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閑話 地獄へのカウントダウン

◇ グリーン


『すいません、楠木くすき先生。つーことでひびきは明日機嫌きげん悪いっす』

「きみたちは日々どうでもいいことで喧嘩しますね」

『あいつ、最近すぐ切れるんだよな、更年期こうねんきかな』

「そんなことを言ったら、また喧嘩けんかになりますからね」

『知らねーよ、付き合ってられるか、あんなヒステリック馬鹿』

「そういうこと言わないんですよ。先に折れてあげなさい。ホルモン治療は精神不安になるんですから……」


 といった鮫島さめじま愚痴ぐちを一通り聞き終わってから、こちらから、続木つづきの話をしてみた。彼はわたしが彼女の名前を出したところで『はいはい』と楽しそうな声を上げた。


『知ってます、知ってます。続木さん、まじで美人ですよね。直属の上司なんですよ。超ラッキー、目の保養って感じです』


 鮫島には、あの狩人かりうど(ただしパートナー持ちばかりを狙うために毎度失恋をする)に狙われているという危機感が全くなかった。わたしは深く息を吐いた。


「……彼女は婚活こんかつ中なので指輪ゆびわをして出勤してあげてください」

『えー? 続木さん、彼氏いないわけなくないすか? つーか、そうだとしても俺みたいな醜男ぶおとこには興味ないでしょ。マ、でも先生が言うならつけていきますよ』


 続木が顔面で男を選ぶのであれば水戸みとを選んでいるはずなので、わたしとしては鮫島の対応に、安堵の息を吐くしかできなかった。

 そんな鮫島との電話の後に顔を出した『失恋ファイブ』の集まりには、珍しいことにレッドがいなかった。


「遅かったね、先生」

「少し電話をしていて……君たちは何を読んでるんです?」

「キャンプ雑誌」


 男三人が顔を寄せ合い、めんどくさそうにキャンプ雑誌を読んでいた。

 キャンプなんてすーさん以外は、続木も含めてキャラではないだろう。なぜそんなことになったのかと思いながらコートを脱ぎ、様子をうかがっていると、水戸が心底だるそうに欠伸あくびをした。


「俺は虫嫌いだから行かねえけど、再来週の土日にこの馬鹿コンビと続木は行くっつーから、先生も行けば?」

「はあ、……休みとれたら行きますかね。……え? ちょっと待ってください。続木も来るんですか? 女性ですよ? 彼女、わたしたちと雑魚寝ざこねするつもりですか?」


 わたしの真っ当な質問にイエローもピンクも、明らかにレッドに片思い中のブルーでさえも首をかしげた。


「なにを心配してんの、グリーン? ここにレッドに手出すやついないし安全でしょ?」

「それにレッドが『アウトドアもできますを婚活でアピールするための写真撮影』が目的なので、このキャンプ……レッドが参加しない道はないんですよ、楠木さん」

「そういう、……そういうことでいいんですか、水戸……?」

「なんで俺に聞く? 金は出してやるからちゃんと続木の面倒見なね。怪我させないように」


 水戸は本当に心の底からそう思っているような顔をしている。これは強がりではなく、本気で続木の婚活を応援しているのだろう。水戸はこじらせ方が異常なのだ。

 わたしとしては肩をすくめるしかない。


「それで……今日、続木は? この集まりに彼女がいないのは珍しいですよね」

「あぁ、あいつは今日合コンだよ」

「水戸、スケジュールを把握するほどの関係なのに、なぜあと一歩踏み込まないんですか?」

「うるせえ、洗脳するぞ」

「困ったら人の脳みそいじる癖、直した方がいいですよ」

「うるせえうるせえ、ほっとけ。別にいいだろ。とにかくあいつは合コン。そろそろ一次会終わるだろうから電話かけてやろうか? メンツがくそだったら、こっち合流するんじゃねえの? ……なんだよその目は。洗脳するぞ」

「やめなさいってば……」


 拗ねている水戸を宥めると、彼はブツブツ言いながら続木に電話をかけた。合コンというのに続木はすぐ電話に出たらしく、しかも最終的に「合流するってよ」ということになったらしい。つまり、どうやらメンツが本当にくそだったのだろう。

 そして、続木の結論に対して、水戸は当たり前のように彼女を迎えに行くと言い出した。

 水戸が車で来ていたことや、珍しく酒を飲んでなかったことからしても、はなから彼女を迎えに行くつもりだったんだろう。だったら、まあ、続木の合コン結果と水戸の片思いを揶揄うかということになり、『失恋ファイブ』男性陣全員で新宿しんじゅくに移動にすることになった。

 新宿の繁華街中心から少し外れた駐車場に車を留め、歩き出してすぐ、水戸が足を止めた。タクシー乗り場の近く、人が行き交う中、彼はしゃがみ込み、何かを拾った。


「なんでこんなところに……」


 彼は地面に落ちていたらしい、ネックレスを拾っていた。華奢なデザインのそれは、どこかで見た覚えがあった。


「なんですか、それ?」

「俺が続木にやったネックレス……これ、俺が作ったやつだから他に持ってるやついない……」


 サラ、と打ち明けられた内容が、水戸の重さと拗らせを表していて、わたしたちは少し引いた。


「それ、作ってたんですか? 続木のために?」

「まじで執着がえぐすぎんだろ、水戸くん」

「そこまでして何故続木さんに告白しないんですか、水戸さん」


 水戸は引いたついでにからかうわたしたちの言葉を全部無視し、スマホを取り出した。

 どうやらレッドに電話をかけているらしい。わたしたちは足を止め、彼の様子を見守った。彼はしばらく待ったあと、電話を切った。


「……、……おかしいな……」

「つづきん? 出なかったの?」

「うん……、……ア? あいつ、今ホテルにいるな」


 彼はスマホを使って何かを調べながら、何か、恐ろしいことを言う。

 わたしとピンクは、『なにこれ』とすーさんを見た。唯一、水戸の友人でもあるすーさんは頭をかきながら、水戸の肩を抱いた。


「えーっと……水戸くん、なにしてる?」

「あいつのスマホの位置情報とってる。ハ? どういうことだ?」

「水戸くん、まじで、なにしてんの? 位置情報とってるって……そんなことできるの……? できるとしてもあんまりやんない方が……」


 すーさんの金言を無視して水戸がまた、電話をかけた。しかし彼は今度はそれを切ることない。彼は何かを待ち続ける。

 やがて、無機質な呼び出し音を終わり、留守番メッセージが求められる。

 彼はゆっくりと口を開いた。


「俺の、続木に、なにしてんだ……?」


 地獄の底から響くようなその声が、『キれた学生の声と同じだ』とわたしが気が付いた時には、すでに水戸は走り出していた。

 慌てて彼を追いかけ、車に乗り込んだ彼を、失恋ファイブで、なんとか止めた。彼を助手席にうつし、運転席にはすーさんを座らせる。


「どこいきゃいいの、水戸くん!」

「どけ! 俺が運転する‼」

「ダメだよ、今の水戸くんには運転させられねえよ。俺も酒入ってないし、俺がやる」


 水戸は、荒く、息を吐いた。


「……わかった、ナビいれる」


 水戸くんはナビを設定したあと、血走った目で「急いで、すーさん」と、呻いた。それでも彼の声には理性が戻っていた。

 とはいえ、ギリギリだ。

 ギリギリのところで、なんとか戻ってきてくれただけだ。導火線どうかせんに火はついている。

 わたしは肩で息をしながら、これでレッドに何かあったら完全にアウトだな、どうか互いのためになにもないように、と祈った。 


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