ここのところ、セレスの様子がおかしい。僕も人のことを言えた義理じゃないんだけど、ひとりで考え込んでいることが増えた。
夜もなんだかぼーっとしていて、いい雰囲気にもならないし……
人に話せないような悩みがあるのかと思いきや、仕事中はロディー先生やクリュメさんと話し込んでいたりする。それで僕が顔を見せるとパッと何事もなかったかのように話題を変えるのだ。
僕にだけ話せないこと……? その疎外感にまた自信をなくす。悩みごとも打ち明けてもらえないなんて、ほんとうに僕たちは
よく晴れた休日、久しぶりにセレスがデートに誘ってくれた。嬉しい!
一緒に暮らし始めてからは毎日会えることに満足していたから、初めてのデートらしいデートかも。季節は秋へと移り変わり、昼間でも暑すぎず過ごしやすくなっていた。
料理人さんが張り切って用意してくれたピクニック用のバスケットを持って馬車に乗り込む。誘ってくれたくせにセレスはどこか上の空で、僕はまたもやもやする。
でも使用人さんたちはとてもいい笑顔で見送ってくれたし、せっかくなので楽しみたい。
会話が上手くいかないなら、僕にだって作戦がある。ふぁぁと大げさなくらい欠伸をし、「ちょっと眠いかも」と言ってセレスの隣に腰掛けた。
左手をとって指を絡め、体重を預ける。肩に頭を乗せると、セレスはビクッと一瞬震えたものの、さすがに振り払うことはしなかった。
手を繋ぐなんて機会は普段全くなくて、よく考えてみれば肌を重ねるときくらいじゃないかな?
僕が仰向けに寝転がって、セレスが上から覆いかぶさって、手を絡め合わせて……あわわわわなに想像しちゃってるんだ。心臓がバクバクしてきた。
尋常じゃない手汗をかいている気がしたものの、僕は寝たふりをして決して手を離さなかった。
セレスの手もしっとりと冷たい。もしかしてセレスも緊張しているのかもって思うと、少しだけ気分は晴れた。
「ウェスタ、ついたぞ」
「んー……?」
そう時間は経っていないはずだが、うっかり本当にウトウトしてしまった。セレスが先に馬車を降りて、手を差し伸べてくれる。
いつも通りステップを降りようとした瞬間、――目の前の光景に圧倒された。
「う、わぁぁ……! きれい!」
辺り一面に白い可憐な花が咲いている。澄み切った空の青と、元気な草木の緑。それらを背景に、満開に咲き誇った白が映えて目に眩しいくらいだ。
僕は誘われるようにして、その花畑の中に足を踏み入れた。
その場所には見覚えがあった。孤児院にいた頃、たまにみんなで遊びに来ていた公園だ。
公園の敷地は広大で色んな区画があり、ここはいつも遊んでいた場所とはちょっと違うようだった。時期によるのかな、こんなにも綺麗な花畑があるなんて知らなかった……
あれ? そういえばここは……
「ウェスタ」
振り返ると、セレスが僕に向かって跪いていた。
両手に大きな花束を持っている。
目の前の花畑から良いところだけをぎゅっと集めたような、優しいグリーンと小さな白い花が綺麗にアレンジメントされていた。美しいのに素朴で、まるでセレスの優しさをそっと集めて形にしたような花束だ。
「俺は口下手で、人付き合いも苦手だ。でも、そんな俺がこの場所でウェスタと初めて出会って、お前の笑顔と、『そのままでいい』と肯定してもらえたことに救われたんだ。ありのままの自分で、今まで生きてくることができた。そしてウェスタと再会したことで、初めて自分の研究に意味を見いだせたように思う。仕事にこんなにもやりがいを感じたことはなかった。全部、ウェスタのおかげだ。初めて、ひとりよりふたりで生きていきたいと思ったんだ。初めて……誰かと家族になりたいと思ったんだ。明るくて優しいウェスタ、お前と」
「セレス……」
「俺はまだまだ未熟で、ウェスタには苦労させるかもしれない。だけど、ウェスタの絶対的な味方でいると誓おう。一生。
――愛してる。俺と、結婚して家族になってほしい」
綺麗なアメシストの瞳が、懇願するように僕を見上げている。空のてっぺんから太陽の光がキラキラと舞い降り、プリズムとなって僕に届く。
その美しい光景をちゃんと記憶に収めたいのに、視界がどうしようもなく潤んで、ゆらゆらと揺れた。
こんなの……ずるい。
胸がいっぱいで、呼吸困難になりそうだった。それでも不安げに瞳を揺らすセレスを早く安心させたくて、僕は花束を受け取って抱きついた。
花の優しい香りと、セレス自身の森林のような香りが混ざりあって鼻先をくすぐる。
「僕も……僕もセレスのこと、愛してる」
大事なところなのに、涙声になってしまった。
いつも言葉足らずなセレスが、プロポーズをちゃんと言葉にするのにはどれだけ頭を悩ませたんだろうか。最近の行動にやっと合点がいった。
自分が伴侶でいいのかなんて悩んでいたことが、すっかり吹き飛んでしまった。
――だって、セレスが望んでくれているのだ。心から。
「嬉しい……家族に、なれるんだね」
「ああ。ウェスタが俺にとって唯一の家族だ」
「これから家族が増えるかもしれないでしょ?」
「――! それ、は。そのうち……」
くすくす笑いながら顔を覗き込む。
セレスは顔を赤らめながらも、見たことがないくらい幸せそうな表情をしていた。きっと僕も同じ顔をしているだろう。
ひとしきり笑ったあと、僕たちは見つめ合って、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
――まるで誓いのキスのように。
ちゃんとピクニックも堪能して屋敷に帰った僕たちを迎えたのは、セレスの家族だった。
セレスのお父さんは、息子と同じ黒髪に思慮深げな藍色の瞳を持つ美男子だった。顔立ちもセレスとよく似ているけれど、口の上に生やした髭が渋い。
その隣に立つシルバーの髪に赤い瞳を持つお母さんは口元に湛えた笑みが上品で、とてもきれいな人だった。
挨拶を簡単に済ませ、応接間でご両親と向かい合って座っている。僕は幸せでふわふわした気持ちから一転、セレスの家族からなにを言われるか戦々恐々としていた。
思わず膝の上で手を強く握りしめていると、隣に腰かけたセレスが僕の手を上から優しく握った。変に入っていた力が抜ける。
うん……大丈夫。こんなにも強い味方がいるんだから。
「っ、ふふっ。ふ、ふ、あははは!」
「こ、こらキュオネ……示しがつかないじゃないか」
「だって。ふふ、魔法にしか興味のないような朴念仁だった子が、こんなにも幸せそうな顔しちゃって。心配して損しちゃった」
「ご、ゴホン! ――ウェスタくん、こんな息子でいいのかね?」
「……へ?」
「もう分かっているだろうが、不器用な子でね。伴侶とするには苦労をかけるんじゃないかと思ってな。それに、こうと決めたら
えー、そっち? 僕は無礼にも目を丸くしてぽかんと口を開けた。息子にお前はふさわしくない! とか言われるのかと思った。
どうやらセレスが隣国まで僕を追いかけたことも知っていて、息子の本気度は十分に伝わっていたらしい。
初めてと言っていいほど興味を示し執着した人間がいるなら、女でも男でもいいから「結婚してやってくれ」とお願いするくらいの気持ちで今日訪れたそうだ。
拍子抜けした僕はちゃんと両想いであることを伝え、そのあとは和やかに会話を楽しんだ。
出会いのきっかけを聞かれて口ごもったりしたけど、なんとか酒場でのくだりは誤魔化した。さすがに息子さんの童貞を奪って乗っかりました! とは言えない。
母親のキュオネさんは結婚式に並々ならぬ熱意を抱いていた。曰く、男の子同士の婚礼衣装って地味になっちゃうかと思ってたけど、ウェスちゃんならドレスも似合いそうね! だそうだ。
男の僕がドレス……ひぇ。謹んでお断りさせていただきたい。
ご両親を玄関ホールまで見送ったとき、キュオネさんがセレスにそういえば、と話しかけた。
「庭にたくさん咲いてるあの白い花、ブライダルベールよね? セレスにブライダル? って思ってたけど、ウェスちゃんが家族になってくれるならぴったりね」
「母上、やめてください」
「ブライダルベール……」
あの花はさっきもらった花束にも使われていたし、僕たちの生活の中ではあちこちに飾られて見慣れた花になっている。
キュオネさんは僕に花言葉というのを教えてくれた。
『花嫁の幸福』『幸せを願いつづける』
セレスは片手で顔を隠しているけど、見えている耳が赤い。ほんとうに、僕の魔法使い様はエリートなのにかわいくて愛おしい。
――僕が気まぐれにセレスの初めてを奪ったときには、こんな未来が訪れるなんて想像もしなかった。
でもあれがきっかけで、僕の人生は変わってしまった!
――幸せいっぱいの未来へ。