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第10話 未来への願い

 アステリアはこのあと王妃様と予定があると言って、慌ただしく帰ってしまった。

 もっといろいろ尋ねたかったけど、彼女もいろいろ話したいのをぐっとこらえている様子だったから、まぁ、あれが限界だったのだろう。


 知ってしまった事実にふわふわした気持ちのまま談話室へ戻ってきた僕を見て、ネーレ先生はまた「気が合うと思ったんじゃ」と言いながらフォッフォッフォと笑っていた。

 先生は昔から色々と見透かしたような発言や行動をすることが多い。ポロスと一緒にいたずらや規律違反をしたあとなんかは、笑っていても怖かったのを思い出してしまう。それくらいじゃないと長年院長なんて勤められないのかもなー。


 僕は約束どおり子どもたちが集うおやつの時間になって、食堂へ向かった。


「マイラ、近づくなよ。ぼくは魔力なしの隣なんて嫌だね」

「こっちこそ、女の子を虐めて喜ぶガキの隣なんてぜっったいに嫌!」


 マイラとルキウスが待ってくれていたので、僕とマイラでルキウスを挟むように並んで座ろうとしたときだった。

 マイラの横に座っていた男の子が、突然マイラに対して突っかかった。年の頃はマイラたちとそう変わらなく見えるが、僕もいままで見かけたことがないから新入りなのかもしれない。


 マイラは僕と同じ、魔力がなくて捨てられた子なのだ。孤児院では当然どんな差別もご法度で、男の子は即座に飛んできた先生によって叱られていた。マイラも辛辣に言い返したことを諭されていたが、全く気にした様子がない。

 やっぱり女の子は強い。いや……魔力なしの僕らは、強くならざるを得ないのだ。暴言や差別を一生受けることになるのだから。


 飲み物とお菓子が均等に配られ、おのおの自由に食べ始めた。食事の時間と違って、みんなが一斉に食べ始めなければいけないということはない。

 今日は僕が買ってきたお菓子だから、みんな口々にお礼を言ってくれる。小さな子にまで「うぇしゅ、ありがとっ」と言われてキューンとした。可愛い。

 まだちらほら空いている席があるな、と思っていたときだった。外で遊んでいたのだろうか、髪に葉っぱをつけた女の子が食堂へ駆け込んできて叫んだ。


「先生! キューモが庭で怪我しちゃった!」

「おれ、ネーレ先生呼んでくる!」


 僕は慌てて立ち上がり、その場にいた先生と共にキューモと呼ばれる男の子の元へ走った。足の早いルキウスが代表して院長を呼びに行ってくれる。

 他の子どもたちは慣れているようで必要以上に騒ぐことはなかった。慌てず大人に任せるよう、きちんと教育されているのだ。


 孤児院の庭は、セレスのお屋敷のように花が咲き乱れる庭園とは違って、野菜を育てたりしている実用的なところだ。けっこう広いので子どもたちが土遊びをしたり、走り回ったりする公園のような役割も果たしている。

 僕もよく走って転んで怪我をしていたけれど、慌てて先生を呼びに来るくらいだから擦り傷程度ではないのだろう。


 何人か集まっているところへたどり着くと、6,7歳くらいの男の子が脚から血を流して蹲っていた。ダラダラと血が出ているものの、深い傷ではないようでちょっと安心した。とはいえ、治療院で処置してもらう必要はあるだろう。

 キューモの顔を伺うと、唇を真っ青にして震えている。痛みというより、自分の脚から血が出ていることにショックを受けているようだった。

 そういえば何度か話したこともある子だ。僕は膝をついて目線を合わせ、声をかけた。


「キューモ、大丈夫だよ。これくらい、すぐに治るから。僕は治療院に勤めているからわかるんだ」

「あ……」


 僕はキューモの手を握って、微笑みかけた。優しく頭を撫でてあげれば、少しずつ頬に血色が戻ってくる。

 一緒に来た先生はキューモの気が逸れた隙に傷口をさっと洗浄し、慣れた手つきでガーゼを当てて止血していた。

 そうこうしているうちにネーレ先生が到着し、馬車を手配したからと一緒に治療院へ行くことになった。この短時間で馬車の手配までして走ってくるんだから、やっぱり院長は機敏だ。




 僕とネーレ先生、キューモの三人で馬車に乗って治療院へ向かい、無事にキューモの怪我は治った。

 ちなみに向かったのは僕の勤める王立の治療院ではない。週末は休みだし、孤児院にはちゃんといつでも見てくれる行きつけの治療院があるのだ。


 帰りの馬車の中、キューモはすぴすぴと眠ってしまっている。

 治療の魔導具は患部の新陳代謝を高める仕組みだから、体力を奪われてしまうらしい。寝れば回復する程度のものだし、やっぱり魔法使いの作った魔導具はすごい。

 キューモはずっと僕の手を握りしめて離さなかったけど、最後まで泣いたりしなかった。


「この子は偉かったですね。怖がってたけど、泣かずに我慢するなんて」

「ウェスタも昔そうじゃったろ。今日のより大きな怪我をしてもケロッとして……覚えていないのか?」

「……え、そんなことありましたっけ?」


 聞けば僕が6歳位の頃、孤児院から近くの大きな公園にみんなで遊びに行った。その時、そこで出会った子と遊んでいて怪我を負ってしまったらしい。僕は腕から今日のキューモよりダラダラとたくさん血を流していたけど、怪我をさせてしまったとショックを受けている子どもを逆に慰めていたとか。

 ……さすがにそんな小さい頃のこと、全く覚えていないけど。男前だなー、昔の僕。


 孤児院についたところで、僕も家へ帰ることにした。眠ったままのキューモを部屋に運んで玄関の方へ足を向けると、マイラが浮かない顔で僕を待っていた。


「マイラ、どうしたの?」

「ウェス……ちょっとだけ話きいてくれる?」


 この国、アクロッポリの成人は16歳だ。孤児院の子どもたちは15歳になると希望の就職先を探し、毎日ではないが時間単位で働く練習をする。成人を迎えれば孤児院を出て、正式に就職するという流れだ。

 マイラは14歳。もう間もなくやってくる未来に不安を感じているようだった。


「ルキウスは、ポロスみたいに王宮で働きたいって言ってるの。だから私も、ハウスメイドでいいから王宮で働けないかと思って……」

「王宮かぁ、いい目標だね。けど、うーん。王宮は限られた、選ばれた人しか働けない場所だからプライドの高い人が多いらしいよ。だから……僕らみたいなのは、苦労するかもなぁ」


 ポロスでさえ孤児院出身だということで初めは苦労していた印象がある。あとは個人の実力次第で認められるかというところだが、魔力なしはハンデが大きい。認められるには、実力と……運も必要になるだろう。


 マイラはたぶんルキウスのことが好きなんだと思う。僕とポロスみたいに仲がいいけれど、時おり切ないような、乙女の顔をしているから……だからなるべく近くで働こうとしているんだろう。

 相性は良さげだし、僕も応援したいけど。


「いずれは王宮を目標にするとして、個人の邸宅も視野にいれてみたらいいんじゃないかな? 王宮より幅広く仕事させてもらえるだろうし、いい経験になる。まだ一年あるんだから、偏見や差別の少ない貴族の家の募集を探してみるといいよ。孤児院を出たら、ほとんどの時間を職場で過ごすことになるんだ。気持ちの部分での働きやすさは、重視したほうがいい」

「うん……」


 事実、仕事を続けられなくなったり、精神を病んでしまう人もいるのだ。治療院は患者さんの目もあるからまだマシな方だろう。僕もちょっとやそっとじゃ折れない自信がある。

 でも、可愛い妹的な存在にはなるべく苦労してほしくないし、幸せになって欲しい。

 僕は願いを込めてマイラの頭を撫でた。


「孤児院を出たらいつでも僕のところへ遊びに来てくれていいし、ポロスやルキウスもいる。ここで出来た家族がたくさんいるんだから、ひとりで溜め込まないようにね」

「ウェス……ありがとう。わたし、がんばるね!」


 ここで頑張ると言えるんだから、強いよなぁ。

 マイラの顔に明るさが戻ってきたことに安心して、僕は孤児院をあとにした。


 ほんと、もう少しだけ、魔力なしにも優しい世界になってくれるといいなぁ。

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