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行き遅れ王子の結婚 ~辺境暮らしの狼獣人に嫁いだら植物研究の知識を活かせました~
みずしま
BLファンタジーBL
2024年12月11日
公開日
18,576文字
連載中
趣味の植物研究に勤しんだ結果、うっかり婚期を逃してしまった美貌の王太子リア・シュヴァリエ。辺境の山岳地帯で暮らす狼獣人、イヴァノフ・モルガンの元に嫁ぐ決意をするが……。

後ろ向きな年下獣人×おっとりポジティブな元王子。スローライフもふもふファンタジーです。

第1話 美貌の王子、婚期を逃す

「なかなか良いお相手は、いらっしゃいませんねぇ」


 世話係のメラニーが、テーブルの上に積まれた書類に目を通しながらため息を吐く。


 テーブルの上にあるのは、コスティール王国の王太子である僕、リア・シュヴァリエの元に届いた身上書の数々だった。


「そんなはずないでしょ」


 座り心地の良いふかふかの椅子に身を沈めながら、僕は彼女に視線をやった。小柄でグレイヘアのメラニー。彼女は僕の乳母でもある。


「だってさ、今まで数えきれないほど求婚されてきたんだよ」


「ええ、もちろん存じております。老若男女問わず、国内外の貴族たちはこぞって、リア様に夢中でしたから。リア様の美貌に狂って……いえ、目を奪われた方々は多くいらっしゃいました」


「そういえば、父上と一緒に外遊へ行くと色んな殿方に声を掛けられて、あの頃は大変だったなぁ」


 メラニーの淹れてくれた紅茶をすすりながら、うんうんと得意気になる。


 老若男女はもちろんだけど、特に男性から好意を示されることが多かった気がする。華奢な体つきのせいで女性と勘違いされたのかもしれない。


 誰が求婚してくれたのか、そのときは興味がなくて正直よく覚えてない。けれど、一人や二人ではなかったと記憶している。


 絹のような金の髪や、深い森の色をしたグリーンの瞳を褒めらた。目が合うだけで、頬を染める人間は数多くいた。


「しかしリア様! 全ては遠い昔の話でございますよ!!」


 身上書を持ったまま、メラニーは語気を強める。


「リア様にご執心だった皆様は全員、ご結婚されていらっしゃいます。お子様もお生まれになり、先代から王位を継承し、ご立派に王族としての責務を全うしておられますよ!」


「……悪かったね、僕だけ今も王太子のままで」


 美しい細工が施された銀色のティーカップをソーサーに置き、僕は膝を抱えた。


「リア様は今年、25歳になられます」


「そうだね」


「この国の平均初婚年齢は16歳ですから、かなり適齢期を過ぎておられます」


「……う、うん」


「難しいですね」


「な、なにが……?」


「無礼を承知で申し上げますと、一般的に適齢期を過ぎると結婚するのは難しいのです。それが我が国の婚活の現実なのです」


「こ、こんかつ……? それ、なに……?」


 はぁ、とメラニーがため息を吐く。


「結婚相手を見つけるための主体的な活動のことです。ここ4、5年で頻繁に使われるようになった単語で、おそらく知らないのはリア様くらいではないかと」


「そ、そうなんだ……」


 僕は少し世間離れしている。王族だからということではない。長年に渡る引きこもり生活のせいだ。植物観察の趣味が高じて研究をしていたのだけど、没頭し過ぎてほとんど部屋から出なかった。


 でも、良いこともあった。研究の成果が出て病気に弱い品種を改良することに成功したのだ。おかげで農業の生産性があがり、国は豊かになった。


「草の研究なんて、研究者に任せておけば良かったんですよ! 草に夢中になっている間に、すっかり婚期を逃してしまって……!」


 メラニーが肩を落としている。ちなみに、研究していたのは草ではなく、穀物の苗なのだが……。


「で、でもさ、身上書は届いてるんでしょう?」


 メラニーを横目でちらりと見る。


「どれもこれも、リア様を第二夫人に、とのことです。コスティール王国の王太子を第二夫人にしようとするなんて許せませんっ!!」


 忌々しげにメラニーが呟く。彼女がテーブルに投げつけた身上書が、勢い余ってリアの元に滑り落ちてきた。


「支度金を準備、そちらの言い値でかまわぬ……?」


 ふいに目に留まった文章を読み上げると、ますますメラニーが怒った。


「リア様への侮辱ですっ!!」


 確かに、そうかもしれない。第二夫人に権限は与えられない。ほとんど愛人扱いのようなものだ。


「ここにある身上書の九割九分九厘が、リア様の儚げな美貌と……肉体が目当てのものです……」


 肉体、と口にしたとき、メラニーの表情が翳った。僕は傷ついた素振りを見せず「そっかぁ」と明るく返した。


 僕は男として生まれたが、子を宿せる体だ。


 男性妊娠は、この国を含めて近隣諸国では疾患とされる。とてもめずらしいもので、身体的にも特徴が現れる。


 その特徴を好む人間もいるらしい。もちろん、性的な意味で。


 王宮が所有する書物にその記載を見つけたとき、自分の体がとても卑猥で、同時に醜いものに思えた。


 暗くなる気持ちに無理矢理ふたをして、僕はメアリーに向き直る。


「九割九分九厘ってことは、ゼロじゃないんだよね?」


「……おひとりだけ、いらっしゃいますけどね。第一夫人として迎え入れたいという方が」


 しぶしぶといった表情で、メアリーが僕に身上書を渡してくる。


「どれどれ……」


 僕はじっくりと目を通した。


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       身上書


イヴァノフ・モルガン


本籍地:コスティール、モルガン領

現住所:コスティール、モルガン領(山岳地帯)


R5年4月17日生


趣味:木の実採集

特技:料理

身長:213センチ

体重:104キロ

既往症:なし。ただし換毛期あり、年2回。

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「イヴァノフ・モルガンって、良い名前だね。あ、本籍がコスティールになってる。国内の人かぁ」


「北の領地を治めるモルガン家のご子息ですね」


 そういえば、モルガンの名前は聞いたことがある。北の領地は広大で山々に囲まれ、冬は厳しい寒さだと聞く。


「えっと……今は、山岳地帯で暮らしてるみたいだね」


「かなり辺境の地ですね」


「R2年4月17日生……?」


 目を凝らして、何度も見る。どう見てもRだ。Rはリゼッタ。リゼッタ2年ということは。


「このひと僕より四つも年下だよ」


 僕はS43年9月2日生まれだ。Sはサロメ。


「サロメ生まれって、リゼッタ生まれのひとからしたら年寄りじゃない?」


「年齢差なんて些細なことです。その先に、大事なことが書かれてありますから」


 早く続きを読むよう、メアリーが促す。


「趣味が木の実採集……? 僕は植物が好きだから、気が合いそうだよ」


 貴族にはめずらしい趣味だ。好感度が上がる。


「メラニー、このひと特技が料理だって! すごいねぇ、貴族なのに自分で料理するなんて。僕なんて一度もやったことないよ」


 どんなひとなんだろう。あ、もしかしたら、料理をしたことがない僕は相手からするとマイナス査定かもしれない。僕は真面目に「こんかつ」をするつもりだから、料理の練習もしておこう。


 そんなことを考えながら読み進めていくと、身長の欄に目が留まった。


「身長が213センチ……?」


 書き間違いではないだろうか。思わず顔を上げてメアリーを見る。


「体重は104キロだそうですよ」


 どうやら間違いではないらしい。


「重すぎない?」


 いや、でも身長から考えると標準体重かもしれない。むしろスマート体型? 身長が高すぎて自分と比較できない。僕の身長は172センチほど(少々サバ読み、実は170センチ)だし、体重は55キロくらい(嘘、本当は48キロ)だ。


「……あのさ、メアリー。既往症はないって書いてあるんだけど。この換毛期ってなんだろう?」


「このイヴァノフ・モルガンとおっしゃる方は、狼獣人でいらっしゃいます」


「獣人さんか! それで換毛期! なるほどねぇ」


 それなら身長と体重も納得がいく。換毛期と書いてあるけど、体毛は何色だろう。野生の狼と同じ色をしているのだろうか。想像を膨らませていると、メアリーがずいっと目の前に来た。


「リア様、相手は獣人ですよ獣人。まさか、お会いになるなんておっしゃらないですよね?」


 メアリーが焦ったように言い募る。


「え? 僕はぜんぜん良いと思ってるんだけど。そもそも、他に第一夫人としてもらってくれる相手もいなさそうだし」


「獣人は野蛮だという噂もあります」


「ただの噂じゃない?」


 もしかしたら、実際に野蛮な獣人はいるのかもしれない。でも、獣人というだけで一括りにするのは違う気がする。


「山岳地帯で暮らしていることも気になります。人間に危害を加えたせいで、辺境の地に追いやられたのではと……」


 メアリーが両手でスカートの裾をぎゅっと握る。僕を心配して言ってくれていることは分かる。


「直接、聞いてみればいいんだよ。あ、そうだ。初めて彼と顔を合わせる場には、メアリーも出席してくれない?」


 朗らかに僕が言うと、彼女は「とんでもございません!」と首を振った。


「そのような場に、世話係である私が出ていけるはずがありません」


「いいじゃない。世話係といっても、メアリーは僕にとって母親のようなものだし」


 僕の母親は、僕を産んでまもなく亡くなった。元々体の弱いひとだったらしい。


「リア様……」


 メアリーが涙ぐむ。


「このままずっと、王宮で暮らすことはできないのですか……?」


「……それは、できないんだよ」


 僕はメアリーの小さな肩をさすった。彼女の泣き顔を見ると、心臓が絞られるように痛んだ。


 この疾患のせいで、僕は妃を迎え入れることはできない。


 王室の決まり事でもある。どんなに遅くとも25歳までに、王位継承権を放棄しなければならない。そして、適当な相手に嫁ぐのだ。


 自分の運命を知ったときから、何かひとつ、たったひとつでも良いから痕跡を残したかった。この場所に、自分という非力な人間がいたこと。


 窓の外を見ると、黄金色に輝く穂が見えた。


 僕が品種改良したものだ。もとは脆弱な種だった。なかなか育たず、毎年ほんのわずかに実をつけるだけだった。


 でも、今は大きく実って垂れている。


 コスティールの国土のあらゆる場所に根を張っている。風に揺れて、夕陽にきらめく黄金の穂が靡いている。


「素晴らしい景色だ……」


 自分でも驚くほど、穏やかな声が漏れた。


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