雪男は妊娠するらしい。なかなかの衝撃だ。エマも妊娠する可能性があると知り、軽くショックを受ける。
だって信じられない。あのエマが妊娠するなんて。エマの子ども。性行為でエマが子を孕む……。
(ダメだ……!!)
これ以上想像したら、また頭が熱くなりそうだったので止めた。脱力したままベッドに腰かけていると、小屋の奥から鼻歌が聞こえてくる。
エマは今、入浴中だ。少し前に俺は小屋を改築して風呂場を作った。DIYは得意だが、さすがに完成までは日数がかかった。
パン屋をしながらではなかなか作業が進まず、何度か店を臨時休業にしてやっと完成した。作って良かったと思う。エマは薪の風呂を気に入ったようで、毎日入浴している。
「ふんふん、ふ~~ん、ふんふん~~ん、ふんふん~~」
かなりご機嫌の様子だ。
一緒に入ろうと誘われたときはビビった。エマにそういう意図はないと思うのだが、ついさっきまで「セックス」だの「子どもができる」だのという話をしていたので、俺は大げさに反応してしまった。「俺はいいから!!」と全身で拒否した。
風呂場のほうから、ちゃぷちゃぷと湯が弾む音がする。
それだけで、よからぬ妄想をしてしまう。真っ白な肌に滴る湯。子どもの姿だったときは、骨の浮いた胸元を見たことがあった。今はどうなっているのだろう。少しは肉付きが良くなった気がするのだが、筋肉とは無縁なので雄っぱい的なものは期待できない。
(間違いなく、つるぺたの胸だな)
エマが風呂に入っている間、俺の妄想が止まることはなかった。
「ウォルフ、マッサージして?」
風呂から上がったエマは、ほこほこしている。
「自分でしなさい。ちゃんと教えただろ」
俺はオイルの瓶をエマに押し付けた。
「……教えてもらった通り、じぶんでしてるけど。きょうはいいでしょ?」
ぷうっと頬を膨らませるエマが可愛い。
「き、今日も駄目だ」
「どうしてだめなの? 前はぼくの足、毎日もみもみしてくれたのに」
「そ、それは、つまり……」
足を揉んでいると妙な気分になるからとは言えない。
「ずっとぼくのこと、オイルでぬるぬるにして、あんあん言わせてたくせに!」
確かに、あんあん言わせてたけど!
「エ、エマは大人だろ? 大人はな、自分で出来ることは自分でするものなんだ。だから、な?」
しどろもどろになる俺を、エマがじろりと睨む。納得がいかないらしい。
風呂上りのエマはシャツを一枚羽織っただけで、彼シャツ状態だ。マッサージのために足を出しているのは分かるのだが、このままでは湯冷めしてしまう。
「エマ、そんな薄着してたらダメだ。もっと厚着しないと」
「……うん」
「そうだ、新しくセーターを編んだから着てくれるか? 前のは小さくなっただろう」
ヤク・シープの深い橙色のセーター。特別な意味をエマは知らないだろうと思いながら、けれど渡す瞬間は緊張した。
「これって……」
エマの表情が強張る。
まさか、ヤク・シープの意味を知っているのだろうか。そういえば、人間社会のことをトトに教えてもらっていると言っていた。
「……どうして、ぼくがこれを着るの?」
「エ、エマのために編んだからだ」
エマが意味を知っているなら、ずっと一緒にいたいと言いたい。結婚するとか子どもが出来るとか、そういう話は置いておいて、エマのことをすごく大事に思っていることだけは伝えたい。
(うわ、緊張するな)
エマを真正面から見る。意を決して口を開こうとした瞬間、「うわきもの!」とエマに怒られた。
「このセーター、本当はぼくのじゃないんでしょ!? ウォルフのばか! うわきもの!」
「う、浮気ってなんだよ」
まったく身に覚えがない。というより、よく「浮気」なんて言葉を知ってるな。どうせまた、あの一角獣に教えられたのだろう。
「ぼく知ってるんだからね。これを編みながら、女の人といちゃいちゃしてたでしょ!」
「いちゃいちゃ……?」
女の人ってイザールのことか?
「ウォルフ、からだに触ってたもん! セーターごと女の人のこと抱きしめてた!」
「だ、抱きしめてはいないぞ!? サイズを確認してただけで……いや、エマ。何でそれを知ってるんだ?」
まさか。
「一人で町まで来たのか!?」
こんなにきれいで可愛くて、でも中身はドジっ子のエマが。どこから見ても「騙してください」と言ってるようなぽやぽやした外見のエマが。
「どうして一人で町に来たんだ! エマは知らないかもしれないけどな、人間の世界には悪い奴だっているんだぞ? どこかに連れ去られたり、売られたりするかもしれない」
エマの細い腕をぐいと掴む。
「い、いたい……!」
「路地裏に連れ込まれて、知らない相手にセックスさせられるかもしれないんだぞ」
想像したら、怒りでどうにかなりそうだった。
「ぼく、そんなことしないもん! せっくすはすきなひととするから!」
無垢すぎるエマに、苛立ちすら感じた。
「好きじゃなくたって出来るんだよ」
エマをベッドに押し倒し、腕を頭の上で拘束する。
「こんな風に押さえ付けられたら、抵抗できないだろ?」
大人の体になったとはいえ、華奢なエマと俺では体格が違い過ぎる。
「ウォルフ……手、いたいよ……」
エマが苦しそうに喘ぐ。エマは大事な子で、これまでずっと大事にしてきた。この先もずっと大事にしたい。それなのに、ひどく残酷な気持ちになる。
「なぁエマ、どうやるか教えてやろうか。具体的にどうするか知らないんだろ?」
詳細な説明すると、エマの顔が赤くなった。