「どうしたんじゃユウト、こんな昼間から戻ってくるなんて」
ユウトはヴァーバの家へ帰宅。
ヴァーバが言う通り、昼間はフェリスとリリィナの元へ赴いている。
だからヴァーバも、気兼ねなくいつもの野菜を洗ったり肉を干すなどの作業を行っていた。
「はい。これからフェリスが獣を解体所へ運ぶってことで、俺は何もできないから休憩ついでに返ってきました」
「ああそうじゃったか。あの作業だけは、フェリスじゃないとできないからのぉ」
「あんな少女が運べるはずがない、とはわかっていても、【魔法】やら【霊法】でなんとかするってことですよね?」
「そうじゃな」
「でも、荷車とかを使えばできなくもない、と」
「……そうじゃな。そこまで考えつく――ということは、いろいろと知ってしまったんじゃな」
「はい、残念ながら」
ユウトは、居間の中央で腰を下ろし、ヴァーバは縁側で豆を潰している。
「であれば、村人へ向ける視線は随分と変わってしまったじゃろ」
「特定の誰かへ怒りの感情を抱けるんだったら、そっちの方が楽でしたよ。誰を憎むわけではないのに、誰かを憎むしかない。でも、それを言葉にしていいのは少なくとも、余所者の俺ではない」
「世間的にそうなってるものを、『同じ人間なのだから』と説くだけでは何も変わらぬからの。村人たちにとって居なくてはならぬ存在であっても、人の心や考えはそう簡単に変わらぬから難しい」
「わかってますよ。村長がいろいろと動いていることぐらい。それぐらいは、関係性を見たらすぐにわかりますし」
「ほほぉ。ユウトは観察力が凄いの」
「ほどほどですけど」
そして、ユウトは姿勢を正してヴァーバの方へ体を向ける。
「本人たちには聞きにくいからさ、よかったら教えて欲しいことがあるんですけど」
「なんじゃ、改まって」
「俺もこの世界で生きていくなら、敵となる存在を知っておきたいと思って。特に、魔物って呼ばれている存在について」
「ふむ……そうじゃな」
ヴァーバは作業の手だけ止める。
「あの子たちの両親のことは?」
「偶然だけど、お墓参りをさせてもらった。そして、亡くなった原因とかを聞かせてもらいました」
「では、それに加えて情報を伝えようかの。しかし、気分を害する可能性もあるから遠慮せずに言っておくれ」
「心の準備だけはしておきます」
「ではまず、魔物という存在は希少な存在を優先的に狙う存在じゃ。【魔法】や【霊法】を発現できる人間を。じゃから、この村で唯一のあの子らの両親が狙われることとなった」
「だけど、自分も反撃されるってわかってないのか?」
「そこはどうなんじゃろうな。そもそも、なぜ希少な存在を狙うかは不明じゃからの。発現できるようになると、一般的な人間とは何かが変わるんじゃろう」
「まあ、話せもしない生き物と意思疎通は困難だろうから」
「それがの、個体によっては話すことができるのじゃよ」
「え」
突拍子もない返しに、ユウトは口をポカンと開けて――数秒ほど考えてなんとか腑に落とす。
現実世界のゲームでも、人間と同じ言語を話すモンスターが存在していたことを思い出し。
「隊長さんが、あの子たちの遺体を発見したとき去り際に話していたから間違いない。そして、赤目の狼だったらしいのじゃ。じゃが、狼と言っても大きさが違えば似ているものもおるからの、警戒のしようがない」
「それはたしかに。そもそも赤目って言うのも、光の当たり具合でそう見えるだけって話でもあるし。でも、フェリスたちの両親が勝てなかったというのに、食料のためにたった1人で森へ向かわせるのはどうなんだ……」
「それはそうじゃの。じゃが、リリィナもあの様子じゃからフェリスも割り切って役を担ってくれている」
「まあ……こればっかりは飲み込むしかないんですよね」
弁えるしかない。
ユウトは、まだこの世界に来て日が浅いだけならず、この村へ来てもまだ日が浅い。
そんな人間が、この世界で生きている人間たちの存在や価値観を説いたところで誰も耳を傾けるはずもなく。
納得はできずとも、自分の有り方は慎重にならざるを得ない。
自分も村人と同じで何もできない立場であり、この村から追い出されたら次の日を迎えることすらわからくなってしまうのだから。
「少しだけ話の傾向を変えて。魔物というのは希少性を好むということから、【星降り人】が扱うスキルには非常に敏感という話は聞く。【魔法】や【霊法】を目の前で使われていたり、使用できる人間が目の前に居たとしても」
「その話、俺にとっては肝が冷えるほど怖い話ですよね。それって、俺が魔物の前で……」
「ん? どうかしたのかの」
この地に降り立ったときのことを思い出す。
今の、そして今までの情報が全て思い当たる点があまりにもありすぎて。
「魔物は特徴的な赤目をしていて、【魔法】や【霊法】が目の前で使用されていても、スキルを察知したら最優先で狙われる」
「そうじゃの」
「俺がこの世界に来て最初に遭遇した獣と、共通点がありすぎると思いまして」
「な、なんじゃと」
「説明した通り、そのときはフェリスがどうにかしてくれて、逃げることができたんです。でも、コルサさんにお願いして、それらしき獣を討伐してもらって」
「なら大丈夫じゃろう。隊長が負ける相手ではないと思うしの」
「みんながそう言うんだから、たぶんコルサさんはそれほど強いんだと思いますが、本当に大丈夫なのですか?」
「王都の騎士団長じゃからの。もうそれだけで実力は証明されているとしか言えぬ。じゃが、倒したことを知っているということは、隊長とその後に話をしたということじゃろ?」
「はい、たしかに」
事項を確認していくにつれて、ユウトは眉間に皺を寄せる。
それを観ているヴァーバは、どうしてそんな険しい表情を浮かべているのか、と疑問に思う。
「そもそも魔物ではなく獣じゃったから、結界を通り越して村の中に持ってくることができたのじゃろ? 心配することはなかろう。たしかに、森に魔物が居る可能性は残ってしまうが」
「たしか、魔物って執念深いって言うか思慮深いって言うか、たしかそんな感じでしたよね」
「そうじゃな。だからこそ、あの子たちの両親がやられてしまったのじゃ。生前はかなりの使い手じゃったのじゃぞ。この村を結界を創り上げるほどの成果も残しておるし」
「……もしも、もしもなんですけど」
「そんなに汗をかき始めて、どうしたのじゃ」
「魔物が獣に寄生して、なんらかの手段を用いて結界の判定をすり抜けてくるとかってできると思いますか」
「うーむ……可能性がないとは言えぬの、何事も――ユウトやい、そのもしもが起きたら村は壊滅じゃぞ」
「ですよね。まあ、ただの仮説ですから。そんなことが起きたら、結界の加護が魔物が暴れ回れる籠になっちゃいますから――ん?」
ユウトとヴァーバは、何やら遠くから聞こえる声に目線を外へ向ける。
「何かあったんですかね」
「……様子を確認しに行かなければならない」
ヴァーバは、ユウトと同じく険しい表情となり、立ち上がる。
「ユウトやい、一緒に来てほしい。じゃが、走る心構えはしておくのじゃ」
「え?」
「いいから、何が起きても走れるよう心の準備をしておくのじゃ」
「はい、わかりました」
2人は急ぎ、家を後にした。