毎日が慌ただしく過ぎて行く。
俺は週末なんとか都合をつけて、柊が入院する病院へ向かった。メッセージのやり取りはしているが、顔を合わせるのは久しぶりだった。
「特別個室ってやっぱ広いんだな」
病室というよりホテルという感じだった。俺は大きなソファに身を沈めながら、豪華な内装を眺める。
「須王家の人間なら、いつでも使える部屋なんです」
さすがは須王家だ。
「……宗一郎さん、大丈夫ですか?」
「うん?」
「顔色が悪い気がするので」
美しい顔が、じっと俺を見る。途端に落ち着かない気持ちになった。
「そう? 全然、何ともないよ」
本当は忙しくて、二日間ほど寝ていない。顔色が悪い自覚はあるが笑って誤魔化した。
須王自動車で俺が配属されたのは、品質保証部だった。優秀なエンジニアが揃っている。超エリート校の理系出身者ばかりの中で、体育会系の俺は完全に浮いている。
専門用語も飛び交うので、それを理解するために帰宅してから専門書で勉強している。大学の授業についていくのにも必死の毎日だった。
高校では真面目に授業を受けていたが、体育科には専用のカリキュラムがあって、それぞれが競技に集中できるように配慮されていた。なので、俺は走ってばかりいた。進学科に比べて圧倒的に机に座っていた時間が少ない。
大学と仕事、両方をそつなくこなしていくには知識を増やすしか術がなく、削れるのは睡眠時間だけだった。
「宗一郎さんが大丈夫なら、いいんですけど……」
柊が疑いの目で俺を見る。そりゃあ、そういう目にもなるだろう。今日、朝起きて顔を洗いながら「うわ、顔色悪いな」と自分でも思ったのだ。目の下にはクマも出来ている。
けれど俺はヘラヘラと笑いながら「大丈夫、大丈夫」と繰り返した。
◇◇◇
柊が退院できたのは、入籍してから三カ月後のことだった。
一旦、柊は須王の本家へ戻った。「新生活に必要な物を準備してきます」と言っていたが、想像していたよりずっと、荷物は少なかった。須王のお坊ちゃまなのだから、色々と持ち物があるだろうに。
もしかして荷物が少ないのは、ここに住むつもりがないからか?
柊は本家に残って俺だけがこの社宅で暮らすのか? 別居婚ってやつ?
それなら社宅の意味も理解できる。やっぱりあの理事長が柊をアパート暮らしさせるはずないもんな、と俺は一人で納得した。
玄関を入ってすぐの一番小さな部屋に荷物を運びこむと「引っ越し完了ですね」と柊が笑った。
「そうだな」
別居婚だけどな、と心の中で言ってみる。その日は帰る気配がなく、気づいたら柊はテカテカした素材の服に着替えていた。このテカテカはおそらくシルクだろう。
シルクのパジャマか。Tシャツをパジャマ代わりにしている俺には似合わないだろうなと、またしても心の中でつぶやく。柊の寝具が無かったので、その日は俺の部屋にあるベッドで寝ることになった。
「宗一郎さんは寝ないんですか」
「俺はリビングで課題をやるよ。眠たくなったらソファで仮眠をとれるし」
「そうなんですか」
「柊の部屋にもベッド買わないとな」
また泊まる日があればの話だけど。
「え? 一緒に寝ないんですか? このベッド、こんなに大きいのに二人用じゃないんですか?」
「……えっと」
「αの方には、このサイズでも一人用なんですね。体、大きいですもんね、凄いなぁ」
柊は真面目な顔で感嘆している。
いや、クイーンサイズだから二人用だけど、二人(俺と柊)用ではないだろ。
「二人で寝ようと思えば、大丈夫だとは思うけど……」
「じゃあ、もったいないから買わなくていいですね。お金がもったいないですしね」
かなり食い気味で「もったいない」を繰り返す。どこの節約主婦だとツッコミたくなるのをなんとか堪えた。節約が趣味なのか? 変わった金持ちだな。
柊がいらないと言っている以上、新たにベッドを購入することも出来ない。俺はだいぶ押され気味に「そ、そうだな……」と従うしかなかった。