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第34話 臭いは隠しきれない

 アレンは気を取り直して表情を真剣なものへと変えた。アレンは中々帰ってこないレオナルドのことを本気で心配していたのだ。レオナルドのことは信じているが、何か緊急きんきゅう事態が起きているのではないかと気が気でなかった。それでも、フォルステッドはもちろん、ジークにも報告しないでレオナルドのことをずっと待っていた。それは公爵家への背信はいしん行為こういに当たるのかもしれない。けれど、あの場で、レオナルドが自分にだけあんな話をして出かけたということは、誰にも知られたくないのだろうと思ったからアレンはただ待ち続けたのだ。

「……レオナルド様、お変わりございませんか?」

 言いながら注意深くレオナルドを見つめる。

『もし……、もしも戻ってきた俺が今までの俺じゃなかったら……、アレンから見てそう判断できるようだったら……、俺を殺してくれ』

 他でもない、レオナルドにそう言われたからこそ、アレンは確認しなければならない。一点、明らかに別れる前のレオナルドと違うところがあるから余計にだ。


「ん?ああ、大丈夫。ほら、この通り。今までの俺と変わりないよ」

 別れる前に自分で言った言葉を気にしてくれてのことだとすぐに思いいたったレオナルドは苦笑を浮かべて答えた。

 だが、どうしてかアレンはレオナルドの答えを聞いてもいぶかしむような視線を向けたままだった。

「……では、失礼ながら率直そっちょくにお聞きします。レオナルド様、そのにおいはいったい何ですか?別れる前にはなかったと記憶しているのですが」

「へ?臭い?………って、まさか俺くさい!?」

 アレンは突然何を言い出すんだ、と思ったレオナルドだが、臭いという言葉から水路の臭いだということに結びつき、自分があの場所と同じ臭いをただよわせているという事実にようやくたどり着いた。鼻は馬鹿ばかになってしまったままで、自分ではまったく気づかなかったのだ。

「正直に申し上げるなら……、形容しがたい強烈な臭いが染みついていらっしゃるかと……」

 アレンが言いづらそうに伝える。

『あなたが臭かったから人間達が見てきたんですね』

 そこに精霊が追い打ちをかけた。

「マジか……」

(そりゃじろじろ見てくるよなぁ……)

 道中人々が嫌な視線を向けてきていたのも、レオナルドから漂う異臭のせいだったとわかり、レオナルドは落ち込むと同時に申し訳なく思った。あの臭いを自分は街中にまき散らしていたのか……。

「レオナルド様は本当にどちらに行かれていたのですか?」

「あ~、いや、ちょっとね、地下水路を探検しに……」

 そんな臭いをさせていたら、言い訳のしようもない、とレオナルドは地下水路に行っていたことを正直に答える。

「なぜそのような場所へ……?」

 地下水路など貴族が行くような場所ではない。なぜ行先も告げず、同行も許さず、一人でそんなところに行ったのか、アレンの頭の中は疑問でいっぱいだった。

「ちょっと興味きょうみがあってさ。ははは……」

 レオナルドは本当のことを言う訳にもいかず、笑って誤魔化ごまかすことしかできなかった。

「そうですか……。わかりました。何はともあれ、ご無事に戻ってきてくださってよかったです」

 全然答えにはなっていないと思ったが、レオナルドがいつものレオナルドだと確信できたアレンはようやく心から安堵あんどすることができた。


 それからレオナルドは、誰にも会わないようにそそくさとお風呂に向かい、入念に体を洗った。

 セレナリーゼにまで臭いと思われたらショックが大きすぎる。

 一心いっしん不乱ふらんに体を洗っているレオナルドに対し、精霊は無言をつらぬいていた。


 全身をくまなく三回も洗ったからだろうか、その後、レオナルド自身が臭いと言われることはなかった。

 だが、レオナルドは失念していた。自分が通ればそこに臭いが残ってしまうということを。屋敷内のお風呂への通り道には異臭が漂い、結果、レオナルドが原因だということが皆にバレてしまったのだ。

『……先ほどあなたが話していた人間に臭いを指摘されたのですから、気づくべきでしょうに』

 やれやれとでも言いたげな精霊の言葉に、レオナルドはぐうの音も出なかったが、気づいていたならもっと早く言ってほしかった。


 家族皆の前で、フォルステッドに何をしていたのかとい詰められたレオナルドは地下水路に行ったことを白状するしかなく、けれど、どうしてそんなところに行ったのかは、探検したくて……としか言えず、大いにしかられることとなった。しゅんとするレオナルドだったが、この時ばかりはフェーリスやセレナリーゼも困った顔をしているだけで、レオナルドへの援護はなかった。


 また、レオナルドの行動を許したアレンの責任も重い、と処罰しょばつされそうになったが、そこはレオナルドが必死に弁明した。自分がアレンに頼み込んだのであって、アレンは悪くないのだ、と。公爵家につかえる騎士が、自分の頼みを無下むげにできないのは仕方がない、自分はそれを見して頼んだのだ、と。

 当然レオナルドはフォルステッドからさらに叱られることになったが、弁明がこうそうしたのか、アレンが処罰されることは回避できた。が、アレンはアレンで別途ジークから叱責しっせきされることになった。


 こうして精霊を宿やどすという目標を達成し、最後はフォルステッドから散々叱られたレオナルドの長い一日が終わり、自分の部屋に戻ると、充実感と精神的、肉体的疲労から精霊と話をする余裕もなく、レオナルドはすぐにベッドに入り眠りにくのだった。


 ちなみに、翌朝、洗濯担当のメイドが、レオナルドが着ていた服を洗う際、思いがけず鼻を突いた臭気に吐き気をもよおすことになってしまったため、レオナルドは彼女にも謝罪すべきかもしれない。


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