一緒に作ったミネストローネで夕食をとった。
野菜は全部、柊が切ってくれた。俺は味見した程度なので、ほとんど彼一人で作ったようなものだ。
「包丁で切るの上手になったな」
「本当ですか?」
うれしそうに身を乗り出してくる。「もっと色々作ってみたい」と言うので、夕食を作るのは柊に任せることにした。
俺が仕事で帰れなかった日は、きちんと保存容器におかずが入っている。冷蔵庫を開けてそれを見つけたとき「主婦っぽいな」と思った。
相変わらず、メッセージのやり取りは頻繁にしている。今日は夕方から予定していた会議がなくなったので「早めに帰れる」と送った。
『今からスーパーへ行きます』
張り切って何かを作っていることは、メッセージから推測出来た。「ただいま」と言ってドアを開けると、美味しそうな匂いが玄関まで漂ってきた。
「何を作ったの」
「スペアリブです!」
オーブンから、こんがりと焼き色のついた豚スペアリブを柊が取り出す。
「柊は肉、食べられないんじゃなかったのか」
「ほんの少しだけなら食べられます。それに、これは宗一郎さんに食べてもらいたくて作りました。αの方は、肉を食べたほうがいいんですよね?」
確かにαは肉好きが多い。須王学園で出会ったα達は、いつも豪快に肉を食らっていた記憶がある。俺は出来るだけ筋肉というか、体重を落としたくて、肉よりも野菜を意識して食べていたけど。
「とても安く買えたんですよ」
ニコニコと笑いながら胸を張る柊につられて、俺も頬が緩む。
「美味そうだな」
肉の表面はつやつやとしていた。豪快にかぶりつくと、肉は柔らかく、味付けはこってりとしていて最高だった。
やはり骨の周りが一番美味しい。ぐっと歯を立てて、骨から身を剥ぐようにして肉を食らう。食事をしているというより、獲物を捕食しているような気分だった。
体中の細胞が息を吹き返すような、全身に力が漲るような、不思議な感覚があった。肉食のαの血を思い知る。
夢中で頬張っていると、柊の視線を感じた。彼はていねいに肉を切り分けて、ごく少量を取り皿に盛っていた。豪快に手で食べる自分とは大違いだ。行儀の悪い食べ方だったかもしれない、と途端に落ち着かない気持ちになる。
「そうやって食べていると、宗一郎さんもαなんだなって思います」
「肉を食べてないと、俺はαに見えない?」
「……そう、ですね。僕の知っているαの方たちとは、雰囲気が違いましたから。横柄じゃないし、優しいふりをするわけでもない。気遣ってくれるけど、僕がしたいと言ったらさせてくれる。そういうαは、僕の周りにはいなかったです」
柊は、とてもさみしそうな顔をした。
いつだったか、図書室で見た昏い目をした彼を思い出した。
「……両親がβだから、少し他のαとは違うのかもな」
須王グループはα社会だ。ヒエラルキーの上位に位置するαたちに比べれば、そりゃ俺とは違うだろう。俺は正真正銘の一般人だ。
「俺は長距離をやっていたんだけど、長距離はβも強いんだ。実際に大会でβに負けたこともあるし、俺自身はα特有の体格がずっとネックで、タイムも伸びなかった。αだから強いとか偉いとか、αに生まれてよかったとか、あんまり考えたことはなかったな」
柊がカトラリーを静かに置いた。
「……僕は、学校へ行ってもいいんでしょうか」
どういうことだ?
「免疫不全のことか? まさか、悪化してるのか? それならすぐに入院して」
「違います、そうじゃなくて……」
「もしかして、学校で何か言われたのか?」
Ωだからという理由で侮辱したり、妙な噂を立てたりする人間がいる。確か、柊の同級生のαにもそういう奴がいたはずだ。
「辛いなら、無理に行かなくてもいいと思うぞ? 家でも勉強は出来るし。しょうもないαがいるような学校は行く価値も……って、悪い。須王学園の悪口を須王の人間に言うのはよくないな」
柊は須王の人間だ。
というか、俺も須王だ。
「……ふふ、そうですね。祖父は学園愛が強いから、聞いてたら怒るかも」
そう言って笑った彼は、俺にとってただの柊だった。須王の家とか、αだとかΩだとか関係なく、ただのひとりの人間だった。