目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
閑話  彼の背中には傷がある

◇ イエロー


 俺が水戸みとくんと知り合ったのは、高校を卒業して四年経ってからだった。

 俺がたまたま母校に行ったときに彼もたまたま来ていて、そこで初めて顔を合わせて、少し話をして、面白そうなやつだと互いに思い、連絡先を交換して、……そこから少しずつ仲良くなった。

 だから俺は彼と親しくなっていく間、彼の親友のことを全く知らなかった。

 なにかの席で「その日は命日だから行けねえや」と彼が言ったときに『誰のことだろう』と思ったことは覚えている。その小さな違和感を覚えたときから随分とあとになって、他の同級生から『彼』のことを聞いた。


「羽山くんでしょ。本当に将来有望で……残念だった」


 同じ高校だったけど、俺は『彼』を知らなかった。知らなかったからその訃報ふほうも聞かなかった。だからなにも、知らなかった。

 『彼』は話を聞く限り面白そうなやつだ。そもそも水戸くんの親友をやれるなんて、そりゃめちゃくちゃ面白いやつだろう。今だって俺は彼と仲良くなりたい。けれど、彼と知り合うことすら永遠にできない。しかも、それは自殺・・なのだ。

 俺は、それを知ったとき、水戸くんになんと言えばいいのかわからなかった。だから連絡はしなかった。水戸くんだって、彼の話を俺にしようとはしない。だから結局、俺はなにも言わないことにした。

 今でも、俺『は』水戸くんからその話を聞いたことはないままだ。

 俺がきっと死にそうにならない限り、水戸くんは俺にその話はしないのだろう。だからこそ俺は彼にその話をさせないために、死にたいとは思わない。

 それでも、ふとした会話のときに『ゆうが言ってたんだよ』だとか『あいつ・・・が教えてくれたからなあ』だとか、片鱗へんりんに触れることはある。そんな風に隠しきれないぐらい、彼の中には彼がいて、そうして、そこには傷がある。

 だからこそ水戸くんの背中の鳳凰ほうおうは、傷みたいに見える。しかも未だに血を流しつづける傷だ。

 それは軽薄な俺には理解できない深い傷跡で、深い痛みだ。だから俺は結局なにも言わない。彼もまた、なにを言わない。

 彼が軽口を叩くなら付き合う、いつだってそのぐらいの距離感だ。


「水戸くんさー、……それ痛くなかった?」

「なに?」

「その範囲の刺青ってさ」

「えー? すーさんも入ってんじゃん。おんなじぐらいだろ」


 俺の刺青と違って彼のものは痛々しい。でも彼は気にした様子なく笑う。彼はいつもそうやって笑う。涙をどこかでなくしてきたみたいに笑う。


「すーさんと飲むの楽だよ。すーさん、酒飲まねえし、酒飲み嫌わないし、俺の背中見ても叫ばないし、半裸で飲める友達がいてよかった」

「いや服は着ろよ」

「暑いんだよ、夏」

「わかるけども」


 彼は俺の執着のなさを歓迎する。それを病むことなく俺の友人でいてくれる。ほどほどの距離感でいてくれる。たしかにそれは俺にとってもひたすらに楽だ。


「水戸くんと高校のとき仲良くなくてよかったわ」

「なんで?」

「なんとなく。今でよかった」


 水戸くんはハイボールを飲んだあと「そうだな。俺も今でよかった」と笑った。多分俺たちはこんな感じで一生付き合っていけるだろう。執着もなく、重さもなく、軽薄に、「楽でいいよ」、そのぐらいの温度で。


「つーか、すーさん、なんで飲まねーの?」

「バナナジュースのがアルコールより美味しいから」

「素面で生きていけるのヤバイな」

「水戸くん、血を吐きながらも飲む人の方がヤバイよ」


 つい笑うと、水戸くんはチラと俺を見て「ククク」と喉で笑った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?