◇ イエロー
俺が
俺がたまたま母校に行ったときに彼もたまたま来ていて、そこで初めて顔を合わせて、少し話をして、面白そうなやつだと互いに思い、連絡先を交換して、……そこから少しずつ仲良くなった。
だから俺は彼と親しくなっていく間、彼の親友のことを全く知らなかった。
なにかの席で「その日は命日だから行けねえや」と彼が言ったときに『誰のことだろう』と思ったことは覚えている。その小さな違和感を覚えたときから随分とあとになって、他の同級生から『彼』のことを聞いた。
「羽山くんでしょ。本当に将来有望で……残念だった」
同じ高校だったけど、俺は『彼』を知らなかった。知らなかったからその
『彼』は話を聞く限り面白そうなやつだ。そもそも水戸くんの親友をやれるなんて、そりゃめちゃくちゃ面白いやつだろう。今だって俺は彼と仲良くなりたい。けれど、彼と知り合うことすら永遠にできない。しかも、それは
俺は、それを知ったとき、水戸くんになんと言えばいいのかわからなかった。だから連絡はしなかった。水戸くんだって、彼の話を俺にしようとはしない。だから結局、俺はなにも言わないことにした。
今でも、俺『は』水戸くんからその話を聞いたことはないままだ。
俺がきっと死にそうにならない限り、水戸くんは俺にその話はしないのだろう。だからこそ俺は彼にその話をさせないために、死にたいとは思わない。
それでも、ふとした会話のときに『
だからこそ水戸くんの背中の
それは軽薄な俺には理解できない深い傷跡で、深い痛みだ。だから俺は結局なにも言わない。彼もまた、なにを言わない。
彼が軽口を叩くなら付き合う、いつだってそのぐらいの距離感だ。
「水戸くんさー、……それ痛くなかった?」
「なに?」
「その範囲の刺青ってさ」
「えー? すーさんも入ってんじゃん。おんなじぐらいだろ」
俺の刺青と違って彼のものは痛々しい。でも彼は気にした様子なく笑う。彼はいつもそうやって笑う。涙をどこかでなくしてきたみたいに笑う。
「すーさんと飲むの楽だよ。すーさん、酒飲まねえし、酒飲み嫌わないし、俺の背中見ても叫ばないし、半裸で飲める友達がいてよかった」
「いや服は着ろよ」
「暑いんだよ、夏」
「わかるけども」
彼は俺の執着のなさを歓迎する。それを病むことなく俺の友人でいてくれる。ほどほどの距離感でいてくれる。たしかにそれは俺にとってもひたすらに楽だ。
「水戸くんと高校のとき仲良くなくてよかったわ」
「なんで?」
「なんとなく。今でよかった」
水戸くんはハイボールを飲んだあと「そうだな。俺も今でよかった」と笑った。多分俺たちはこんな感じで一生付き合っていけるだろう。執着もなく、重さもなく、軽薄に、「楽でいいよ」、そのぐらいの温度で。
「つーか、すーさん、なんで飲まねーの?」
「バナナジュースのがアルコールより美味しいから」
「素面で生きていけるのヤバイな」
「水戸くん、血を吐きながらも飲む人の方がヤバイよ」
つい笑うと、水戸くんはチラと俺を見て「ククク」と喉で笑った。