいないのに酔ってるみたいな目だ。かわいそうすぎる。レッドが俺の代わりに「そして一途でアンラッキー『青春ピンク』」とあんまり嬉しくない俺の口上をのべてくれた。


「そう我等五人が! ……ちょっと! ちゃんとポーズ決めなさいよ」

「もう勘弁してくれ……まだ酒も入ってないのに……」

「せめて酒飲んでからにしてよ、つづきん……」

「つらい……」

「やれっつってんの! あんたらに失う物なんてもうなにもないでしょ!」


 レッドに睨まれて全員思い思いの戦隊ポーズを決めてくれた。


「「「「失恋ファイブ!」」」」


 俺はとりあえず両手で顔を覆い、二宮が不審そうに彼らを見て、それから俺を見た。


「ニィノ、……なんなのこいつら?」


 二宮の困った顔がかわいくて、やっぱり好きだった。


「……帰るぞ、二宮。こいつらは知らない人だ」


 だから俺はそう言って二宮の手を繋いだまま個室を出た。

 後ろから「愛だなぁ」とからかう声が聞こえたけど、追いかけて来なかった。俺が望んだ通りにしてくれたのだろう。そういう、痛みに寄り添ってくれるところが、彼らの唯一の美徳なのだ。


「じゃあな、二宮」


 二宮を彼の新居まで送った。

 上がるように促されたけど「海の匂いのしないお前の家とか違和感あるから、いい」と断った。でも二宮が俺の服の袖をつかむから、帰ることもできなかった。


「……ニィノ、怒ってんの?」

「俺がお前に怒るはずはないだろ」

「じゃあなんで、まじで帰んの? なんで紹介してくんないの? ……あいつらなに?」

「知らない人だ」

「ニィノ」

「離せって……奥さんと仲良くな」


 二宮をその家に無理矢理いれて、俺は少し考えてから地獄に帰ることにした。彼らはきっと待っていてくれる。俺だったらそうするだろうから彼らも絶対そうだ。


「……、だっせー口上……」


 合流したらレッドをからかってやろうと決めて、俺は来た道を帰る。ひとりだったら泣きながら帰ってたなと思いながら、小走りで酒屋まで帰った。

 ……少しだけ、気持ちは晴れやかだった。

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