◇ レッドこと『
合コンを主催することもあるし、誘われることも多いし、男を紹介されることだって週にニ回はある。それだけ男と付き合いたいと思っている女として私――続木宮子は自認も公認もされているわけだ。
男と付き合いたいから、髪型を整えて、メイクを整えて、発声まで整えて、にこりと笑う。首元にはダイスのネックレスを、耳にはガラスのピアス、指先にはシャンパンゴールドのラメをちりばめる。
目指すは女子アナか彼氏に近づけたくない女、とにかくモテそうな女だ。口紅のよれを消せば、私は最強にかわいい女の子だった。
「本当見た目完璧よね、続木は」
「早く彼氏作らせてあげたいわ」
「おい同情やめろよ。ライバル視しろよ」
今日の合コンの女子サイドのメンバーふたりは親友。だから彼女たちは私の気合にクスクス笑う。
その、気にも留められてない感じに、最早安心さえ覚えた。
「じゃあ行こう。今度こそ運命に出会えますように」
「男に寝とられず、女に浮気せず」
「
そんなことを新宿駅のトイレで話したあと、私達は合コン会場である飲み屋に向かった。店を選んだのは先方であったため、まず店のチョイスの採点から入る。
店構えはどうか、安全そうなところにあるか、店の中の席の距離感はどうか、話しやすい雰囲気の店であるか、店員は愛想いいか……店のチョイスの採点項目は無数にある。
そして今回の採点結果は、甘く見積もって『落第』。
先方が来る前に「これは期待できないな」とぶっちゃけた話をしつつ、私達は笑顔だけ作って、先方を待っていた。
「お待たせしましたぁー」
私達は彼らの登場と同時に『今回はダメだったな』と、すべての
身だしなみがだめ、こっちを見る目がオナホ選びの目って最悪なんだけど、靴の先がとがっているのが無理、小指に指輪をはめていいのは
「トイレが汚い店ってところもだめね……」
メイクをくすんだ鏡で直していたら、タイミングよくクズブルーから電話が来た。
今日のメンバーはどうよと言うから、飲み直したいと返せば、迎えに行くわ、というご提案。女子たちと飲み直しでも良かったが、失恋ファイブのメンバーと飲めば夜中まで飲んでも安心だ。なら、その方がいいか、と、その提案を受けることにした。
「私の他に、女の子がふたりいてもいい?」
『いいけど。こっちもフルメンバーだけどいいか? 変な合コンっぽくならん?』
「ならないでしょ。そっちのメンバーは安心よ。今日の奴ら……なんか目が怪しくて、きつい」
『まじか。大丈夫か? 乱入しよか?』
「一応、友達の会社の先輩からの紹介だから、上手く解散するよ」
『ふぅん。じゃあ、早めに解散しな』
「うん、そうする。新宿に着いたらメールか電話ちょうだい。よろしくね」
電話を切り、メイクを直し、愛想笑いを張り付ける。あと三十分ごまかしたら、とっとと帰ろう、とそう決めてからトイレを出た。
「じゃあ、駅まで送るってぇ」
何故、
「ね、宮子たぁん、飲みたりなくないですか? やっぱりもう一軒、どう?」
男がさりげなく私の腰に手をまわしてきた。
合コン中も手を触ってきたり髪に手を伸ばしてきたりした男だ。呼び方含めて、何もかもが気持ち悪すぎ! と思いながら、笑顔でその手を払う。
早く帰ろうと友達に目配せをしていたら、不意に、――めまいがした。
「あれ、大丈夫ぅ? 宮子たぁん、もしかして……眠い? ……どっかで、寝る?」
――ぞっと寒気が走る。
咄嗟に、男を突き飛ばし、親友二人の手を握り、三歩走る。彼女たちの目を確認すると、眠たそうに何度もまばたきをしている。
――やられた!
「ちょっと、逃げないでよぉ」
「近づくな、くそやろう!」
私は友人の手を握ったまま、走り出した。
「なにこれ、続木……私、こんなに飲んだっけ……」
「待って、走んないで、気持ち悪い……」
「違う! 薬よ、これ! 最低! 新宿で私に敵うと思うなよ……逃げるよ! 吐いてもいいから走りな!」
地下に逃げ、交番の前を『変態に追われてる』と叫びながら通り抜け、通り過ぎた店の店員に『助けて!』と声をかけ、周りを巻き込みつつ、撒きつつ逃げた。
駅近くのタクシー乗り場になんとか辿り着いたときには、三人とも耐えがたく眠くなっていた。
「タクシー乗るまで頑張って! 逃げるよ!」
「……吐きそう。これ、病院?」
「うん、病院のちの警察ね。そうしないと、私達も捕まりかねない。……あと性被害サポートに電話をかけて……」
タクシーに友人を乗せ「新宿中央病院」と行き先を告げた瞬間に、私は『外から』、腕を引っ張られた。
「宮子たぁん、逃げられたと思った?」
とっさに――タクシーの扉を閉めた。
友人たちがビックリしていたが、私ひとり残される方が、男たちにタクシーに乗り込まれるよりましだった。運転手に早く行けとハンドサインを出して、私は首にしていたネックレスに手をかけながら、振り返った。
「はい、一匹ゲットぉ!」
いきなり、どん、と腹を殴られた。
ぐるり、と視界がまわる。
――気が付けよ、変態。
首につけていたネックレスを落とした次の瞬間には、もう意識は途絶えていた。
『俺の、続木に、なにしてんだ……?』
だけど、閉じた瞼の裏側で、そんな……地を這うような呪いの声を聞いた、気がした。
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◇ グリーン
『しかし、これ、フロント無視でいいんですか?』『どうなんでしょう? あと我々、周りからどう思われてます?』とラブホテルが初めてのわたしと一は気まずく視線を交わし合っていると、すーさんが水戸の肩を掴んだ。
「ちょっと水戸くん、位置情報って、どの部屋にいるかまで、わかんの?」
「俺を誰だと思っている。スパイ映画に出てくることは全部できる」
「なにそれ。安心と恐怖を覚えるわ」
すーさんと同じく恐怖と安心を覚えつつ、水戸に続いてエレベーターに乗り込む。
水戸はスマホを見ながら四階を押したと思ったら、エレベーターの操作盤を
「ちょ、水戸くん、
「金払えばいいだろ。これ止めるぞ。入口システムジャックした。もう……このホテルから誰も逃がしはしない……ここで始末をつける」
ヤバイと思ったがなにも言えなかった。なにを言っても、言った瞬間に彼がキれる予感がしたからだ。
彼はエレベーターを下りると、ためらいなくひとつの部屋の前に行き、扉をノックした。誰も呼んでいないのに、ラブホテルで扉をノックされるなんて恐怖でしかないだろう、誰も開けないんじゃないか、と考えていたら、水戸が口を開いた。
「せんぱぁい! すっげぇ高ポイントの、女の子捕まえたって聞きましたぁ! 俺も混ぜてくださいよぉ!」
それは全く、聞いたことない声だった。
横から彼の顔を見ると、いつも異常に顔面蒼白、血走った目はギラギラとしていて、何より表情が全くない。彼のスマホの画面には、すでにどこかの男の個人情報があった。
つまり、彼は今、中の人間の誰かの知人の真似をしているのだ。この短時間で、彼は中にいる人間のことを、おそらく全て把握している。
「せんぱいってばぁ! あーけーてー!」
この寒気は、続木への心配だけでは、もう、ない。
わたしが生唾を飲んで周りを見ると、すーさんも一も顔色悪くしていた。
水戸の後ろに立ち、頼むから
「続木!」
――しかし、本当に一瞬だった。
「続木! おい! 起きろ!」
つまり、一瞬で水戸は男の
あまりの速度についていけずに、扉の前で残されたわたしたちは「「「え」」」と言うしかなかった。
「速すぎませんか……?」
「え、なに? あの人、音速なの?」
「……いや、やっべえな、これ」
しかしそんなわたしたちの中で最も早く
「うっわ、どうしよう、まじかよ、完全に目覚めちゃってるわ、あれ、……えー、まじかよ、どうしよう……どうしようもねえんだけど……」
いつも安心安全メンタル最強のすーさんが冷や汗を流している。そのことはわたしと一にさらなる恐怖を与えた。しかし、ひとまず部屋に入り、扉を閉める。このあとなにが起きたとしても、外から見られないようにするためだ。
「すーさん、どういうことですか?」
「水戸くん、元々かなりやんちゃしてた人なんだけど……」
「今以上に⁉」
「今となんか比べ物にならないよ、どうしよう、鬼の帰還だよ……」
「鬼‼ 桃太郎はどこにいますか!?」
水戸は自分が破壊した男たちも、騒ぐわたしたちにも目もくれずに、続木だけを見ていた。彼は何度も続木の頬を叩いている。
「どうした……続木、なあ、おい……」
それは、いつもの彼の声ではある。
「起きろ、起きろよ、なあ、起きろってば……」
だけどいつもの、落ち着いた声ではない。泣き出しそうな子どものような、純粋な痛みがあった。
「頼むよ、続木、起きてくれ、起きて、酷い目にあったって……笑ってくれ、頼むから、……なあ、……お前の赦しがないなら、俺は、もう、……」
しかし、何度呼びかけられても、彼女は完全に意識がなく、くったりと倒れている。
彼女が酒で失敗するはずがない。つまりこれは、なにか……薬を盛られている。しかもそれだけではない。彼女のお腹にアザができていた。しかもそれは、殴られたような、アザだ。
続木がどんな目に遭ったか、わたしたちですら察した。下着はまだ着ているから最悪の最悪までは避けられたのだろう。けれど、だからなんだというのか。
つまりわたしたちは間に合わなかったのだ。
「続木……」
彼は彼女を抱きしめて、がらんどうの瞳でどこか遠くを見ていた。
「なんでお前そんなに馬鹿なんだよ、なんで……もっといくらでもまともなやついるだろ、なのに、……だから俺は……なんで俺以外のやつにそんな目に遭わされてんだよ、なあ……なんで? なあ……お前、馬鹿だろ……、ああー……あー、うん、いいよ、うん、ウン、……、お前は馬鹿でいい。悪いのはお前を傷つけるやつだ……そうだ、お前は何も赦さなくていい、俺は、何も赦さなくていい……そうだよなァ……、そうだ、ァア……」
やばいとわかっているのに、もう、止める方法がなかった。
「殺す」
そこにいたのは、一切の言葉が通じない、理性の消えた獣だった。
「……、えっと、どうします?」
少し経ってから、なんとかわたしがそう声をかけたとき、すーさんも一も部屋の隅で座り込んで、顔を覆っていた。
「どうしようねー、……うーわ、うーわ、すごいなあれ……」
「俺はもう……逃げたいです。こっわ……いやー……、ホラー映画みたいな血しぶきだなぁ……」
「どうやったら止まるんですか、すーさん! 長年高校の先生してますけど、あんなヤンキー見たことない……うわっ!? 今絶対に
すーさんは顎に手を当てて、惨状を眺める。
「止め方聞かれてもなぁ……俺もヤンキー時の水戸くん会うの初めてなんだよ。ただ、前に水戸くんが言ってたんだー、『十四のときの自分に会ったら
「え、じゃあ逃げませんか、すーさん? 俺今すぐ太平洋いけますよ?」
「だめですよ! ふたりとも! 水戸はあの調子じゃ殺しちゃいます!」
若者二名は神妙な顔で頷き、「山に埋めよう」「海に捨てる」と各々最悪の解決方法を提案してきたので、ふたりともビンタした。ふたりともそれで黙ってくれたから男子高校生よりいい子である。
「まず、イエローはレッドを確保してください。ピンクはブルーにタックルして、あの
「その間、グリーンはどうするの?」
「わたしは部屋の隅で救急車呼びます」
「「それはずるい」」
「でしたらわたしもブルー確保に参加します……それしかないでしょう、いやだなあ……」
とりあえず、やりたくもない役割分担が済んだ。
その間に眼鏡を落として、目をぎらつかせている血まみれブルーは、また男の何処かの骨を折った。こちらも見ていないし、ベッドの上に横たえた続木のことすら、見ていない。
ただこの暴行現場でありながら、続木には一滴の血もかかっていない。まるで天使のように真白のまま、水戸のジャケットをかけられた彼女はベッドに横たわっている。
「そんなに好きなら告白しておけばよかったじゃないすか……なんなんですか、ブルーって……」
「そしたら間違いなくフラレてたとは思うけどねー」
「続木は顔で選ばないですからねぇ……」
わたしたちは各々、構えを取り、深く、深く息を吸った。
「俺ら
「そうっすね。ブルーが
「そうです。みんな泣くのはあとにしましょうね」
しかし、戦隊モノとは異なり、必殺技のひとつもないわたしたちは、修羅と化したブルーに一斉にアタックをかけるしか道がなかったのだった。
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◇ レッド
「……捕まる! それ以上は捕まるから! もうギリギリアウトだから‼ 水戸くん落ち着け‼」
「離せダボ‼ てめえから殺すぞ‼」
「いててててっ!! ヤンキーモードやめて‼ 殺しちゃうって! それ以上は‼ 一くん止めて‼ 時を止めて‼」
「俺にそんな超能力ないですよ‼ ……うらっ‼ うっしゃ捕まえた‼」
「離せっつってんだろ‼ 殺す‼ あいつら殺す‼」
「グリーン! ロープ! ロープ!」
「はい。もう、しめ落としましょう……よいしょっ!」
――まず音が聞こえた。
なにかが暴れまわるような音だ。
しかしそれは、ゴキンという謎の音で止まり、後には沈黙が残った。
「……えーっと、つづきんの飲まされた薬がなんだかわかんないし、とにかくつづきんを病院に運ばないと……」
「こっちの血だるまたちはどうします?」
「それはどうでもいい。死んでなきゃ俺が殺すし、生きてたところで価値はない。問題は水戸くんを起こすかどうかで……微妙なところだなー……アドレナリン落ち着けば、非常時最も有用なんだけどな、この男……」
「とりあえずふたりとも寝かせておいて、病院に運びましょう。先に被害届出しておかないと……訴えられたら面倒ですよ。それに薬によっては続木も警察に
「あー、それもあるー、
――目を開くと、目の前に誰かいるのはわかった。
何度か瞬きをして、ようやくそれに焦点が合う。
水戸の顔だった。
寝ているのか、彼は目を閉じている。まつげの形さえ、つけまつげのように、きれいだ。そういえば、眼鏡をかけていないところは初めて見た。……とてもきれいな顔をしていた。黙っていれば顔はいいのに、とぼんやり思いながら、彼の顔に手を伸ばす。
冷たい肌。息はしている。生きているらしい。
――しかし、何故、血まみれなのだろう?
「あれ、続木さん? 起きてます?」
声をかけられたのでそちらを見ようとしたが、体が重たくてうまく動かなかった。返事をしようとしても、声は出ない。
「よかった、つづきん、意識戻った? あー、でも今これ見ない方がいいなー……
「そうですね。レッド、まだ意識失っていてください……わたしも気絶したい……」
「とにかく移動しましょう。水戸さんは俺が運ぶから、すーさんは続木さんを運んでください」
「うぃー。くすきん、今度こそ救急呼んどいてー」
「わかりました」
声は聞こえる。けれど、ひどく眠たい。
誰かに持ち上げられたのはわかったけれど、体はピクリとも動かず、意識はぐらりと回り、また世界が遠退くのがわかった。
目を覚ますと、失恋ファイブのピンクとイエローとグリーンが私の顔を覗き込んでいた。
「近いわ‼
咄嗟にそう叫んでしまった。
彼らは私の開口一番の叫びに、目を丸くして固まった。が、すぐにけらけらと笑い出した。
それから、グリーンが事情……というか私が寝ている間に起こったことを説明してくれた。
「まじで……?」
「はい、まじです。九死に一生ですね」
どうやら私はあの後、あのくそ男どもによる性犯罪に遭っていたらしい。
ギリギリ
ブルーがどれだけ暴れまわったのかはわからないが、相手の男たちに歯は残ってないとのこと。『性犯罪者は死ね』とは思うけど、リアルに言われると引くものがある。
そして、友人たちについては無事に逃げ、同じ病院にいる、とわかった。それがわかって、何よりもホッとした。
つまり……残る問題は暴れ回ったやつである。
「なにやってんの、
「変態眼鏡は、眼鏡が折れて、今は医者に捕まっていますよ」
「なんで?
私の言葉にグリーンが「いやいや」と口をはさんできた。
「殴るときに腕時計を第一関節に巻いて殴ってたらしくて、ガラスが……あと
「は? 修羅なの? え、あの変態眼鏡、修羅なの?」
イエローは自分の頬に絆創膏を貼りながら「それとー」と口をはさんできた。
「水戸くん、この十年健康診断ばっくれまくってたから片っ端から検査受けさせられてる。今、食道と胃と
「
「レッドは男を見る目がないってことじゃね?」
「黙れイエロー、正論は認めない」
私はイエローをビンタした。
それから、急ぎ、すべきことをした。
つまりまず警察に被害届を出した。調書は失恋ファイブのメンバーが手伝ってくれて、セカンドレイプもなくスムーズに済んだ。というか相手に前科があったらしくて流れるように終わってくれた。
前科があるのにのうのうと生きているからこういうことになるのか、ともどうしても思ってしまう。やはり性犯罪者は死ね、という気持ちは強くなるばかりだ。
が、彼らの現状を警察が詳細に教えてくれた。もう性犯罪はどうやったってできないだろう、するための機能が失われた、と分かり、……やはりリアルに言われると引く惨状だ。水戸も捕まるのかと聞けば、警察は半笑いで、前科ないので注意ですかね、と答えてくれた。なので、水戸は一回捕まったらアウトだろう。
警察が終わってから、次に、自分の入院手続きを済ませた。
友人たちはさほど問題なかったらしいが、私は追加で薬を入れられていたらしく、念のために一晩様子を見ることになったのだ。
だから、先に薬が抜けた友人たちが家に帰るのを見送った。彼女たちは今回の紹介元の先輩を殺すと強く誓って、帰っていった。
そうして、最後に、病院の売店でメイク落としを買って、病室に戻った。
それからようやくため息を吐く。これで私のすべきことは終わりだ。
「……男を見る目ってコンビニで売ってるかな?」
「普通は経験で育つのですが、レッドは経験だけたまっていきますよね」
「殴られたいのか、グリーン」
「わたしを殴れるほどの元気が出てきたなら……よかったです。今日はわたしたちが泊まりましょうか? それとも親御さん呼びますか? ひとりでいたいですか?」
私は、深く、深く、息を吐いた。
「お前らがいてくれると助かるわ」
「うん、わかりました」
グリーンは私の頭を撫でた。
こういうところは先生だなと思いながら、私は震える体を抱きしめて、少しだけ泣いた。
それから二時間後に、ようやく病室のドアが開いた。
「うわ、馬鹿が。やっと来たよ」
両腕に包帯を巻いた姿で、水戸のようやくの登場である。
「重役出勤が過ぎるんじゃないの、ブルーのくせに。レッドを待たせすぎよ」
しかし彼は私の突っ込みにはなにも答えない。
彼は右足を引きずりながら歩いてくると、私のベッドに腰かける。それでも、こちらを見ることはなく、彼は地面だけを見ていた。
「……ねえ、水戸。……なんか、すごい怪我してるね? 水戸?」
彼はニ回私に呼ばれて、ようやく口を開く。
「……怪我自体は別に……正直胃カメラの方が辛かった。今度大腸もやらされるし……酒やめろって言われるし……最悪……」
「ふうん。そう……」
水戸は何故か私の方を見ずに話し続ける。
「続木は……痛むところある?」
「ないよ。薬抜けたの確認したら明日退院」
「そう、……そりゃ何よりだ。俺も今日、念のため入院だけど……」
なんでこっち見ないんだと思いながら、彼の腕をつつくと大袈裟なぐらい、彼ははねあがった。
「ギッ‼」
「なに⁉」
「さ……、だっ、さわんな!」
「はあ⁉ なに突然⁉」
「だからっ、……あーくそ! もう、……あーもうだめだな、……あー、もう、……」
水戸はこちらも見もせず、靴の先で床を蹴りながら「……お前、俺より絶対長生きしろよ……」とよくわからないことを言った。
「そりゃそうよ。あんたそろそろ刺されて死ぬでしょ」
「……そうかもしんないけど……、あー……つまり、……」
「なに?」
彼は、そこで深く息を吸った。そうして、ようやく、こちらを見た。彼は、初めて見る顔をしていた。
いつも青白い頬を真っ赤にして、額まで赤くして、泣きそうな目で、彼は私を見た。
「俺、お前のこと本気で好きなんだけど、……この際、俺にしとけばよくない?」
私は彼の顔をじっと見た。彼はじっと私を見返してきた。彼の手はガタガタ震えていて、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
私は彼から目をそらし、まわりを見た。失恋ファイブの他の連中は、なんというか『あらあら』という顔をしていた。
だから私は……息を深く深く深く……吸い込んだ。
「うるせええええええゲイはすっこんでな‼‼‼‼」
この叫びは病院内で流行語になったそうだ。
この件については絶対に許さないと決めている。絶対にだ。