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第2話 甘んじて、二日酔い

「ウェスタぁあー! お待たせ!」


 仕事終わり、会う約束をしていたのは友人のポロスだ。夕暮れ時でも鮮やかな赤い髪を靡かせ、焦げ茶色の瞳をキラキラとさせて僕の方へ走ってくる。

 ポロスは僕のひとつ歳上で、同じ孤児院で育った。いまはひょろりと背が高いが、両親を事故で亡くし孤児院へ来たときは僕よりも小柄だったから、僕があれこれと世話を焼いたのがきっかけで仲良くなった。成長期にぐんぐん背が伸びて、あっという間に身長を抜かれてしまったのはいまも解せない。


「お疲れ……おわ! も〜〜でかいんだからやめろよ〜」


 ポロスは走ってきた勢いのまま、ガバッと僕に抱きついた。そのまま僕の頭に頬をスリスリと擦り付けてくる。一応形だけ窘めるが、いつものことなので慣れたもの。

 こいつは本当に僕のことが大好きだ。


 十代のころは何度も冗談のように告白されてそのたびに頭をはたいて断ってきたけど、「これ以上言ったら友だちを辞める」と宣言してからはさすがに懲りたみたいだ。

 ちょくちょく娼館に行っていると聞いているし仲のいい娼妓がいるようだから、本当は女が好きなのだと僕は思っている。僕とは成人するまでずっと一緒にいたから、友愛と恋愛感情がごっちゃになってしまったんだろう。


 アクロッポリでは同性愛も一般的で、結婚もできる。その点この国は進んでいるのかもしれない。

 隣国ディルフィーでは正式な婚姻まではできないみたいで、わざわざアクロッポリへ移り住んできたという人の話はよく聞く。


 けれど男同士や女同士では子どもができないから、貴族とか子孫を残す必要がある人たちは同性婚なんてもってのほか。まぁ政略結婚とか契約結婚とかして本命である同性の愛人を囲っている人もいるみたいで、自由恋愛できない人たちは大変だ。

 日陰の存在はつらいだろう。……みんなが好きな人と恋愛や結婚ができたら幸せなのに。


 ポロスと僕は場所を移動し、立ち飲みの酒場でエールとつまみを何品か注文した。ポロスは慣れているから、魔力の含まれる鶏肉やハーブを使った料理を積極的に選んでくれる。

 店の中は賑わっていて、顔を近づけないと相手の声が聞き取りづらいくらいだった。

 エールはすぐに運ばれてきて、僕らはまっさきに乾杯した。頭上にぶら下げられている魔導灯に照らされた黄金色が、いかにも美味しそうに見える。


「っは〜! うまい! ――ポロス、さいきん仕事忙しいんでしょ? 今日無理やり帰ってきたんじゃないの」

「ウェスタに会うことは最重要事項だからな! まー、忙しさは……やばい」


 ポロスは魔力もあるし、頭もいい。王宮の経理局で働いているが、王宮内にあるさまざまな局の思惑に振り回されてけっこう忙しい部署みたいだ。彼がお人好しだから、人一倍仕事を任せられてしまっている可能性もある。

 周囲をキョロキョロ見渡して知り合いがいないことを確認し、顔をずずいっと近づけてポロスは愚痴をこぼす。


「ふだん沈黙してる魔法研究局がさ、今週になって急に無理難題押し付けてきて……なんか研究とか魔導具の開発に予算を増やしてほしいって言うわけ。国を支える魔法使い様の集団に何か言えるはずもないしさー、駄目押しで王様の許可を得てるとか言われちゃって拒否できるわけもないし。でも今から予算の組み直し!? って思わず叫びそうになった……」


 よっぽど疲れているのか、ポロスは遠い目をしている。可哀想に。僕は料理を運んできた給仕の女性に追加のエールを注文しつつ、自分にとってタイムリーな人のいる局の話題に、内心ドキッとしていた。

 今日聞いた噂の内容にもやもやを抱えつつも、気になるものは気になる。噂話の好きな同僚がいると以前言っていたし、同じ王宮内なら信憑性のある話を聞いているかもしれないと考えて、さり気なくポロスに尋ねた。


「なぁ、今日ちらっと耳にしたんだけどさ、その、魔法研究局の人が結婚するとかなんとか……」

「あ! ウェスタも聞いたの? 偉大なる魔法使い様の噂となると、広まるの早いなー。まだ打診の段階だって話だけどね。ディルフィーの王女様、おれも見かけたけどめっっちゃくちゃ可愛くて! あんな子に迫られたら誰だって落ちるわ。まぁでも、どうなんだろ? カシューン魔法師長は相変わらず研究局に引きこもってるし、本当に結婚するとしたら意外かも……」

「ふ、ふーん……。カシューン魔法師長って、実際どんな人なの?」

「おれも直接話したことはないからよく知らないけど、わりと噂通りかな。魔力量がすごくて才能もあるから局長に据えられたけど、本人は魔法にしか興味ない研究馬鹿って感じ。すげー美形だから観賞用……て、まさかウェスタ、あんな感じの人がタイプなの?」

「え!? いや! まさか。違うよ」


 ポロスは疑わしげに目を細めて、じとっと僕の方を見つめてきたが、慌てて両手をブンブン振って否定した。綺麗なものを綺麗だと思っただけで、別にタイプなんかじゃない。

 さらに聞けば、カシューン魔法師長をよく知っている人ほど、結婚の噂には懐疑的らしい。ふむふむ……


 大いに飲んで食べて、僕たちは別の場所に移動した。

 先ほどとは打って変わって、酒だけを提供するその店は静かだ。ひとりの客も多いし、会話をしている客も声は抑えめだった。


 ポロスと並んでカウンター席に座った僕は、そわそわと落ち着かない気持ちになっていた。なぜなら十日前、あの魔法使いと出会ったのはこの酒場だったからだ。

 こっそり周囲を見渡したけどそれっぽい人影はない。それもそうか。僕はここへよく来るけどあの人に会ったのはあれが初めてだったから、ほんとうに偶然だったんだろう。


「ウェスタは最近どうなの? 男関係」

「う……うーん。いつも通りかなー。適当に引っかけて遊んでるよ、ほら。僕ってモテちゃうし?」

「可愛いのは知ってるって。でも、ちゃんと好きになってくれる人と付き合えばいいのに。本当は愛してくれる人と家族になりたいんでしょ?」

「そんな昔の話……。それに、無理だよ。魔力ないってわかったらみんな離れていくんだから」

「みんなじゃないだろ。俺だっているし」


 孤児院にいたとき、僕たちは夜な夜なこっそりと夢を語り合った。

 生まれてすぐ親に捨てられた僕が『愛』を夢見るのは、当然のことだろう。確かにそれは、孤児院の先生やポロスのような仲間たちが与えてくれたものでもある。

 そしていつか、自分も恋をして愛する家族ができることを夢見ていた。


 しかしそれも成人して孤児院の外に出てからは、叶わない夢だったことにすぐ気づいた。

 魔力がないことを打ち明けると、みんな離れていってしまう。ひどいときには騙されたと罵倒されることもあった。

 淡い恋心は何度も打ち砕かれて、もう自分をさらけ出して愛を求めることは諦めたのだ。


 ちなみにポロスの夢は『王宮で働くひとになる』こと。亡くなった親がかつて王宮勤めだったらしく、もうとっくに叶えているのだからすごい。

 いつもふわふわの赤髪も今日は疲れでヘタっているが、ポロスががむしゃらに頑張っている証拠だ。


 僕らが最近結婚した友人たちの話題に移ったときだった。

 カラン、と入り口のベルが鳴り、なぜか吸い寄せられるように目を向けてしまった。

 そこにいたのは――


(うわーーー!!)


 真っ黒なフードつきのローブ。あのシルエット。誰も気づいていないが、僕にはあのローブの下の顔がわかる。なんなら身体つきだってわかる。

 ――間違いなく、カシューン魔法師長だった。


 一瞬しか目を向けていないから、気づかれてはいないと思う。背中に刺さる視線は気のせいだ、絶対。

 僕は慌てて立ち上がってポロスに謝った。


「ごめん、用事があるんだった。帰らなきゃ!」

「え、いまから?」


 ぽかんとするポロスにお金を渡し、足早に店をでる。ローブを着た人物とすれ違うときは決して目を合わせないよう、足元を見つめていた。

 ふわっとグリーン系の石鹸のような香りが鼻先を掠める。それだけで、抱かれたときの記憶が一瞬にして蘇ったけど、頭を振ってかき消す。

 僕はなにも見ていないし思い出していない。うん。


 店を出たところで深く息をついていると、追いかけるようにして誰かが出てきた。

 ビクゥ! っと背中を揺らしてしまったが、振り返ればポロスだった。


「どうしたんだよ、ウェスタ。……さっきの人、知り合いだった?」

「あぁ、うん。ほんとごめん。ちょっと今は顔を合わせたくなくて」

「まさか……」


 ポロスはドアを透視するかのように睨みつけていたものの、戻って相手が誰なのか確認されても困る。僕はポロスの腕を引き、自分の家に誘った。


「ね、久しぶりにうちで飲み直そうよ。明日休みなんだろ? 泊まってっていいからさ」

「え! いいの!? ウェスタの家なんてめっちゃ久しぶりー……よし、朝まで語らおうじゃないか。寝かせないからな!」


 案の定ポロスは餌に食いついてくれた。それと引き換えに、次の日僕が二日酔いになったのは言うまでもない。

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