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第7話 勉強の時間

 ダイニングを出たレオナルドはスキップをしながら自室じしつへともどった。

 少なくともこの一年は一度も見なかったそのかれた様子に、すれ違った使用人達が目を見開いているが、レオナルドは気にしない。

 自室に到着とうちゃくし、扉を閉めると、

「よっしゃー!やった!これで一歩前進だ!」

 天に向かって両手でガッツポーズをしながらレオナルドは歓喜かんきした。


 これでレオナルドの人生はゲームとは大幅おおはばに変わってくるはずだ。

 この世界がどのルートに進むのかそれはまだ未知数みちすうだが、レオナルドが次期当主のままでいるより自分の死亡は少なからず遠ざかった、はずだ。

 まだまだ安心はできないが、確かな一歩がレオナルドはうれしかった。記憶きおくを取り戻した初日にしては上々じょうじょうのスタートだろう。これからについてもやる気が出るというものだ。レオナルドはポジティブな気持ちで勉強や剣術など今後のことに思いをせる。


(さぁ、セレナと一緒に勉強するぞー!)

 そして勉強の時間になったレオナルドはかろやかな足取あしどりで勉強部屋へと向かうのだった。


 この世界では平民へいみんであろうと貴族であろうと十歳という年齢が一つの節目ふしめとなっている。仕事でも学業がくぎょうでも年度で動いているため、レオナルドとセレナリーゼにとっては、去年の四月からということだ。


 まず大きな違いが、平民の場合、その年から見習みならいなどで働きに出ることが多い。そして貴族の場合は、将来のための勉強が各家で本格的ほんかくてきおこなわれ始める。

 学問はもちろん、礼儀作法れいぎさほう、ダンスなどその勉強は多岐たきにわたる。

 学園に入るまでにある程度のことを身につけるのが目的だが、その前に社交しゃこうの場へのデビューがあるため、礼儀作法やダンスはもっと前から学び始めている者も多い。


 レオナルドとセレナリーゼも基礎きそ的な文字や算術さんじゅつ、歴史、礼儀作法やダンスなどもっとおさない頃から少しずつ習っていたが、本格的に習い始めたのは一年程前からだ。

 そうやって幼い頃から二人はいつも一緒だった。一緒にはげんできた。だが、レオナルドは自身に魔力がないとわかって以降自分のことだけでいっぱいいっぱいになってしまい、セレナリーゼを全く気にけなくなった。


 そしてもう一つ、大きな出来事できごとがある。それが魔力測定そくていだ。

 ムージェスト王国では魔力量の大小が一つのステータスとなっている。特に貴族の中では時に家柄いえがらしのぐほど重要なものだ。

 なぜならムージェスト王国は隣国りんごくとの緊張きんちょう状態が長年ながねん続いており、王家の方針ほうしんで、魔力量が多い者を優遇ゆうぐうしてきた経緯けいいがあるからだ。魔力量が多い者はそれだけ強力な魔法を使えるようになる。


 その者の魔力量は各地かくちにある教会で行われる魔力測定のでわかる。王侯おうこう貴族の子供は十歳になったらこれを受けるのが慣例かんれいとなっており、教会にある水晶すいしょうのような球体きゅうたいれ、その光の強さによって魔力量がわかる、というものだ。なぜ十歳かというと体内の魔力が安定するかららしい。


 ちなみに、魔法をあやつれる者は、魔法を使えるようになるとその魔法名と効果こうかがなんとなくわかる、らしい。これについては、ゲームだからそこまで具体的な設定はないのだろう、と前世の記憶を取り戻したレオナルドは特に気にしていない。自分で経験できないのだから仕方がないだろう。


 約一年前。当然レオナルドは十歳になってすぐ王都にある教会で魔力測定を行った。結果、レオナルドには魔力がなかった。球体がまったく光らなかったのだ。魔力が全くない人間というのは平民でもかなりめずらしい。ゲームでも学園内に魔力のない人間はレオナルドただ一人だった。


 この世界では魔力は遺伝いでんするものと考えられており、基本きほん的に、平民よりも貴族の方が大きな魔力を保有ほゆうしている。ただ、そんな中、平民でも大きな魔力を保有する者が生まれることがある。そういった者は神の祝福しゅくふくを受けし者、ギフテッドと言われている。だが、そもそも平民は魔力量なんかに興味きょうみがない者がほとんどで、わざわざ魔力測定をする人数自体が極端きょくたんに少ない。


 つまるところ、レオナルドは魔力量という貴族にとって重要なステータスにおいて、他の追随ついずいゆるさないほどの落ちこぼれということだ。

 随分ずいぶんとこのことを気にしていたフォルステッドとフェーリスは、必死にレオナルドをなぐさめていた。けれどレオナルドは深く深く傷つき、それが大きなコンプレックスとなった。


 以来いらい、レオナルドは自分が次期当主に相応ふさわしくあれるようにと、我武者羅がむしゃらに…、いや何かにりつかれたように勉学と剣術の鍛錬に心血しんけつそそいできた。今の自分の気持ちなんて誰にもわからないと自分の世界にじこもるように、誰にも打ち明けられない思いをかかえて、孤独こどくに。

 そうしたレオナルドの態度から、両親を始め、屋敷やしきの使用人達にも徐々じょじょれ物あつかいされるようになっていったのだ。

 そうしてレオナルドは今日という日をむかえたのだった。



 そんな訳で、現在二人は机を並べて、家庭教師の授業を聞いている。

 ただ、今は算術さんじゅつの時間で、セレナリーゼは真剣しんけんな表情だが、正直しょうじき今のレオナルドにとっては退屈たいくつな時間だった。前世で言うところの小学生の算数レベルだからだ。こういう内容ではなく、もっとこの世界のことについてレオナルドは知りたいのだがこればかりは言っても仕方がない。

 授業を終えた家庭教師は今日の仕上しあげにと練習問題を二人にくばる。

 レオナルドはすぐに終わってしまい、視線を横に向けると、となりではセレナリーゼがなやましげな表情を浮かべて問題をいていた。

 前世の記憶があるレオナルドにとっては簡単かんたんでも彼女にとっては難しいのだろうか?中々なかなか手が進んでいない。

「セレナ、どこかわからないところがある?」

「えっ?」

 レオナルドから話しかけてきたことが意外いがいだったのか、セレナリーゼは肩をビクッとさせると目を大きくしてまじまじとレオナルドを見た。

 そんなセレナリーゼの様子に苦笑くしょうしてしまう。妹ではなく一人の女の子なのだと知ってしまった最近は特に、魔力量でのコンプレックスもあり彼女にどうせっしたらいいかわからなくてけていたことを自覚じかくしているから。

 本来のレオナルドはそのまま少しずつ彼女とすれ違っていき、ゲーム開始時点を迎えたのだろう。最初から二人の間には他人にひとしいほどの距離きょりがあった。

「いや、セレナ手がまってるみたいだったから」

 セレナリーゼはずかしそうに顔を赤らめる。

「はい。この問題がわからなくて……」

 そう言ってセレナリーゼが示したのは、二桁ふたけた同士のけ算だった。今日の授業内容を考えるとここは復習問題だろう。

 ゲームでのセレナリーゼは何でもそつなくこなす、まさに才色兼備さいしょくけんび令嬢れいじょうといった感じだったので、少し意外だ。今はまだ勉強はそこまで得意ではないらしい。今までのレオナルドは自分のからじこもるばかりでそんなことにも気づいていなかったようだ。新しい発見ができてよかったと思う。


 こうして気づけるのも前世の記憶を思い出したことで自分へのコンプレックスがうすらいだことが大きい。事実は事実としてそこにあるだけなのだから、それを気にしすぎても意味がない。そうり切れるようになった。というか今は、死の運命を回避するという大きな目標の前にそんなことでくよくよと悩んでなんていられないという思いが強い。


「ああ、その問題なら―――」

 レオナルドは問題の解き方を丁寧ていねいに教えるのだった。


 家庭教師はレオナルドがセレナリーゼに教えているのを初めて見ておどろいていた。これまでレオナルドは自分のことに精一杯せいいっぱいで他は目に入っていないようだったから。家庭教師は微笑ほほえましいものを見るようにして兄妹の会話を見守っていた。教え合いも大事というスタンスなのかもしれない。


 二人が練習問題を解き終えたところで今日の算術の授業は終わった。


 それから昼食をはさんで、昼過ぎまで授業を受けた後、レオナルドは剣術の鍛錬を行うことになっている。

 ただ、最後の授業が終わった後、

「あの、レオ兄さま」

 めずらしくセレナリーゼからレオナルドに話しかけてきた。

「なに?セレナ」

 それがちょっぴりうれしいレオナルド。自然とみが浮かぶ。

「その、よければ兄さまの鍛錬を見学してもいいですか?」

「いいけど……きっと見ててもつまらないよ?」

「いえ、見てみたいんです!ダメ、ですか?」

 セレナリーゼは少し緊張きんちょうしているのか、肩に力が入っている。

(……その上目遣うわめづかいは反則はんそくだセレナ。ことわれる訳がない)

「わかった。じゃあ今日はいつも以上に気合きあいを入れなきゃだね。そんなことセレナが言ってくれたの初めてだし」

「っ、ありがとうございます!」

 セレナリーゼはぱっと笑顔になるのだった。

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