目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第3話 見合い話

 全体練習が終わっても、俺は一人で走っていることがある。良い結果を出すために努力しているが、その反面タイムのことなど考えずに、ただ自分のペースで走っていたいとも思う。


 たぶん、単純に走るという行為が好きなのだ。


 11月に入ってから急に気温が下がった。黙々と走っていたら、いつの間にか辺りが暗くなっていた。


 そろそろ帰ろうかなと思ったとき、図書室に明かりが点いていることに気づいた。図書室に須王の姿を見つけて、俺は思わず足を止めた。


 図書室の一部は自習室として開放されている。校庭のトラックからは図書室がよく見えるから、俺は須王がいつもそこで、何時間も勉強していることを知っている。


 勉強をするときだけ眼鏡をかけるらしい。薄いフレームの眼鏡をかけると、いつもより大人びて知的に見えた。


 真剣にノートに書き込んだり、教科書にマーカーで線を引いたりしている。確か、先週まで須王は学校を休んでいたはずだ。季節の変わり目に体調を崩して、今回は入院したと聞いた。


 休んだ分を取り返そうとしているのだろう。そんな須王をやっぱり凄いなと思いながら、俺は机に向かう彼をしばらく見ていた。


 それから二ヶ月後。いつものように練習を終えて家に帰ると、父親から「話がある」と声を掛けられた。


「俺より早く帰ってるなんて珍しいね」


 父は実業団で選手として活躍し、引退後は社業に専念している。激務らしく毎晩帰りが遅い。


「宗一郎に話をするために、早く帰ってきてもらったのよ」


 リビングのソファに座る父の隣に母もいる。二人の深刻そうな顔を見て、ただ事ではないと分かった。


「何かあったの?」


「……結婚、する気はないか」


 けっこん? けっこんって、結婚のことか? 


「俺まだ高校生だけど」


「籍を入れるのは、お前が卒業した後だろうとは思うが……」


「……ええ、そうね」


 両親が目を合わせて頷き合う。俺の知らないところで、何か話が進んでいる感じだ。 


「何? もしかして見合いの話とかが来てるの?」


 αとΩの見合い結婚はよくあることだ。子供がαやΩだった場合、同じくらいの家柄の相手と早々に縁組をする。ヒートによる不慮の事故を防ぐためだ。


 特に良家の場合はその傾向が強い。家と自分たちの子供を守るために、早々と番わせる親が多いのだ。


「先週、俺のところに話が来た」


「……社長さんから、直々にいただいたお話なのよ」


 両親が深刻な顔をしている理由が分かった。父親の会社は大企業だ。その社長から縁談を持ち掛けられたら、断ることは出来ないだろう。


 俺の意思は尊重されない。けど、そのことに対して不満は感じなかった。付き合っている相手がいるわけでもないし。


「顔も知らない相手と結婚するって、なんか変な感じだな」


「……知っているんじゃないか」


「同じ学校の生徒さんよ」


「そうなの?」


 誰だ? Ωは圧倒的に数が少ないので、全員の顔を思い出せる。でも、その中にうちと同じくらいの家柄の生徒がいただろうか。


「須王柊くんだ」


「え……?」


 頭の中が真っ白になった。


 少し冷静になった頭で考えても、それはないだろうと思う。


「家柄が違い過ぎるけど……」


 うちは、いわゆる一般家庭だ。会社員の父と、専業主婦の母。父は陸上選手として有名人だったが、今はもう普通の会社員だ。


「柊くん、免疫不全が酷いらしいんだ」


「最悪の場合、死に至ることもあるでしょう? だから、柊くんには早くαと番って欲しいみたいなの」


 いつだったか、カフェテリアで二年生のαが言っていた。「もう薬は効かない」と。あれは本当だったのか。でも、どうして。


「何で、俺なの……?」


「相性が良いらしいんだ」


「なんの相性?」


 性格とかの話か? いや、性格が合うとか合わないとか、話をしたこともないのに分かるわけないか。


「免疫不全を治療するには、番を作るのが良いというのは宗一郎も知っているだろう。そういう研究結果がたくさん発表されている。でも一番良いのは、遺伝子的に相性の良い相手と番になることらしいんだ」


 遺伝子? 


「何で俺の遺伝子と須王の遺伝子の相性が良いって分かるんだよ」


「……バース検査をする際に採取した検体を、政府機関が管理しているようなんだ」


 父親が、俺から目を逸らす。


「それって、普通なら知ることが出来ないやつ?」


「……そうだ」


 裏から手を回したのか。須王の家なら、それも可能なのだろう。政財界にも繋がりがあると聞くし。


「結婚したら、お前は須王の姓を名乗ることになる」


「え? そうなの?」


 何か俺の知らないところで、話が進み過ぎてないか?


「ゆくゆくは、須王グループの中核を担う会社のひとつを宗一郎に任せてもいいとおっしゃっている」


「嘘だろ!?」


 驚きのあまり、思わず大きな声が出る。


「それだけ、柊くんが大事に思われているってことよ」


 須王家の家長は、学園の理事長である須王の祖父らしい。Ωの一人娘が産んだ須王を、理事長は幼少期から可愛がっていたという。


「……ゆくゆくって、いつから?」


「卒業したら、大学に進学して欲しいそうだ」


 須王を名乗るαが高卒じゃダメってことか。


「大学で経営を学びながら、グループ会社で経験を積んで欲しいとおっしゃっていた」


「……そうなんだ」


 じゃあ、実業団で選手として走ることは、競技生活を続けることは、もう無いってことだ。


「少し、考えさせて」


 俺はそう言って、立ち上がった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?