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第32話『凡人、参上』

『誰だお前は』

「どこの誰かは知らないけど、話ができるのね。でも、頭は悪いのかしら? 今、全部言ったわよね。私はフェリスとリリィナの親友、マキナよ」

『そんなの』


 抜剣した直剣を握り締める少女は髪をなびかせ、凛々しく魔物へ目線を向ける。


 それに対し魔物は、距離をとって眉間に皺を寄せながら少女の目から剣へ視線を向けた。


「詳しい状況はわからないが、粗方予想はつく。隊長が言っていた、討伐した獣なのだろう。だがこの状況から鑑みるに、ただの獣ではなく――魔物といったところか」

『そうだが、だからどうした?』

「【魔法】と【霊法】を使用できる2人の攻撃が効いていない様子から、やはりお前は物理攻撃や剣などの刃物に弱いのだろう。なんせ、隊長の攻撃が倒せたのだからな」

『……面倒なやつが来たものだ』

「否定しない潔さは評価に値する。しかし、お前は私の大切な親友たちを傷つけた。隊長に倒せたというのなら、私にも勝ち目があるということ。覚悟するんだ」

『美味そうな匂いがしないのが、また面倒だ』


 力強く剣を構えるマキナ。

 しかし、強気に出ている彼女は緊張を表に出さないよう振舞っているが、手に汗握っている状況だった。

 なんせ魔物との戦闘をするときの注意点を教え込まれているだけではなく、自身は隊長のような強さの足元にも及ばないのだから。


 そして、現状では圧倒的に不利。

 対魔物は初の実戦かつ1対1で戦わなければならず、背後に居る負傷している仲間へ被害を及ばせないよう戦わなければならない。


『面倒ではあるが――』

「ごちゃごちゃとうるさい!」


 マキナは、魔物へ距離を詰めて斬りかかる。

 戦闘の心得――魔物のズル賢さは、会話によって情報を得つつ思考を重ねて対処法を導き出す――これに対処方法は、情報を渡さず攻め続けること。


『狙いはいいが、ただそれだけ』

「くっ!」


 先手必勝の攻撃は、剣であったら容易に切断できるであろう体毛によって何度も防がれ続けてしまう。


「やはり、【魔法】を使えると」

『この硬質化を貫けぬ技量か。警戒して損したな』

「まだよ。今のは様子見だから」

『そうか――!』


 剣と頭部がぶつかり合う。

 そして、今更ながらに気が付く。


「どこかで聞いたことのある声だと思ったら隊長じゃないの」

『抜けた髪の毛をありがたく拝借してな、そのおかげでこの声を手に入れたんだ』

「私が超えたい存在だから、力がみなぎってくるわ」

『ん?』


 魔物は異変に気が付く。


『【魔法】が……』

「どうしたというのかしら」


 自ら扱える魔力の乱れを感じ、先ほどまでの威力ある攻撃が防御と並行してできないことを。


「もしかして、変な物を食べてお腹でも下っているのかしら」

『戯言を!』

「隊長に鍛えられているから、私はまだまだ戦えるわよ」




 少年は足を止め、後悔を胸に葛藤する。


「俺は、本当にこのまま逃げていいのか」


 こちらの世界に来て、ユウトは自身の無力さを常に噛み締めていた。

 それでも明るく振舞おうと決めているのは、自身を気に掛けてくれたり、気さくに接してくれる人たちのため。


「みんなにいろいろと助けてもらって、次はそんな人たちが戦っているのに俺は逃げるだけ。本当にみんなが魔物に勝てたとして、その後はどんな顔で会えばいいんだ」


 悩み、悩み、悩み。


「俺が意地を張って戦いに参加したところで、戦力にならないどころか足手まといになる。カッコいい誰かに憧れて行動したところで、なんの意味もない」


 自身は物語に登場する主人公ではないことは重々承知している。

 それは、夢物語としか思えなかった異世界へ来て、スキルなどを使用できたとしても変わらず。


「夢を見すぎるな。俺は、凡人で等身大な判断をするべきだ。背伸びはしても、しっかりと地に足つけて」


 気が落ちすぎて走る気力もないユウトは、状況など気にせず背中を丸めたままトボトボと歩き出す。


「現実世界に還るより、この世界で死ぬ方が速そうだな……」


 現代人には、この世界で手助け無しに生き残ることは厳しい。

 そんな当たり前なことを噛み締めるしかなかったが。


「……待てよ。現代人、現代人。そうだ、俺は現代人だ」


 ユウトは顔を上げ、立ち止まる。


「この世界では考えつかないようなことを、俺だったら考えつくんじゃないか」


 記憶を遡り、今までの情報を整理する。


「俺のスキル【吸収】は、【魔力】と【霊気】を取り込むことができる。でも、そもそもの器が小さいから吸い込み切れず、【魔法】や【霊法】を使用できても雀の涙より悲しい結果しか出せない」


 自尊心が傷つくも、それすらも今更。


「そして、フェリスとリリィナがネックレスにしている結晶も、似ている効果がある。だけど、2人の器は大きいから結界を維持しつつ威力は弱くても【魔法】や【霊法】を使用できる」


 この答えに行き着いたとして、まだ足りない。

 ただの情報整理で、解決策には程遠く。


 だからユウトは、敵となる存在について考察する。


「そもそも魔物がどうやって結界を通過することができたか。前提条件として、コルサさんが殺して結界の中に入れた、というものがある。このことから、魔物は規制していた事実を元に考えると……獣の死を利用する――だけでは、弾かれるんじゃないか。だったら、なんらかの手段を用いて仮死状態を維持していた」


 ユウトは思考しているおかげで薄れてはいるが、払拭できない恐怖心を感じつつ踵を返す。


「仮死状態ってことは、自分がどうやったら死ぬのかを教えているようなものじゃないか? いや、でも……」


 大気中に漂う【魔力】や【霊気】を枯渇させる必要がある。

 総量を把握する術はなく、敵意をむき出しにしている魔物を相手しながら。


 しかし、確信のない気付きを得てユウトは彼女たちが赴いた戦地へ足を進め始める。


「無理だろ、そんなの。ん? 待てよ? そもそもの話、【魔法】や【霊法】を使える人間って常に【魔力】や【霊気】を吸収し続けるのか?」


 自身に当てはめ、特殊な条件を思い出す。


「使用者は、自身の器の大きさ分の【魔力】や【霊気】を蓄えているんじゃないか? だから許容量は人によって違うし、枯渇にならないギリギリで発現させているんじゃないか――そうすれば、魔物の仮死状態は理解できる。人間だったら、蓄積量が0になっても死なないけど、魔物とかっていう存在は死ぬってことなんじゃないか?」


 ユウトは確信も確証もない答えに辿り着き、無謀だとわかっていながだも駆け出す。


「だったら、俺にもできることがあるじゃないか。できるかは別として、この案を届けるだけで役に立てるはず――!」




『ガハハハッ! 威勢がよかったのは最初だけだったなぁ!』

「くっ……!」


 マキナは教え通り攻め続け、間髪入れず何度も攻防を続けていた。

 しかし、不調を感じつつ硬質化以外の【魔法】を使用できない魔物を攻めきれず、何度か攻撃をくらって防具や衣類が破損している。


『意地だけでは、俺を倒すことはできない。まあそろそろだろう。邪魔者を始末して、本来の目的を……』


 魔物は途中で会話を辞め、鼻を利かす。


『俺としたことが、戦闘に集中しすぎてご馳走の匂いを忘れていた』

「どういうことだ。お前は、私から匂いがしないと言っていただろう」

『それだけじゃない。やってくれたな、あの小僧』

「さっきから何を言っている」

「マキナー! 避けてーっ!」

「っ?!」


 マキナは、耳馴染みのある声に振り返るも姿はなく。


「後ろに跳べぇええええええええええ!」


 しかし幻聴ではないと決め、指示通りに跳び退いた。


「はぁあああああ!」

『くそっ』

「え?!」


 獣も同じく跳び退き、距離をとる。


 最初の声の主はフェリスで、次の指示はユウト。

 そして、マキナと魔物の間には巨大で鋭い氷の塊が爆散した。


 声が聞こえても姿が見えないため、マキナは目線をグルグルと移動させ、最後に空へ向けると。


「ど、どういうこと!?」

「初めてだから加減ができなくてごめんね」


 宙に浮くフェリスとユウトが地上へ降りてきた。


「凡人――参上!」

「おいユウト、どうなっているんだ」

「説明はする。だが、まずはリリィナを」

「ユウトさん、どうして……」

「言いつけを守れないバカでごめん。でも、凡人なりに考えて等身大の決断をした。その過程で、元々住んでいた世界の考え方を活かしてみたんだ」

「リリィナ、風で自分の体を浮かしてみてくれ」

「え?」

「こうだよリリィナ。ふわぁーって感じ」


 フェリスがお手本にやってみせる。


 それを見たリリィナとマキナは信じられない光景に、目を見開く。


「わかりました。こ、こうですか――えっ」

「そうそう、そんな感じ」

「いろいろと辛いことがあったと思う。でも、絶望的な状況を逆に利用するんだ」

「ユウト、さっきからサッパリわからないぞ」

「細かいことは、動きながら説明する。要するにアレだ。今は、2人を縛るものはない。だったら、本来の力を思う存分使えるんじゃないかって話だ」

「え……そ、そういえば何か、こう……引っ掛かる感覚がありません」

「そういうことだ。まだまだ伝えたいことはあるけど、あちらさんが待ってくれないだろうな」


 全員が魔物へ目線を向けると、そこには今までにない、しかしユウトがこちらの世界に来てすぐ見かけた獰猛な牙がむき出しとなっていた。


『やってくれたな小僧! 一番の役立たずの仲間を見捨てるようなクズがぁ!』

「おぉ、怖い怖い」

『あのとき逃さずに殺しておくべきだった! 忌々しい!』

「俺は、お前にとって最高のご馳走になるんだったっか? ざんねーん、お前は今から、俺の秘策によって負けまーす」

『黙れ小僧が!!!! 仲間に頼らないと何もできないくせに、粋がるな!!!!』

「うー、怖い怖い」

「それでユウト。その秘策とはどんなものなのだ」

「良くぞ訊いてくれたマキナ」


 自信満々に腰に手を当てて胸を張るユウト。


「まずは空を飛んで逃げる! そんで、逃げながら作戦を伝える! ってなわけで、フェリスとリリィナ――頼んだ!」

「はいはーい! ユウト、いっくよー」

「感覚がまだわかりませんが、マキナさん手を」

「もう、なるようになれ!」


 ユウトとフェリス、リリィナとマキナはそれぞれ【魔法】と【霊法】によって宙へ浮く。

 ちょっとした高さではなく、立ち並ぶ家々より高く、木々よりも高いところへ。


『ふざけるなぁ!』


 ならば、と魔物も宙へ浮こうとするも。


『くっ! なんなんだこれは!』


 体内にある結晶が原因で、【魔法】を思い通りに扱えず。

 地上を駆けて追いかける他なかった。


「良い景色だな。凡人の力量、とくとご覧あれ」

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