「というわけで、短い間だったけど私は今日で村を発つ」
「はやっ」
いつも通りに村付近で山菜の採取を終えた後、いつもの湖で集まっている4人。
「といっても、隊長が何かやると言って森に行ったから道中で待機することになるけど」
「あー。それ、俺が頼んだやつだ。フェリス、俺と最初に出会ったときに対面していたあの獣についてだ」
「あの怖ーい獣ね」
「あれをコルサさんに討伐してほしいってお願いしておいたんだ」
「なるほど、であれば納得。周辺の安全確保も私たちの任務だからな。であれば安心して待機できる」
「マキナがそう言うってことは、やっぱりコルサさんは強いんだな」
「私なんて足元にも及ばない程度ぐらいには」
「うわっ、マジかよ」
「ええ、マジですよ。ふふっ」
(あかーん! 美少女が変な言葉を覚えちゃう。ヤバいぞヤバいぞ)
こんな和んだ雰囲気の中、コルサの名前から昨晩のことを思い出してしまう。
「なあ、マキナは2人について――知ってるんだよな」
「……隊長から聞いたか」
「ああ」
なんのことか瞬時に理解した2人からはスッと笑顔が消えた。
「だが、私はそれら事情を聴く前に2人と仲良くなり、友となった。そして、それを知ってもなお関係性は変わらない。ユウトだって、そうなんだろう?」
「ああ、フェリスに命を救ってもらった恩は忘れないし、2人が作ってくれた弁当は何度だって食べたい」
「だったら別にいいじゃないか」
「違う、俺が言いたいのはそんなことじゃない。騎士団がどれだけの力や権力を持っているのかはわからない。コルサさんだって悩んでいるっていてたけど、このおかしい状況をどうにかできないのか」
「……少なくとも、私にはどうすることもできない。私たちが滞在している期間だけ村人に呼び掛けたとして、従ってくれる人間はいるだろうが、その後はまた元通りだろう。悲しいが、そういうものだ」
「じゃあ他に手段はないのか。感謝もされない、今の歪な状況はあまりにも2人が報われなさすぎる」
ユウトは、自分が身勝手なことを申し出ていることは重々承知だった。
荒げた声でマキナへ投げられた言葉は、自分にそのまま返ってきて「じゃあ自分は何をしている、何ができる」と心に突き刺さり続ける。
自身の無責任さを棚に上げ、他責へと変換し。
しかし、それは風に揺れる木々や小鳥たちの可愛らしく楽しそうなさえずり――という平和の象徴が、己の惨めさを実感させる。
「……悪い。まだ感情の整理ができてないみたいだ」
「いいさ。私も最初はそうだった。どうにかしようと、なってほしいと村人に言い回ったがダメだった。やるせない感情の行き場をどうしたらいいのかわからなかった」
マキナもまた、自分の無力さを噛み締めるように拳を握る。
「だが、ユウトは2人のことを想っているからこそ熱くなれるんだろう。私も同じだ。それに、ほら」
マキナが顔を横にクイッとするものだから、ユウトはその意味を確認するべく目線を移動させた。
「そこまで声を荒げても止めに入らない2人は、暗い雰囲気が漂っているはずなのに随分と嬉しそうにしている」
「えへへ、だって素直に嬉しいかったから。ユウトは恩があるとかって言ってるけど、それじゃない真っ直ぐな気持ちが伝わってきたよ」
「わたくしも凄く嬉しかったです」
頬をほんのりと赤く染めた2人は少しだけ俯いていて、パッと見ただけでも恥じらっているのが伝わってくる。
そこまでわかりやすいものだから、ユウトも自分が放った言葉に顔が熱くなってきてしまう。
「いや、その、そういうのじゃなく……はないんだけど、なんというかその」
まるで告白をし終えた男女のような、そんな初々しい空間が広がってしまった。
「まあそういうことだ。体調も問題視してくれていることだし、時間はかかってしまうかもしれないがきっと上手くいくはずだ」
「マキナって、なんだか思っていたより柔軟性があるんだな」
「いやいやいや、ユウトその感覚は間違っていないよ」
「え?」
「マキナ、今はこうだけどずっーと村の人たちに声をかけ続けてたんだよ。村に来る度、絶対に」
「それだけではありませんよ。少しでもフェリスの負担を減らすため、ずっと森で獣を討伐し続けていたりしましたから。しかも照れ隠しで『これは食材としてちょうどいいと思って』と言っていましたから」
「あのときは私も必死だったんだ。剣の技術もそこまでなかったし、力も強くなかったから」
「でも、そのときはみんなで鍋でお祭りになってみんな楽しそうにしてたけど」
「ふふっ、そうね。でも、あれはあれで一つの解決策だったのかもね」
全員の顔に再び笑顔が戻り、和やかな雰囲気が戻ってくる。
リラックスし始めた状況だからこそ、ユウトはふとした疑問を口に出す。
「なあ、結界について思ったんだが。水があるってことは、少しぐらいは流れ出ちゃうものだろ? そういう場所って侵入されたりしないのか?」
「んー、どうなんだろう。獣とかは、時々飲みに来たりしているけど、魔獣とかは通過できちゃったりするのかな」
「前例がないからどうなのかしらね。魔獣とか魔物に対して抵抗できたり拒絶するための結界だけど、そのどちらも同じ反応かはまだわかってないし」
「でもでも、一応だけど結界はおっきい球みたいになってるから、地面から入ってくることはできないんだよ」
「ほえー」
「魔獣は、少なくとも結界に当たったら離れていくと思う。だが、魔物はどうなんだろうな。やつらはどれぐらいかわからないけど考える力を有しているから、人間が住んでいる場所を見つけたらあの手この手で侵入する手段を模索してくるから厄介だし」
「ちなみに、魔物ってどれぐらい強いんだ? マキナなら余裕?」
「いやどうだろう……魔獣と違って、魔物は個体差があって情報がかなり少ない。言ってしまえば、人間と似ているかもね」
「で、でもコルサさんだったら大丈夫だよな?」
「ああ、それは問題ないだろう」
「安心……と言いたいところだけど、マキナでも勝てるかわからないって怖すぎるな」
あのとき見た獣より恐ろしい存在がこの世界に居るという事実は、ユウトの体に鳥肌を立たせるには十分な情報だった。
「しかも個体によっては【魔法】や【霊法】に耐性を持っていたりするし、逆にそのせいでその二つに対して敏感な反応を示すこともある」
「過敏症的なやつか」
「ああ、戦闘中でもそれらを感じ取ったら反応してしまうぐらいに」
「たしかに人間と似ているな」
と、ここまで話を終えるとマキナはスッと立ち上がる。
「さて、そろそろ発たなければ。隊長と待ち合わせしている場所に遅れてしまう」
「お弁当、隊長さんと一緒に食べてね」
「ああ、そうさせてもらうよ。いや、もしかしたら隊長が到着する前に私が全部食べきってしまうかもしれないが」
「ふふっ。最初からそのおつもりでしょうに」
「2人が作ってくれた弁当は格別だからね。体に染み渡るだけではなく、幸せが全身を駆け巡るから」
「なんですか、そのおかしな表現」
「マキナ、俺ならその気持ちわかるぞ。永遠に首を縦に振り続けられるぐらい」
「さすがはユウト、わかってくれるか」
まさかの、こんな場面で謎の友情が湧いて握手を交わす2人。
「ユウトとは今後とも仲良くしていけそうだ」
「マキナ、俺も同じ気持ちだ。よろしくな」
「ああよろしく」
清々しい表情で握手を交わす2人を、なんとも言えない感情を抱きながら微笑むフェリスとリリィナ。
「じゃあ3人とも、そう遠くない日にまた会おう」
「うんっ。マキナ、またねっ」
「マキナさん、お元気で」
「次に会うときは今よりちょっとぐらい強くなっているから、またほどほどに稽古をつけてくれ」
「ああ、そのときを楽しみに待っている」
「本当に、手加減してね」
「もちろん、わかっているさ」