仕事にも慣れてきたころ、王宮でポロスと待ち合わせて一緒に昼食をとった。
「いろいろ心配かけてごめん」
「ほんとだよぉぉお~~! 次に国を出るときはおれも一緒に行くから! 絶対! 声掛けること!」
帰ってきてからポロスと会うのは初めてだ。僕も落ち着くまでは外出を控えてたし、ポロスも相変わらず忙しそうだった。その一因がセレスの研究だったと知って、なおさら合わせる顔がない。
それでも久しぶりに家族同然の顔を見た瞬間、心底ほっとしてしまった。鮮やかな赤い髪が風に優しくそよいでいる。
……開口一番に恨み言を言われたけど。一番の親友だから、僕が辛いときに頼ってもらえなかったのがよっぽど堪えたらしい。
あのときは僕も周りが見えなくなっていた自覚がある。色んな人に心配をかけてしまって申し訳ないけれど、それがきっかけで僕のことを心から心配してくれる人がいることに気付けた。
だから一連の事件は必要な出来事だったとも感じている。ま、二度とあんな経験はしたくないしもう国を出る予定もないけどね。
それに……あそこまでしないと、僕はセレスの気持ちが本気だとは信じられなかったかもしれない。何度もふたりで会っていたのに、お互いの気持ちをさらけ出せたのはディルフィーでのことが初めてだったし。
「幸せそうな顔しちゃって~。ウェスタ、夢が叶って良かったな。愛してくれる人と家族になれるじゃん!」
「う……うん。なんか展開早すぎてまだ信じらんない……」
「カシューン魔法師長、外堀から埋めていったもんなー。気付けば退路断たれてたって感じ?」
「いや、ほんとそうなんだよ……僕よりまわりの方が先に受け入れてたっていうか」
もちろん嫌じゃないんだけど。セレスが僕と結婚するつもりだったと知ったときにはすでに周囲が認めていたのだ。怒涛の展開に僕だけがついていけていない気がする。
たとえ両想いになれたとしても結婚なんて夢のまた夢、絶対に無理だと思ってたからなぁ。まだ素直に喜べない。
周囲から見れば幸せな悩みだって言われるんだろう。でもさぁ、買いたいと思いつつ絶対買えないと思ってた馬券がいきなり当たったって言われて信じられる?
「もう時効だと思うから言うけど……おれ、すっごい牽制されてたよ。こんな平民上がりの平凡なやつにまで牽制してくるなんて、よっぽど余裕ないんだな~って思ってた」
「あぁ……ごめん。ポロスが平凡だとは思わないけど。この前孤児院でもルキウスとか小さな子相手に張り合ってたから」
「あはは! めちゃめちゃ愛されてんじゃん。……ほんと、おめでと。おれも嬉しいよ」
「ポロス……」
ポロスがくしゃっと笑って僕の肩を叩く。それがなぜか泣いているようにも見えて、胸を打たれた。大事な友人に心から祝ってもらえるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろうか。
思わずひしっとポロスに抱き着こうとしたところで、――後ろから子どものように抱え上げられた。
「休憩は終わりだ」
「セレス! いまいいとこだったのに……空気読んでよ」
涼しい顔で両脇から持ち上げるのはやめてほしい。美味しいものをお腹いっぱい与えられる生活のおかげで、最近太った気がするんだよな~。それに対してセレスは、運動とかしていなさそうなのにいい身体してるから悔しい。
振り返って遠慮なく睨みつけると、ポロスの方を見ていたアメシストの瞳がこちらを向いて和らいだ。うう、顔が良い。
セレスはもともとあまり表情を動かさないけど、近ごろは柔らかい表情をするようになってきて……冷たい美貌が溶けたときの威力は半端じゃない。
それを見ると僕は、ぎゅうっと胸を掴まれたような甘酸っぱい心地になるのだ。え、なにこれ恋?
「ご、ゴホン! じゃあもう行くから。ウェスタ、また今度ね」
あ、ポロスの存在忘れてた。僕は去っていく背中に慌てて手を振った。
新しい魔導具の研究は順調だ。近いうちに孤児院で、実際に試作品の運用を開始してみる予定になっている。
魔力がなくても動く魔導具、というと違和感があるかもしれないが、要は魔力を貯める機能を魔道具に持たせることが肝となる。
これまで魔力を貯めておけるのは一部の鉱石や宝石のみという認識だったが、魔導具に特殊な加工を施すことで空気中の微弱な魔力を貯めていくことが可能になったらしい。
魔力のない人はごく少数だからその声もなかなか届かず、彼らのための研究は今までほとんど行われていなかった。
パートナーを持つ魔法師たちが研究を進めようとしたこともあるのだが、魔法師には常に多種多様な要望が届き、日々の研究もあってかなり多忙な職業なのである。
それにパートナーになってしまえば、みんなそれ以降は相手に不自由させないため研究が後回しになってしまうという内情もあった。
セレスが特殊なのだ。思ったことは即行動、そしてそれを実現できるだけの優秀さがある。
こんなにもすごい人と恋人だなんて、しかも彼の行動のきっかけになったのは僕だなんて……やっぱり不思議だし、もはや畏れ多くもある。
僕なんかで本当にいいのかな、と思うことはたびたびあった。セレスが有名人なのもあって、僕たちの関係は王宮内ですでに公然の秘密だ。
仕事中歩いていると、ただ興味津々に見てくる人もいれば、僕のことを良く思っていないことが丸わかりな突き刺さるような視線を感じることもある。
セレスやロディー先生がいないときなんかは、あえて聞かせているんだろう、実際に陰口が聞こえることもあった。身分がなきに等しい僕に対する陰口なんて、聞きなれている。王宮の人は市井の人間より言葉が上品なぶん優しく感じるくらいだ。
だけど、セレスのパートナーとして貶されていると感じると途端に落ち込む。僕のせいでセレスまで悪く言われてしまうのは……すごくつらい。
僕は胸元のペンダントを握りしめた。そこには、親指の爪よりも大きな涙型の宝石がぶら下がっている。
魔力を使い切って貯めるためにセレスが嬉々として買ってくれたのは、彼の瞳の色によく似たアメシスト。受け取るのにもひと悶着あったものの、ちょうど僕の誕生日が近かったのもあり、何より実用的なものだと言われてしまえば断れなかった。
いまや僕の宝物だ。
僕が周囲に認めてもらうには、仕事で実績を残すとか? うーんさすがに難しい。それに、有名人の相手は変に目立たないほうが良いだろう。
もし……子どもができれば……。
セレスの研究で再現した古の魔法を使ってもらって、僕も妊娠してしまえば誰も表立って文句は言えまい。セレスの家族が僕たちの結婚を認めていないっぽいのも気になっているのだ。
ああ駄目だ! 子どもは大好きだしいつかは欲しいと思っているけど、こんな、子どもを利用するような考えで作ろうなんて思っちゃ駄目だ。そんなの顔も知らない、僕のことを捨てた親とどう違う?
一瞬でもそんな考えが浮かんでしまった自分が、ひどく卑怯な存在に思えた。ぐるぐると自己嫌悪に陥る。
気分が上昇したり下降したり。僕はロディー先生やポロスに「マリッジブルー?」と心配されながら、日々を過ごしていた。