「これで心置きなく森散策ができるな」
「でも、油断しきっちゃうのはダメだからね」
「森の熊さんとか?」
と、冗談交じりにユウトは笑いながらフェリスに問いかける。
「うん。遠くから見てるだけだとかわいい感じがあるけど、襲われたらひとたまりもない感じの。あと、猪とかも怖いよ。身長が低いからって油断していると、凄い勢いの突進と牙で足に深手の傷を負っちゃうんだから」
「うっわ……マジかよ」
「マジだよ、マジ」
ユウトは、元の世界で間近で観たことはないが容易に想像できる獣たちを想像し、それぞれが及ぼす危険性が脳裏に過って震える。
「でも、あの獣が居なくなったのが確定しているから、こうして森の中を堂々と歩けるよな」
「そうだね、あれは獰猛というか凶暴だったから」
2人は晴れ晴れとした心で森の中を闊歩。
フェリスは自身の警告通りしっかりと短剣を携帯して警戒心は忘れず、ユウトも戦力にはならずとも一応は木剣を腰に携えている。
「そういえばさ、どうして空間に収納できるのに籠を持って来てるんだ?」
「あー、これね。私たちの分は空間に、みんなの分は……」
「まあ、あれだ――ごめん。フェリスのことを本人以外から聞くのは違うとは思ったんだけど、置かれている状況とか諸々は把握済みだ」
「……そうだったんだ。でも大丈夫、そんなことで怒ったりはしないよ。だって、ユウトはそういうことを聞いたとしても私たちと普通に接してくれているから」
「当たり前だ。これは、情とか恩じゃない。俺がこうしたいと思ったから、たち振舞っているだけだ」
「ユウトって、優しい~」
「それで、じゃあその籠が村人へ渡すものってわけか」
「うん、そういうこと。空間から出したりすると、みんなは怖がったりして食べなくなっちゃうから」
「……」
自分たちは身の危険を感じるから森へは行けず。
ならば、と【霊法】を使用できるというだけで、たった一人の幼気な少女を森へ向かわせる。
しかし彼らにとっては、能力を有するということは得体の知れない存在であり遠ざけておきたいという。
そんな、あまりにも身勝手さを押し付けるだけではなく、当事者であるフェリスまでもが理解してしまっていることに、ユウトは憤りを感じずにはいられない。
しかし今ここでそれを露にしてもフェリスにとって有益ではなく、せっかく訪れた平穏を無下にしてしまう。だからユウトは、見えないように拳を握り締めるだけに留める。
「それにしても、ビックリだったよ。まさかユウトが【魔法】か【霊法】が使えるようになっちゃったんだから」
「俺も自分のことながらに信じられない」
「でもでも、あの感じを見ると【魔力】と【霊気】をどっちも扱える感じだから、名前はどうなるんだろう?」
「言われてみればそうだな。どっちかに適応しているから、どっちかが使えるわけだし。てか、俺みたいにどっちも使える存在って居たのかな」
「んー、どうなんだろ。あんまり外の世界は知らないから」
「ま、まさか俺、凡人の枠を飛び出しちゃったんじゃ――なーんてことがあるわけもないだろうけどな。現に、どっちも使えたらもっと凄いことができるだろうに、発現させられたのはしょぼい火花ぐらいなんだし」
何度か試行錯誤してみたが、ユウトが発現できたのは火花程度。
それによって引火させることができたわけでも、連発できるわけでもなく。
じゃあ風を吹かせてみようと試みたところ、もはや拭いているのかすらわからない感じに終わってしまった。
「でも確かにそうだよね。普通は片方だけだけど、両方扱えるなら今後はどうなっちゃうんだろう。伸びしろがあるってことだね」
「そうであってほしい。でもなぁ、女神が気軽に与えるスキルだし高望みはできなさそうだけど」
「その女神様も、話を聞けば聞くほど酷いよね」
「俺が言うのは別にいいとして、この世界では女神って敬われたり崇められたりする存在じゃないのか?」
「そうしている人は居ると思うよ。でも、少なくとも私とリリィナは神様という存在を信じてないよ。でも、ユウトが間違いなく存在するっていうんなら居るんだろうけど。少なくとも私たちは、祈ったり願ったりはしないかな」
「なかなか尖っている思考だけど、俺と一緒ってことだな」
「ユウト、あそこに沢山あるよっ」
「おう」
2人は小走りで山菜が沢山生えている場所へ向かう。
「これもこれも、あれよあれよ」
「これとか美味しいんだよね」
「これも知ってる、これも知ってる」
次々に野草や山菜などをひょいひょいと籠の中に入れていく2人。
「てかさ、村の人たちは畑とかやってないのか?」
「やってるよー。でも、やっぱり人数的に足りないからね~。お腹が空きっぱなしは辛いから、私が頑張ってるの。お肉とかもね」
(この様子から察するに、たぶんフェリスとリリィナは村人からお裾分けとかもらってないんだろうな。本当に、どうかしている)
「もしかしてだけど、2人は動物の解体もできちゃったり?」
「できたらよかったんだけど、残念ながらできないんだよね。村長とか村の人がやってくれるの」
「まあ、それが正解だ。こんなかわいらしい少女に、血生臭いことをやらせたらそれこそ罰当たりだ」
フェリスは「かわいらしい少女」と唐突に言われたものだから、顔が火照っていく。
それに加え、感情の昂りに合わせて耳はピーンッと立ち、もふもふな白銀の尻尾は左右へ激しくふりふり。
しかしユウトは、サラッとそんなことを言っておいて独りでに憶測を広げていた。
(単純に毛皮を剥いで生活用品にする、という話はわかるが、根こそぎ村人たちだけでわけようって根端なんだろう。生きていくためには仕方ないとはいえ、フェリスとリリィナだって生きているんだぞ。でもさすがは村長だな。それを見越して、自分が率先して役割を担うことによって溝を深めることなく2人に食料を分けているんだろう)
そんな上手い立ち回り方に感心すると同時に、自身が今後目指すべき在り方を定めた。
(俺は、第三者から観る異様さを怒りに任せて訴えるんじゃなく、村長のように、互いの溝を深めずに少しずつ歩み寄ってもらうこと。【星降り人】という稀有な存在だとしても、示すだけの力はないしカリスマ性もない。こんな凡人にできることは、可もなく不可もなく等身大にやっていくことだな)
「なあフェリス」
「ひぁう」
「ひぁう?」
「い、今のは忘れて! どどどどどうしたの?」
「どうした、急に動揺して」
「い、いや? そんなことはないよ? それで、どうしたの?」
返事はあるものの、目線が合わない不自然さは気になるが話を続ける。
「ここから先は、さすがに危ないか?」
「危ないと言えばそうだけど、今なら大丈夫じゃないかな」
「じゃあさ、完全なお荷物な俺が言うのは変だけど。先に進んでここら辺のことを少しでも理解したいんだ。ほら、これからフェリスと一緒に行動するわけだし、完全なお荷物から脱却するためには知識を増やしたい」
「本当に危険かもよ……?」
「逃げ足だけは自信があるから、危険な状況になったら男を捨てて一目散に逃走する」
「そんな宣言を聞いたらダメって言うべきなんだろうけど、本当にそうしてくれるならいいよ。でも、本当に危ないかもだからね」
「ああ、そのときが来たら惨めに全速力で退散するさ」
ユウトは、自分でも恥ずかしいこととは理解できているが――ニカッと笑って拳で自分を叩いた。
その行為は紛れもなく意気地なしのすることで、危機的状況になったとして本当にそうしたら人間としてどうなのかと問われることも。
しかしユウトはこうも思う。
危ないから行かせなくない、というのは理解できるが、それとは少し違った
まるで、ここまで言って断ってくれるなら、という意味があったのでは、と。
「じゃあ、ここからは武器は出したままにしてね」
「ああ、フェリスとリリィナが作ってもらった御守りに頼らせてもらおう」
「私から離れないでね」
「もちろん」
なんとも情けない返しをしたユウトは、言いつけ通りにフェリスとの距離を縮めて歩き始めた。