神聖歴九九六年三月下旬。
輝くような金髪、サファイアのような青い瞳をした一人の少年が上空から広大な森を見下ろしていた。
「ステラ。この辺りにいるのか?」
自分以外周囲には他に誰もいないのに問いかける少年、レオナルド。
が、そこに抑揚のない声で返事があった。声質は女性のものだろうか。
『ええ、そうですよ』
ただし、このステラと呼ばれた者の返事はレオナルドの内側から発せられており、彼以外には聞こえない声だ。
「わかった」
この辺りは魔力濃度が高すぎてレオナルドにはさっぱり判別がつかないが、ステラにはしっかりとわかるらしい。相変わらずすごい探知能力だ。
レオナルドは一度頷くと森の中へと急降下していき、着地した。
いつでも戦闘が可能なように、腰にある漆黒の鞘に左手を、同じく漆黒の柄に右手を添えて注意深く歩き始める。
するとレオナルドの内側から声がした。
『近くに反応がありますね。これは……人間でしょうか』
「なに?冒険者か?」
人目に触れたくないレオナルドはステラの言葉に反応する。
『おそらく。殺しに行きますか?』
「行かねえよ!?いい加減その人間への殺意何とかなんないのか?」
『条件反射ですので無理ですね。レオこそもっと人間に殺意を抱くべきでは?』
「はぁ……。んで?鉢合わせしそうなのか?なら変装しなきゃだけど……」
レオナルドはステラの言葉をスルーする。
『少し飛べば接敵できますね』
ステラもスルーされたことについては触れない。
「接敵って言うな!ってか、それ全然近くねえじゃねえか!?」
『ふぅ……。人間の距離感はわかりませんね』
やれやれと首を横に振っているのが幻視できそうな言い様だ。
「……もういいよ。目視できる距離に人間がいるようなら教えてくれ」
気の置けないやり取り、と言っていいのだろうか。中々いい?コンビネーションのようだ。
『わかりました。…レオ、目当ての魔物が来ます!』
雰囲気を真剣なものにしてステラが警告する。
すぐさまレオナルドは構えを取った。
ステラの言葉通り、すぐにレオナルドの目の前にその魔物は現れた。赤黒い毛と同色に光る瞳をした鋭い爪と牙を持つ大形の熊。ブラッディベア。熟練冒険者が相手にするような魔物だ。
そんな魔物に対しまだ十一歳の少年であるレオナルドは一人で戦おうとしている。
ただ、レオナルドの表情に気後れは見られない。研ぎ澄まされた目で赤黒い魔力を纏ったブラッディベアを見つめる。
「グルアアアァァァッッッ!!!!」
ブラッディベアはレオナルドを視界に収めると、すぐに大きな唸り声を上げながらその巨体に似合わない速さでレオナルドへと襲い掛かる。
(やっぱり理性はない、か……)
レオナルドがそう判断した瞬間、全身が真っ白な光に包まれた。
かと思えば、一瞬でブラッディベアに肉薄し鞘から剣―――いや、刀を抜いた。
ブラッディベアの首が胴体から完全に切り離され、絶命している。切られた本人すらもしかしたら気づいていないかもしれない、という程の速さだった。
あまりに短い時間だったため、定かではないが、ここに誰かがいれば、光に包まれている間、レオナルド自身の髪色や鞘も含めた刀全体が白色に変化していたように見えただろう。
戦闘を終えた今は金髪、そして刃まで漆黒の黒刀、黒鞘に戻っている。レオナルドは一息吐くと、刀についた血を払い、鞘に納めた。
「どうよ?ステラと契約して半年くらいか?俺も大分強くなっただろ?」
言いながら、ナイフを取り出したレオナルドはブラッディベアの体内にある魔核、牙や爪といった部位を回収していく。
『半年ではありません。レオと契約したのはあなた達の表現で言うと百九十二日前です』
「そうかよ……」
ステラの細かさにうんざりとした声が出る。
『それと今のレオは本来持っていた力を使っているだけに過ぎません。まあこの程度の相手ならそれで充分ですが。レオはまだ全然私の力を使えていません。精霊術は外部への事象改変が真骨頂です。私と契約した意味は全くありませんね』
「……そっか」
だが、ステラが続けた言葉に照れくさくなる。自分の力、そんな風に言われるのはこそばゆい。
『褒めてませんよ?』
「わかってるよ。でも、空を飛べるようになったし、結構色々できるようにはなってきてるだろ?」
『まだまだですけどね。使いこなせればもっと強力なものですから』
「ああ。そうだな。俺はもっと強くなれる。強くならなきゃいけないんだ」
自分の拳を見つめながらレオナルドは決意を瞳に宿して言った。
『死亡フラグ回避のため、でしたか?』
「そうだ。俺は死にたくないからな。それに今はそれだけじゃない」
『……レオは甘いですね』
その口調は少しだけ優しいものだった。
「うっせ」
レオナルドはこの話はもう終わりと話題を切り替える。
「さて、もう少し今くらいの魔物を倒したいな。索敵頼めるか?」
『構いませんが、あれくらいの相手では鍛錬にはなりませんよ?』
「わかってる。けど割がいいんだよ」
『お金のため、ということですか……』
ステラの言葉は、顔が見れたら呆れたような視線をレオナルドに向けているのが容易に想像できる口調だった。
「残念な奴だと思ってるな?人間の世界では金はいくらあってもいいものなんだよ。特にこれからのことを考えたらな」
『レオの言うゲームのシナリオ、ですか?』
「ああ。まだゲーム開始は先だけど、回想シーンってのがあるからな。いくつかイベントが起きるはずなんだ」
『なるほど……。ただゲームで起きなかったことも起きているのでしょう?あまりその知識を当てにするのはどうかと思いますが』
「ぐっ……わかってるよ」
『まあいいですけどね。魔物を殺せるのは私としても気分がいいですし』
「よろしく頼む」
回収を終えたレオナルドは、その後もステラに索敵を任せ、魔物を倒していく。レオナルドが森にやって来てかなりの時間が経過していた。
「そろそろ戻るか」
『そうですね。あまり帰りが遅いとまた怪しまれます』
「だな。それじゃあステラ、頼む」
『はいはい』
ステラのおざなりな返事とともにレオナルドの全身が淡く光り、すぐに収まる。
するとレオナルドの綺麗な金髪が黒髪に変化していた。髪を染めるという考えがないこの世界では、これだけでレオナルド本人とはわからなくなるのだ。
「よし、じゃあ行こうか」
来た時のように空へと浮かび上がったレオナルドは回収した魔核と売れる魔物の部位を持って王都へと戻っていった。
回収した物は冒険者ギルドで売るのだ。この稼ぎはすべてレオナルドが個人で自由に使えるお金になる。今後のために今は貯められるだけ貯めているところだ。
レオナルドは飛行して王都に向かいながらこれまでのこと、そしてこれからのことに思いを馳せていた。