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第8話 同じベッド

 やはり柊は家事の経験がまったく無いらしかった。


 俺も得意というわけではないが、自分の部屋くらいは掃除していたし、陸上の練習着やユニフォームを洗濯していたので、柊に比べればいくらかマシだった。


 なので必然的に俺が掃除をしたり洗濯をしたりしている。もちろん、料理も。


「朝メシ出来たぞ」


「ありがとうございます」


 柊が目をキラキラさせている。料理といっても、俺が今朝作ったのはバターロールにレタスとスクランブルエッグを挟んだだけの簡単なものだ。


「ちゃんと昼は栄養があるものを選んで食べてるか?」


 家で凝った料理を作れないので、カフェテリアでバランスよく栄養のあるものを食べるように念を押している。出来たら量も食べて欲しいのだが、柊も他のΩと同じように、かなり食が細い。


「昨日はカルパッチョ風のサラダを食べましたよ。あと、ミックスビーンズとツナのマリネも」


 野菜と魚介類か。それから穀物。うん。大丈夫だな。一品じゃないところが良い。柊と食事をするようになって知ったのだが、肉類が苦手なΩは多いらしい。


 好みの話ではなく、消化器官の問題だという。なので「肉がダメなら魚だ」と毎食タンパク質を摂取するようにすすめている。


 柊は退院した翌日から学校へ行っている。もうすぐ試験だから頑張ると言っていた。例の図書室で、毎日勉強しているらしい。


 夜は俺が仕事で早く帰れないことが多いので、家を出る前に鍋にスープを作っておく。小食だからスープだけで十分だと柊は言った。


 料理をしていると、柊はじっと俺の手元を見ている。何なんだろうと思っていたら、ある日「僕もやりたい」と言い出した。


 鍋のスープをかき混ぜる係になってもらったのだが、若干不服そうな顔をしたので、どうやら包丁を使ってみたいのだと分かった。


 細い小さな手が包丁を握る。俺は危なっかしくて冷や冷やしたのだが、本人はいたって楽しそうに野菜を切っていた。意外に豪快な切り方だった。


 細かいことは気にしない性質なのか、ジャガイモの皮を剥く際も、思い切りよくスイスイと皮を落としていく。あ、だいぶ皮が厚いな、もったいないなと思いながらもそれを口にすることは出来ず、俺はひたすら無言で柊の包丁さばきを見守っていた。



◇◇◇



 柊が退院してから三週間が経った。


 免疫不全の症状は安定しているようで、本人は毎日元気に学校へ行っている。料理をするのも楽しそうだし、掃除や洗濯もひとりで出来るようになりつつある。


 それはいいのだが、俺にはひとつ気になっていることがある。


 いつまで柊はこの社宅にいるつもりなのかということだ。


 普通に俺と生活を共にしているが、別居婚のつもりじゃなかったのか? 部屋の荷物は少ないままだし、須王のお坊ちゃまがボロアパートの社宅で暮らすなんて、どう考えてもおかしい。


 夜だって、平然と俺と同じベッドで寝ている。


 俺は柊が須王の家に戻る日まで、ずっとリビングでも良かったのだ。それなのに「ソファだと疲れがとれないですから」と言って、俺をぐいぐい部屋まで引っ張っていった。誰のせいでソファで寝るハメになったと思っているんだ。


 柊は繊細で弱々しい外見をしているが、中身は相当図太い人間のような気がする。だって普通、αと同じベッドで寝るとか躊躇するよな? 柊より遥かにガタイの良い男だぞ俺は。襲われたらどうするんだ。抵抗しても敵わないんだぞ。間違いがあったらどうするつもりだ。


 まぁ、一応は結婚しているのだから、間違いという表現はおかしい気もするんだが。


 そんなことを考えていたら、とてもじゃないが眠れなかった。同じベッドに他人のぬくもりがある。俺は若くて健康な男で、だから正直にいえば、この状況は普通にムラムラする。


 柊が寝返りをうつ度に、さらさらと髪が揺れた。誘われるように、無意識にその髪に触れようと手を伸ばした。すると、ころん、と柊が体勢を変えて仰向けになった。しばらくするとまた、ころん、と転がって今度はうつ伏せになる。


「寝返り多いな……」


 何度も体勢を変えながら、それでも目を覚ます気配はなく、ぐうぐうと気持ちよさそうに眠っている。眠りが深いタイプなのか、よほど神経が図太いのか。


 もしかしたら、下々の者(俺)は、自分に無体なことをするわけがないと思っているのかもしれない。何せ、相当な箱入りのボンボンだ。 


 色んな体勢で寝る柊が面白くて観察していると、ころころと転がってベッドから落ちそうになった。慌てて体を自分のほうへ引き寄せる。すると、俺の腹のあたりに顔を寄せて、くんくん匂いを嗅ぎ始めた。


 腹のあたりがムズムズする。気を抜いたら勃起してしまいそうで、俺は必死に柊が熱いスープをふうふうするときの顔を思い出した。まん丸に膨らんだ頬。あ、面白い。大丈夫だ。勃起しないで済む。


 俺の葛藤を知る由もなく、柊は時々「ふふ」と笑ったり「むにゃむにゃ」と寝言のように何かをつぶやいたりしながら、ひたすら幸せそうな顔で眠っていた。


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