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第9話 恋敵、襲来

「みんなひさしぶり〜……っとぉ!?」

「「ウェス〜〜〜〜〜!! やっと来たぁ!」」


 午後になって孤児院に顔を出すと、子どもというには大きい二人が体当たりとも言える勢いで抱きついてきた。僕に懐いている子たちだ。


 水色の明るい髪をした男の子がルキウスで、茶色といっても僕より濃いブルネットの女の子がマイラだ。ふたり共もう14歳だから、体当たりされるとダメージが大きい。ルキウスなんて背丈も僕に劣らないくらい……


「って、ルキウス身長伸びた? ま……まさか」

「ふふん。もうおれはウェスより大きいぜ! そして、まだまだ伸びる予定だ!」


 ががーん! と効果音が付きそうなほど大袈裟に落ち込んだ僕は、背中をポンポンと宥めるように叩かれて地面から顔を上げた。


「ルキウスったら、最近身長のこと自慢してばっかりなの。あーあ、男っていつまでも子どもみたい。わたしはウェスくらいが好きだなぁ」

「マイラ! おれの方がウェスの身長を愛してる!」


 あははっと笑いながら、僕はこの賑やかさに癒やされていた。

 女の子ってこれくらいになるともう大人だ。十も離れているのに、ナチュラルに慰められてしまった……。ていうか、ルキウスはなに言ってるんだ。身長を愛されても嬉しくはない。

 僕らが院の玄関ホールでわいわいやっていると、奥の部屋からネーレ先生が出てきた。


「おお、ウェスタか。大きくなったの〜。どうだ、久しぶりに茶でも飲もう」

「先生、さすがにもう大きくはならないですよ……」


 ネーレ先生は真っ白な髪と長く伸ばした髭を持つおじいちゃんだ。発言がちょっとボケているけど、動作は老いを感じさせないほど機敏で、頭もすごくいい。僕がいた時代から孤児院の院長をしていて、僕のおじいちゃんであり、父親でもある。


 もっと喋りたい……とごねるマイラとルキウスに近くで買ってきていたお菓子を渡し、おやつの時間にみんなで食べようと約束した。

 僕が成人してしばらくは、寂しくなって頻繁にここへ足を運んでいた。そのときによく遊んであげていたというか遊んでもらっていたというか、とにかくふたりはよく僕にくっついて来ていたから、正直いまも可愛くて仕方がないのだ。


 いつもネーレ先生とお茶をする談話室に移動すると、先客がいることに気づいた。思わず入り口で立ち止まる。

 上品なワンピースを身に着けた女性は、僕と目が合うと驚いたような顔をした。その美貌に、僕もかなり驚いた。

 20歳くらいだろうか。平民には見かけない金色の髪に、アクアマリンのように透き通った水色の瞳。完璧に配置された顔の造形の中で、零れそうに大きな目が彼女の可愛らしさを引き立てていた。


 明らかに高貴な人物、そして彼女の護衛のような人達が壁際にピシッと立っていて、たじろぐ。

 しかしトン、と背中を押されて僕は一歩前に踏み出した。ネーレ先生は追加のお茶を自ら用意しながら、なんでもないことのように告げた。


「ちょうど来客中での〜。一緒にお茶しようじゃないか。なに、人数は多いほうが楽しいしなぁ」

「はじめまして。アステリアといいます。今日は見学で来たので、先生とお話させていただいていたの。あなたは?」

「あ、えーと。私はウェスタといいます。ここの出身で、今日は遊びに来ただけなんですけど……、お邪魔ですよね? すぐに帰りますんで」

「ウェスタって……あのウェスタ!?」


 こんなお姫様って感じの人とお茶するなんて、僕には無理だ! と早々に退出しようとしたのを、瞬時に立ち上がって腕を掴み引き留めたのはアステリアだった。……『あの』って、どの?

 ついでとばかりにネーレ先生が発した爆弾発言に、僕はピシッと凍りついた。


「気が合うと思ったんだが、やはりな! ウェスタ、その子はディルフィーの王女様じゃ」

「へ……?」


 ――はぁぁっ!!???


 大混乱のさなか、僕は意外に力の強いアステリアによって半強制的に座らされ、向かい側に王女様、隣にネーレ先生という配置で座ってお茶を飲むことになっていた。護衛たちの視線も刺さるように痛い。

 アステリアとネーレ先生はのほほんとお茶を飲み、なぜか僕の昔話に花を咲かせている。なぜだ。


 ふたりの会話を聞き流しつつ、僕はこっそりと正面に座る彼女を観察した。噂にはよく聞いていたが、アステリア王女は想像をはるかに上回るほど……愛らしい。

 王族らしい高貴な見目をしているものの、若いからか近寄りがたさはあまりなくて、くるくる変わる表情で周囲を明るい雰囲気にしてしまう。根の明るそうな様子から、可愛がられて育ったことが伺える。

 ディルフィーの国王が娘に甘いから彼女の滞在が成立したという噂も、真実なんだろうなぁ。


 そして、アステリアがセレスの……結婚相手(仮)…………。


 僕は途端に自信をなくした。最強のライバルといっても過言ではない。『あんな子に迫られたら誰だって落ちる』とポロスも言っていたし、もはや同じ舞台上にさえ立てていないだろう。

 セレスの執着を感じて、ちょっとだけ希望を持ちはじめていた心が地底にめり込むように沈んだ。

 ずずん、と落ち込み黙りこくっている僕に気づいたのか、アステリアが急に声をひそめた。


「先生。実はわたくし、ウェスタさんと内緒のお話をしたいと思っているんです」

「ほ〜ん……承知しましたぞ。奥の部屋から庭が見える。子どもたちが遊んでいるのを見てくるといい」

「ありがとうございます! ウェスタさん、ご一緒してくださらない?」


 やめて! 王女様と話すことなんてないんだけど! という心の叫びは権力の前にかき消されてしまった。あとネーレ先生が協力的すぎるのはなんでだ。

 談話室の奥には扉があって、院長室に繋がっている。僕とアステリアはその扉を抜けて、院長室にある大きな窓の前に立った。

 もちろん扉は開けたままだ。けれど大きな声を出さない限り、話している内容は聞こえないだろう。


 隣に立つと、アステリアは僕よりも頭半分小さかった。女の子、という感じだ。髪や肌も艶めいていて、丁寧に手入れされていることが見て取れる。

 気にしたって無駄だ……。そう思っても、彼女の全てが僕の劣等感を刺激した。


「アステリア、様。失礼を承知で聞きます。お話って……なんですか? 私には心当たりがなくて」

「そんなに畏まらなくていいわ。何って、もちろんカシューン魔法師長のことよ!」


 予感はしていたが、セレスの名前が出てきたことで背筋を冷や汗が伝った。

 そもそも、アステリアが僕のことを知っているとしたら繋がりはそこしかない。しかし、「どこから」「何を」聞いているのかが問題だ。


 彼女がセレスに恋しているとしたら、どう考えても僕は邪魔者だった。身を引くように、もしかしたら彼の前に姿を見せないように釘を刺されるかもしれない。王族なら僕の意思なんて関係なく、ありとあらゆる手段が取れるだろう。

 いったい次に何を言われるのか……僕が思わず身構えたときだった。


「いつ結婚するの? はぁーっ、ウェスタさんに会えるなんてほんとラッキー! それに可愛い。かわいいわ! 何度言ったって会わせてくれないんだもの。叶うなら、カシューン魔法師長と一緒にいるところを見せてほしいなぁ! あの堅物がどんな顔するのか……。いちゃいちゃしてるのを物陰から見つめたい。うふふ。ふたりの子ども、きっと可愛いんだろうなー……」

「……」


 え?? けっ……、え????

 情報量が多すぎて、全くついていけない。アステリアは一瞬にして高貴さを失って、ニヤァ、としか言いようがない表情を可憐な顔に浮かべながら、僕の腹あたりを見つめている。やめて。どんな妄想してるの。


「え、えーと……まずひとつだけいいですか。セレス……魔法師長と結婚するのは、あなたでは?」

「……」


 ががーん! と効果音が付きそうなほど大袈裟に顔を歪ませて、アステリアは固まった。彼女が護衛に背を向けていてよかった。表情だけで完全に事案だ。

 その後スンッとした顔に戻ったあと、僕に手のひらを向けてぶつぶつと独り言を言い出した。「あんの堅物……説明責任って言葉知らないの? ありえない。かわいそすぎる……」とか何とか聞こえた気がする。


 一旦僕も先ほど言われたことを反芻していた。あれって……信じられないけど、僕とセレスのことを言ってたのかな?

 十秒ほど経過してからコホン。とひとつ咳払いをして、アステリアは淑女の顔に戻った。僕も緊張しながら彼女の答えを待った。


「私から全てを伝えるのは間違っていると思うから、ひとつだけ。――私とカシューン魔法師長は結婚しません。最初は見た目が好みだったからいろいろと騒いでしまったけれど、いまはそんな気持ち、微塵もないから安心して!」

「……ほんとに?」


 あなたたちのこと、応援しているわ! と晴れやかな笑顔で言われた僕は、思わず本音が溢れてしまった。嬉しい気持ちも顔に出てしまったかもしれない。

 だって。セレスと彼女が結婚しないってことは、僕が今すぐ恋を諦めなくてもいいということ――

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