「見ろよ、また取り巻きに囲まれてる」
鈴江が面白そうに言う。ちょうどカフェテリアに
須王は進学科の二年生で、学園の創立者一族の人間だ。現在は彼の祖父が理事長を務めている。
「あんなに周りに人がいても優雅に振舞えるのって凄いよな。いつもニコニコしてさ。俺だったら鬱陶しくて、お前ら邪魔だからどっか行けって言っちゃうよ」
須王は周囲の人間にいつも優しい笑顔を向けている。小柄で華奢な体つきだが、姿勢が良いせいで貧相には見えない。鈴江の言う通り、優雅という言葉がぴったりだった。
笑いながら頷く度に柔らかそうな髪が揺れる。彼を見ていると、いつも静かな冬を連想する。たぶん、肌が雪のように白いからだ。
「可愛いなぁ。βの俺でも須王は可愛いって思うよ」
「……Ωは皆、可愛いだろ」
「うわ、ヤリチンっぽい発言で何か嫌。やっぱりαってΩのことそういう目で見てるんだぁ」
鈴江がニヤニヤしながら俺を見る。ヤリチン認定は心外なので「俺は違う」と慌てて否定した。
須王はΩだ。須王に限らず、Ωは何というか、見た目が可愛い感じだ。小柄で華奢で、目が大きくてうるうるしている。
「あんなに可愛いのに頭も良いって凄いよなぁ。やっぱ金持ちって子供の頃から英才教育してんのかな?」
「……そうかもな」
彼は非常に優秀らしく、成績は常に学年トップだった。季節の変わり目に体調を崩して休むことが多いのに、それでもトップの成績を維持しているのだから凄いと思う。
「Ωなのに生意気なんだよ」
「ホント。Ωなんだからさ、家で大人しくしてりゃいいのに」
「引きこもってて欲しいわ」
斜め後ろから吐き捨てるような声が聞こえた。振り返ってネクタイの色を確認する。進学科の二年生集団だった。
体つきを見ると全員がαだと分かる。Ωなのに、Ωだから、というのは古い考え方なのだが、今でもこういう類のことを言うαは多い。
Ωは、男性でも妊娠することが可能だ。大抵のΩはα男性と番になり、自らが子供を産む。Ωには三カ月に一度、ヒートと呼ばれる発情期が訪れる。強烈なフェロモンを放ってαやβの性衝動を刺激するのだ。
抗い難い強烈な衝動らしい。それ故、以前は強姦事件に発展することも多かった。小柄で華奢なΩは、力では敵わない。
昔は家の中に閉じ込めたり、離れを作って隔離したりということもあった。けれど現在は薬でフェロモンを完全にコントロールすることが出来る。
それよりも免疫不全のほうが厄介だ。眩暈や発熱、全身の倦怠感、様々な体調不良が起こり、最悪の場合は死に至るケースもある。
免疫不全を治療する薬はあるが、副作用が酷いと聞く。個人差もあるらしい。一番の治療方法は、番を作ることだと言われている。番のいないΩのほうが症状が重く、番を作れば症状は徐々に安定していくのだ。
αがΩのうなじを噛むと、番というパートナー関係になる。うなじを噛んだαだけが、そのΩのフェロモンを感じ取れるようになる。そしてΩの体は、番のαにしか反応しない。
「聞いたんだけどさ、須王って進学しないらしいぜ? 免疫不全の症状が酷くて、もう薬は効かないらしい」
「それってさ、番作らないとヤバいやつじゃん」
「αにヤッてもらわなきゃ生きられないとか惨めだよな」
背後から聞こえてくる声に嘲りが混じる。露骨に顔をしかめる俺を見て、鈴江が「相手にすんなよ」と牽制してくる。
「進学しないとか、どうせいつもの噂だろ。それにしても嫉妬するαって面白れぇ」
鈴江は呑気に笑っている。
彼の言う通り、須王は一年生の頃から常に注目され、何かと噂されていた。「海外セレブと婚約した」とか「IT社長と番になった」とか。「京都の華道家の愛人らしい」というのも聞いたことがある。噂になる度に本人は「根も葉もない噂です」と否定しているらしいのだが。
「αも所詮、人間だよなぁ。噂好きだし」
鈴江が頷きながら言う。俺は「当たり前だろ」と返す。
「αだからって何でも出来るわけじゃないよ」
「細マッチョになりたくて頑張ってるけどガチムチのままだし?」
にやりと笑う友人に「うるさい」と文句を言いながら、俺は野菜ジュースを最後の一滴まで飲み干した。