「……」
ユウトは独り、ヴァーバ宅の裏に設置してあるベンチに腰を下ろす。
「はぁ……俺、なんなんだろうな」
武をもって闘うことはできず、【魔法】を発現させることはできなく、【霊法】を使えるわけじゃない、無力な自分。
健気に自分の役割を果たしている彼女たちに借り続けている音の返し方も知らない、情けない自分。
彼女たちが村でどういった目を向けられているか知ったところで、何かを行動することもできない、愚かな自分。
女神から間違って転移させられ、挙句の果てに使用用途もわからないスキルだけを与えられた、惨めで哀れな自分。
あまりにも自分という存在に価値がないことを実感し、ついさっき彼女たちに作ってもらった木剣を、ただ握り締めて見つめることしかできない。
「何かしたいと思いながら、何もできない自分。誰かに価値を見出してほしいと願いながら、それ相応のこともできないなんて、本当にめんどくせえ人間の一面そのまんまじゃねえか」
ただ愚痴を零すことしかできない自分に、さらに腹を立てる。
「本当、凡人ってただ謙遜の意味を込めて自称していただけなんだが、本当今の自分にピッタリな言葉じゃねえか。こんなんで、どんな顔して生きていけばいいってんだ」
元の世界であれば、学生という枠に収まることで自分が何者なのかを考える必要がなかった。
『何者である必要はない』、なんて言葉で誰かが誰かを励ましているのを観たことはあり、その言葉の意味を考えることをしなかったユウト。
しかし今、本当の意味で何者でもなくなってしまったからこそ、何者かになりたいと願ってしまい、何者かであらねばならないと焦燥感に苛まれている。
「何かを考えなくちゃいけないんだろうけど、何をどう考えたらいいのかわからねえ。ははっ、勉強みたいに答えがあったら楽なんだけどな……」
ユウト自身は、ネガティブに物事を考え続けていることに気が付いている。そして、それがマイナスな考えに繋がり続けてしまうデメリットも理解していた。
でもだからといって、ポジティブになれることはなく、プラスに考えられる状況でも材料もない。
そして今、自分にできることを精一杯に考えてみた結果。
「――素振りをするか」
何かできることに没頭し、思考を放棄し試行すること。
「剣道はやったことがない。だが、テレビとかで少しだけ観ていた真似事ぐらいならできる」
木剣を正面に構え、左右一歩ずつ前へ出て剣を振り下ろし――足を戻してもう一振り。これをただひたすらに繰り返す。
当然、体の使い方、力の加え方、目線、息、それらの知識は皆無であり、言葉通りにただの真似事でしかない。
経験者から観たら手直しを加えたくなる行動でも、ユウトにとって『強くなるためには』と一生懸命に考え尽くした答えなのだ。
「なんだか、凄いな。拾った枝の重さが腕に残っていたし、マキナとの訓練で持っていた木剣の重さを覚えているから重いと思っていたのに、意外とそんなことはないな」
と、素直な感想を吐露する。
羽のように軽い、というわけではないが、見た目より半分の軽さであり、中肉中背なユウトが振り回しても体が持っていかれることがない。
「でもこれだったら」
まだ始まったばかりではあるが、勝手に強くなるため一歩進んだと錯覚してしまう。
「なんだ、全然元気そうじゃないか。心配していたんだがな」
「どぅわぁ!?」
急に背後から声をかけられるものだから、ユウトは奇声と共に体をビクッと跳ね上がらせ、振り返る。
「なんだ、コルサさんか」
「なんだとは失礼な。せっかく心配していたのに」
「はいはい。そのご厚意、痛み入ります」
「かぁー、可愛げのないご挨拶だこと」
「それで巡回はもう終わったんですか」
「まあな。ついでにフェリス嬢ちゃんとリリィナ嬢ちゃんのところにも寄ってきたぞ。マキナはもふもふにデレデレだったが」
「あの鬼が、まさかそんな」
「ああそうそう。マキナから話は聞いたぜ? 随分とボッコボコにされたんだってな」
「んぎぎぎぎ、要らぬことを告げ口しやがって……」
「それと少年はまだ若いんだってな。ちょうどいいし、マキナとも仲良くしてやってくれないか」
コルサからの提案に対し、心底、これでもかと顔を歪ませて嫌そうな表情をあからさまにアピールするユウト。
当然、出会って間もないであろう人間がそんな表情をするものだから、「そこまで? そんなに?」とマキナの性格が心配になってしまうコルサ。
「マキナは、あのまんまでさ。周りは貴族だの金持ちだのって中で、たった一人平民の出なんだ。しかも人一番、正義感を宿していた全ての言動に責任を持っている。裏表のない性格っていうかさ」
「まあ、性格の面はそうなんでしょうね。嘘が付けないというか、間違っていることをそのままにできないっていうか、全ての行動に責任が生じるのを理解しているっていうか」
「そうそう、そういうこと。それでしばしば衝突することもあるんだが、だが、ああいった人間が居ないと世の中は捻じ曲がってしまうんだ」
「……わかりますよ、言いたいことは。まさに、この村でもそれを証明されてますから」
「ユウト君、自分では謙遜していたが頭がキレるようだ。さっきも驚いたが、君はあのお嬢ちゃんたちのことを想って、何かできないかとまずは素振りを始めていたのだろう?」
あまりにも図星を突かれた内容に、ユウトは逆に恐怖心を覚える。
「もしかして、心の中を読めるんですか」
「いやいやそんなことはない。いろんな人と接するとね、そこそこ相手が何を考えてその行動をするか察しやすくなるものだよ」
「言いたいことはわかりますが、その的確さは怖いですって」
「あははっ、今のは褒め言葉として受け取っておくよ」
「どうぞお好きに」
コルサがベンチに腰を下ろし、ユウトへ手招きをする。
「小休憩でも挟みながら、せっかくだ。彼女たちを大切に思ってくれている君に、村の全貌を教えるとしよう」
「なんですか、それ。あんな話を聴かされた後に、もう驚くことはないですよ」
「まあ、それは聞いてからのお楽しみかな。後、たぶん俺を嫌いになるかもしれないが」
「コルサさんが悪いことをしているんじゃない限り、そんなことにはならないでしょ」
「そうなることを願っておくよ。さて、この村に張られている結界についてはもう把握していると思う」
「ええ、そのおかげで生きていられますから」
「じゃあその結界は、どのようにして維持されていると思う?」
「なんですかその問題。こっちの世界の人間じゃないんで、わからないですよ」
「そうだね、たしかに意地悪な話だった。だが、冷静に考えてみるんだ。察しがいい君なら何かを導き出せるんじゃないか?」
ユウトは「んな無茶な」と内心で呟くも、思考を巡らせてみる。
(結界があるって事実から逆算するぐらいしかないよな。得体の知れない道具によって結界が維持されているのが自然だけど、たぶんそれだったらそういうはず。じゃあ別の要因があるはずだ――そう、ここまで出てた情報を精査すれば出てくるような感じで。であれば、関係しているのは人物と【魔法】と【霊法】なんだろうな。村長はたぶん除外していいんだろうし、マキナは村に住んでいるわけでもないからコルサさんも関係ない。いや、もしかしたら定期的に訪れるということは道具の調整をしているってことなのか……? たぶん違うんだろうな、それだったら安易すぎる)
ついさっきまで抱いていたネガティブな感情に引っ張られ、最悪な考えに至ってしまう。
「まさか……」
「お」
「フェリスとリリィナに関係しているんですか」
「期待通りに辿り着いてくれるね。ああそうだ、嬢ちゃんたちが結界を維持しているんだ」
「……」
ユウトは、数少ないヒントからリリィナが言っていた「私がもう少し強力な魔法が使えたら」、という発言があったから想像できてしまう。
「フェリスの嬢ちゃんが森へ食材を調達している間は、リリィナが一人で担っているって感じにだ」
「それはあまるで人柱じゃないですか。感謝もされず、報われもしない。ただ村に住む人たちのため尽くし続けるだけなんて、あまりにも残酷で理不尽すぎませんか……」
「そうなんだ、そうなんだよ。だから俺も悩んでいるってことなんだ」
「それを聞いてコルサさんに対して怒ることなんてないですよ」
「まあそれはそうか」
コルサは予想とは外れてしまった展開に、腕を組んで背もたれに寄りかかる。
「あ、そうだ」
「ん?」
「コルサさん、この村付近に我が物顔で歩き回っている獣が居るんですよ。討伐してもらうことってできないんですか?」
「ああ、それぐらいだったらお安い御用だ。騎士団の名は伊達じゃないからな。明日にでもちょっくら討伐しておくさ」
「よかった。ありがとうございます」
「あーあれか、君が襲われたって獣の話か」
「なんかこう、上手く説明できないんですけど――ドデカい狼で、俺なんかは一瞬で消し飛びそうな感じで、真っ赤な宝石みたいな眼をしていて」
「あー、あの狼か。放置していたわけじゃないんだが、どこかに逃げられりまって姿を消していたんだよな。ん、最後になんて言った?」
「真っ赤な眼?」
「……そこが気になるな」
「何が?」
「いや、さすがに気のせいだと思うが。まあ、明日になったらわかることさ」
「じゃあ、よろしく頼みます。あいつが居なくなったら、少しはフェリスも楽になると思うんだ」
目を丸くしてユウトへ視線を向けるコルサ。
「鎌を掛ける真似をしてみたんだが、こりゃあ正真正銘だな」
「なんすか」
「まさか、出会って間もない相手にそこまで考えてやれるなんて、君も相当なお人好しだよ。嬢ちゃんたちに並ぶぐらい」
「そんなことはないですよ。少しでも恩を返せたらなって思ってるだけです。少なくとも、今の命があるのはフェリスのおかげなんで」
「あははっ、それをお人好しっていうんだよ」
「からかわないでください」
「悪い悪い。まあ、そんなところだ。明日に差し支えない程度にしておくんだな。俺は先に戻ってるから」
「わかりました。って、コルサさんも村長の家に泊まるんですか」
「ああ。ユウト君と同じ部屋だ、ぜ」
「うげっ、勘弁してくださいよ」
「仲良くなった記念ってことで」
「うええええええええええ、男と二人で一部屋なんて嫌だああああああああああ」