俺、
進学科と体育科があり、進学科には資産家や著名人の子息たちが多数在籍している。寄付金を払えばどんなに頭が悪くても入学が認められるという噂だ。
一方の体育科は推薦を得た者のみが受験出来る。全員が特待生扱いで、入学から卒業までに掛かる費用の一部が免除される。
大会に出て好成績を残したり、在学中にプロ契約を結んだりすることが学園の宣伝に繋がるからだ。
俺は高校から須王学園の生徒になった。中学生のときに出場した陸上競技の大会で優勝し、学校関係者の目に留まったのだ。
どちらの科も八割以上をαの生徒が占める。残りの二割がβとΩなのだが、Ωは学年に三人いればいいほうだった。
男女の性差とは別に、α、β、Ωと呼ばれる第二性がある。一般的にαは優秀だと言われている。頭脳や身体能力が高く、免疫力があり病気にも強い。政治家や医者、会社の経営者のほとんどがα性だ。
βの能力は全てにおいて平均的で、Ωも能力的にはβと変わらないのだが、先天的に免疫不全を患っている場合が多い。季節の変わり目に体調を崩したり、風邪で入院したりすることも珍しくない。
肉体が脆弱なせいで能力を生かせず、早々に番を見つけて家の中で静かに暮らすΩがほとんどだった。
「やっぱり家の中にいて欲しいって家族は思うらしいよ。そのほうが安心なんだって。外に出たら感染症とかも怖いしさ」
昼休み、カフェテリアでオムライスを頬張りながら友人の
「そういうものなのか……」
俺は身近にΩがいないので分からない。
「春名ってどこから見てもαって感じのαなのに、両親はβなんだっけ?」
「そうだよ。隔世遺伝でのα性だから」
紙パックの野菜ジュースをちびちび飲みながら答える。父方の曾祖父がαだったらしい。バース検査で判定を受けるまで俺は自分をβだと思っていた。だから、αと一緒にいるよりもβの友人と一緒にいるほうが落ち着くのだ。
「頭も良くなかったし体格も平均だったから、αの判定が出たときは信じられなかったな」
「今はめちゃくちゃ体格良いのに? いつからマッチョになったんだよ」
「……マッチョって言うのやめてくれないか?」
せめて細マッチョにして欲しい。けれど鈴江の指摘する通りなので強く言えない。筋肉質の体形をなんとかするために、俺は高校に入学してからずっと昼食は野菜ジュースのみと決めている。
三年生になった現在の自分を体つきを見ると、悲しいことに全く効果はなかったようなのだが。
「いいじゃんαらしくて。筋肉あったほうが格好いいよ」
「長距離ランナーなんだぞ、俺」
呑気に笑いながらオムライスを完食する友人を恨みがましい目で見る。長距離は体重が軽ければ軽いほどいいタイムが出ると言われている。
中距離まではαがタイムで圧倒しているが、長距離になると体を絞れるβもαと互角に競うことが出来る。俺の肉体は、長距離を走るには不向きだった。
「でもさ、宗一郎って性格は長距離に向いてるよな? αなのに真面目にコツコツやるタイプだし。俺は黙々と走り続けるの無理だな」
「走るのが好きなんだよ」
俺が長距離を選んだのは父親の影響が大きい。父は有名な長距離ランナーだった。幼い頃よくテレビで父の走る姿を見た。極限まで体を絞り、けれど力強く疾走する姿は美しかった。自分もあんな風になりたいと思った。
でも、無理だ。体を絞ることが出来ない。α性が邪魔をする。特別なトレーニングをしなくても、俺の体は鋼のような筋肉に覆われている。
「タイムも伸びないしな……。就職先が見つかっただけでも良かったよ」
高校を卒業したら、俺は企業の陸上部に所属して競技生活を続けることになっている。
「そうだよ、実業団チームに入れるんだから良かったじゃん。上出来だって!」
「……なんか偉そうだな」
「だって俺は春からプロ選手だもん。βなのにプロスポーツ選手!」
得意げに腕を組む鈴江は、プロの卓球選手として春からドイツのリーグに参戦することが決まっている。ちなみに卓球もβがそこそこ活躍できる競技のひとつだ。
「ドイツでめちゃくちゃ美人なお姉さんを恋人にするのが今の俺の夢!」
「……まぁ、頑張れよ」
「もし恋人が出来ても、絶対に宗一郎には紹介しないから」
「なんでだよ」
「イケメンで長身でセクシーな筋肉モリモリのスポーツマンαとか超キケンじゃん! βの俺じゃ敵わないよ。絶対寝取られる~~!」
あっけらかんとしているのが鈴江の良いところだ。でも、大勢の生徒がいるカフェテリアで臆面もなく「寝取られる」とか言わないで欲しい。
「もうちょっと、声のボリューム下げてくれ……」
思わず懇願した。そもそも俺は、身長も筋肉モリモリの体もいらない。それよりもタイムを縮めたい。
理想的な長距離ランナー体形が欲しい。それが俺の本心であり、願いだった。