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傘を持たないぼくたちは
傘を持たないぼくたちは
みずしま
BL現代BL
2024年12月11日
公開日
3万字
完結済
いきなり後輩のイケメン男子、水村遊馬(みずむらあすま)に告白され、泣かれてしまった僕、有澄七穂(ありすみななほ)。
断りきれずに、彼との「友だち」関係を開始する。
他のひとには余裕の態度なのに、僕の前でだけオタオタする後輩は、すごく可愛い!
でも、僕にはひとを好きになれない理由があって……。

めそめそイケメン×小悪魔美人の、ちょっと切ない青春BLストーリー。 

第1話 爽やかイケメンに泣きながら告白されました

有澄ありすみさん」


 低い声に呼び止められた。昼休み、教室を出たところで。


 声のほうに視線をやると、長身の男子生徒がいた。ネクタイの色で相手が下級生だと分かった。


 一年生に知り合いなんていたっけ……?


 しげしげと顔をのぞき込むと、相手はスッと視線を外した。ちょっと怒ったような、不貞腐れたような顔だ。


「僕に、なにか用?」


「あの、有澄七穂ななほさん……」


「うん?」


 フルネームで呼ばれて、ちょっと驚いた。だって、僕は彼の名前を知らない。


 いや、でもどこかで見たような気がする。すらっとしてて、爽やかなイケメンで。うーーん、どこで会ったんだっけ?


「好きです」


「え?」


 ちょっと間抜けな声が出た。だって、予想もしていなかったから。 


「……勇気あるね。二年生の教室の前で告白するなんて」


 ひとの出入りも多い。たまたま、誰にも聞かれることはなかったけれど。


「すみません」


 ちょっと声が震えている。表情は、やっぱり不貞腐れたまま。


 あ、そうか。不貞腐れているんじゃなくて、緊張しているのか。 


「ここじゃ、話ができないから」


 そう言って、僕は彼を促した。


 本校舎から渡り廊下、旧校舎へと進む。彼は僕の後を大人しくついてきた。ちょっと後ろを歩いている。その様子が、しつけの行き届いた大型犬のように見えて微笑ましかった。


 旧校舎には美術室があるだけで、ほとんどひとの気配がない。


 部活でいつも使っている美術室に入って、僕は窓を開けた。湿った空気がすべり込んでくる。空は灰色の雲に覆われている。雨が降りそうな気配だ。


「名前」


「え?」


 窓の格子に触れながら、彼に名前を聞いた。


「僕は、君の名前も知らないんだけど?」


「……水村遊馬みずむらあすまです」 


「遊馬くんか……」


 ミズムラアスマ。んーー、やっぱり記憶にないな……。


「いきなりこんなこと言っても、困らせると思ったんですけど。俺、男だし……」


 遊馬くんはうつむいている。


 まぁ、困るのは確かだけど。断るのに気を使うなって思う。でもそれは、男だとか女だとかは関係がない。


 僕は、誰とも付き合う気はない。誰のことも好きにはならない。今までも、これからも。


「好き……なんです。すみません」


 気づいたら、彼の表情がより深刻なものになっていた。


「いや別に、そんな深刻に謝る必要はないんだけど……」


 弱ったなぁ……。断り方がむずかしい。こんなところに連れて来ないで、バッサリ切るべきだったのかな。なるべく穏便にしたいんだけど。


 長めの前髪をかき上げながら、どうしたものかと思い悩む。


 かすかに洟をすする音が聞こえて、目の前の遊馬くんを見上げた。


 きらりと光るものが頬を伝っている。


 僕はぎょっとした。ぽたりと雫が落ちるのを見て、我に返る。


 慌ててハンカチを取り出して、彼の頬に押し当てた。


「な、泣かないでよ……」


「すみません」


「……泣き止んで?」


「無理です」


 ズッと彼が洟をすする。


 誰かを泣かせたことなんて、初めてだった。慰め方なんて知らない。


 遊馬くんは、謝りながら「好きです」と言った。 


 小さな子供が母親に縋るみたいな、情けない声で「好き」を繰り返す。


 その姿が痛々しくて、胸がぎゅうっとなる。


「……ずるいよ」


 泣き落としはずるい。


「ごめんなさい」


 しゃくりあげる遊馬くんが、なんだか可哀想で。


「……ともだち」


「え……?」


「友だち、なら。良いけど。そういう意味で、好きになるのはムリだと思う……。それでも、良ければ」


 あ、これは。もしかしたら残酷なことを言っているのかも。


 中途半端なことをするべきではないのかもしれない。言葉にしたあとで悔やんだ。


「本当ですか……!?」


 ハンカチを押し当てる手を握られた。思いのほか強い力で。


 生々しいぬくもりにドキリとする。


「あ、思い出した……」


「え?」


 先々月のことだ。四月の終わり。僕は放課後、美術室にいた。


 いつものように、絵を描いていて。汚れたパレットを洗うとしたとき、美術室の洗い場が混雑していたのだ。


「それで僕は、美術室を出て……」


 渡り廊下を歩いて、本館の洗い場でパレットを綺麗にした。


 そのとき、ぶつかってきた下級生がいた。相手の背中と、僕の肩が接触した。ほんの軽い衝撃だったけれど、僕は水道水を浴びた。


『おい、水村! 危ないだろ。ちゃんと前を見て歩けよ』


『うるさいな。あの、すみません……! 大丈夫ですか?』


 相手は二人組で、僕にぶつかったのがすらりとした長身の生徒だった。


 あのときも、ネクタイの色で相手が下級生だと分かったんだ。


「そういえば、こんな顔だったかも……」


 僕はひとりで納得しながら、目の前の整った顔立ちを観察する。


 ちょっと背伸びをして、遊馬くんの顔をじっくり検分する。


 僕が、あまりにも至近距離で見るものだから、彼は耐えきれず視線を逸らした。やたら瞬きが多い。あ、ちょっと耳が赤いかも。


「もしかして、照れてる?」


「……別に」


 また、不貞腐れた顔になっている。


「ふふっ」


 自然と頬がゆるむ。遊馬くんの表情が、ますますしかめっ面になる。


 気づけば、雨が降り出していた。シトシトと、とても静かな雨だった。







 昼休みのカフェテリア。


 僕は、お気に入りのクロワッサンサンドを頬張った。


「ねーー、遊馬くんってさ」


 モグモグしながら、隣に座っている彼に寄り掛かった。トン、と肩が触れ合った瞬間、ビクリと遊馬くんの体が震える。


 ちらりと見ると、彼の表情に動揺はなくて。


 でも、絶対に平然を装ってると思うな……。


 もう一度、パクリとクロワッサンサンドにかぶりつく。


「なんですか?」


 感情を押し殺したような声。


「んーー、遊馬くんはさ。付き合ったら、そっけなくなるタイプなの?」


「つっ……! つ、付き合ってはないですよね……!?」


 遊馬くんが、アイスティーをふき出しそうになる。かなり目が泳いでいる。


「うん」


 そう。僕たちは、ただの友だち。


「なんで連絡くれないの?」


 メッセージのやり取りが続かないのだ。


 そもそも既読になるのに時間が掛かるし。返事は、とーーっても遅い。


「……迷惑かと思って。それで」


 そう言って、明太子スパゲティをもそもそと食べる。


「ぜんぜん迷惑じゃないけど?」


「……たぶん、返信をするのは、これからも時間を要すると思います」


「なんで?」


 しばらく逡巡してから、観念したように小さくため息を吐く。


「七穂さんからメッセージが来ると、まずその事実に震えるっていうか。受け止めるのに時間がかかって……」


 それで、既読がなかなかつかないのか。


「感動で心臓がヤバいので」


「そうなんだ」


「しばらくして、落ち着いたらメッセージを確認します」


「うん」


「一言一句、ゆっくりじっくり読みます」


 遊馬くんが、真剣な顔で明太子スパゲティを見ている。


「ありがとう。そんなに真面目に読んでくれて」


 正直に言うと、時間をかけて読まれるよりも、早く返信が欲しんだけどな。


「七穂さんの言葉を噛みしめる時間も必要なので」


 おおげさだなーー!


「何度も読み返して。返信するのに下書きをして、それから……」


「下書き?」


「途中で送信しちゃうかもしれないので」


 なるほど。返信が遅い理由も分かった。


 ぽそぽそとしゃべりながら、明太子パスタをくるくるしている。大きい体に似合わず、遊馬くんは食べるのが遅い。


「そういえば、初めてメッセージをもらったときは笑ったなーー!」


 思わず、僕は思い出し笑いをしてしまった。


「え? 普通でしたよね? 誤字とかもなかったはず。何度も推敲したので。そんな、笑う要素はなかったと思うんですけど……?」


 くすくすと笑う僕を、遊馬くんがちらりと見る。


「だってさ、時候の挨拶だよ?」


 堅苦しい文面を見たとき、ちょっと目を疑った。


「親しき仲にも礼儀ありかと……」


「まだ、ぜんぜん親しくないけどね」


 ちょっと、いじわるを言ってみる。


 遊馬くんが分かりやすく落ち込んだので、僕は「嘘だよ」と肘でつついた。


「ちょっとは親しくなったもんね?」


 友だちになってから、今日でちょうど二週間。


 毎日、こうして一緒にお昼ごはんを食べている。


「……七穂さんのこと」


「ん?」


「少しは、詳しくなりました。たとえば、毎日クロワッサンサンドを食べてることとか」


 僕は、カフェテリアの入り口で売ってる、このクロワッサンサンドが好きだ。サクサクのクロワッサンと、シャキシャキのレタス。塩っけのあるハムと、濃厚なチーズ。それらが合わさって、最高に美味しいクロワッサンサンドになっている。


「僕は、ずっと同じものが好きなんだよ」


 かぶりついたら、口の端にマヨネーズが付着した。あ、このマヨネーズも好き。ちょっと辛子が入ってるやつ。


 マヨネーズを舌でぺろりと舐めた瞬間、遊馬くんと目が合った。大きく目を見開いた遊馬くんが、慌てて視線を逸らす。明太子パスタを一心不乱にフォークでくるくるしている。もうすっかりフォークにパスタは絡みついて、くるくるの必要はないんだけど。


「お、俺は……」


「うん?」


「親しくなるよも、もっと前の段階というか。早く、七穂さんに慣れたいです……」


 緊張したくない、ということなんだろう。


 真剣な顔でくるくるを続ける姿を見ていると、またしてもいたずら心が沸き上がる。


 フォークを握る遊馬くんの手の甲に、ちょんと指先で触れてみた。


「ちょっ……! な、なんですか……!?」


 遊馬くんが、椅子からずり落ちそうになっている。予想以上の反応だ。驚いてフォークを皿に投げ捨てた結果、きれいに巻き付いていたパスタが解けてしまった。


 ちょっと申し訳ないので、遊馬くんのかわりに僕がくるくるする。


「遊馬くんが、早く僕に慣れてくれたら良いなと思って」


 そう言って、僕はにっこりと笑った。


 こんな風に、ときどき挙動不審になる遊馬くんだけど、それはどうやら僕の前だけらしい。


 クラスメイトと一緒にいるときの彼は、すごく自然体だった。笑っている姿を見て、そういえば遊馬くんは爽やかイケメンだったなと思い出した。


 僕とぶつかったとき、隣にいた男子生徒と一番が良いようだった。かなり砕けた態度で接しているのを目撃して、ちょっと胸のあたりがもやもやした。遊馬くんが、渡り廊下で女子に囲まれているのを見たときも、同じ感覚に陥った。決して心地よいものじゃない。胃もたれに少し似ている。


 あまりにも胃がムカムカするので、僕は遊馬くんの名前を呼んだ。渡り廊下の端にいた僕の声が彼に届いた瞬間、遊馬くんは僕を探した。真剣な顔で、周囲をぐるりと見回していた。


 僕を見つけて、ホッとしたような、僕の前でだけ見せる不貞腐れたような顔になった。笑顔で手を振ったら、途端にアワアワし始める。


 ……なんか、可愛いな。


 自分よりもずっと背が高くて、男の子で、格好良いんだけど。謎に可愛い。小動物を見たときのような、胸がぎゅうっとする感じ。あの感覚に似ている。いつの間にか、僕の体の中にあったムカムカはどこかに消えていた。





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