「それで、ちょうどいいところにあった木の枝を剣に素振りをしてみる、と」
「うんうんっ。なりふり構わずでもいいから、やってみよー」
「目を逸らさず、しっかりと見ているがいいさ。俺の醜態をなあ!」
ユウトはまず、上段から枝を振り下ろす。
「重っ」
次に、野球の素振りをやってみる。
「うわっ」
勢いと重さに体が持っていかれ、その場で2周してしまう。
「どうだ、これが俺の実力だぜ」
「なるほど~。でも上出来じゃない?」
「そうね。ユウトさんが言っている通り、若干のぎこちなさはあるけど。でも、力を込めてほぼ狙い通りに動けているのなら、初心者にしては良い動きをしていると思います」
「え、なんで俺は今こんな動きをしただけで持ち上げられているだ? お願いだから、変な気だけは遣わないでくれよ?」
せっかく自分が傷つきすぎないよう自虐をしていたというのに、傷口に優しさを塗ってくれると逆に染みてしまう。
そんな心境のユウトは、なんの物理的なダメージを負ってはいないが「うぐっ」と言いながら上着の胸部分をギュッと握り締めた。
「ちなみに、フェリスは狩りをする必要があるのでナイフなどの刃物であれば器用に扱えますが、わたくしは包丁以外の刃物はほとんど触ったことがありません。なんなら、ユウトさんより枝を振るのが不格好だと思います」
「そうだよー、私で言ったらナイフとか小さい刃物は扱えるけどそれより大きい剣は全然扱えないし、包丁なんて全然ダメダメなんだから」
「しかし、その理論でいくとそのどれも扱えない俺にとっては……むしろダメージを負うのでは」
と、独りでに心へ追加ダメージを負うユウト。
「とりあえず、マキナからは剣術を教えてもらうとしまして。次はわたくしたちが面倒をみることができるものを試してみましょう」
「お、きたきたきたっ!」
「じゃあまずは私からっ。霊法のお時間でーす!」
ぴょん、とフェリスがユウトの前に飛び出してきた。
「今のところ、全く使える気がしないけどワクワク、ワクワク」
「えっとね。少しだけ話をしたと思うんだけど、霊法は魔法とは全然違くて微精霊に語り掛けたりする必要があるの」
「というのはフェリスも把握しているんだけど、その目には微精霊という存在がハッキリと見えているわけではないって感じなんだっけ?」
「そうなの。伝承によっては、精霊とか大精霊とかっていう存在も居るらしいんだけど、それが本当なのかどうかもわからないの」
「まあでも、なんだか想像できるな。住んでいた場所の影響で」
「そんなこんなで、微精霊っていう名前の通りに使える霊法も強力なものはないんだ~」
「あの時見た感じの威力が限界って感じ?」
「そうそう。直接的なダメージを負わせるのはほぼ無理って感じかな」
ユウトは想像する。
(話だけ聴いていると、霊法は完全に精霊依存。精霊より上の存在はわからないが、微精霊を経て使用できる霊法は魔法以下。どちらかと言えば生活するうえで役に立つ魔法、ってな感じか)
「ん、ああ。なんとなく、ようやく理解した」
「お?」
「説明してもらった時はなんとなーく、で聞いていたからさ。空気中に漂っている魔力を、霊法も魔法も使用する。でも、霊法は精霊を介して、魔法は使用者本人を介して魔力を具現化させるんだな」
「おぉ~! 大正解! こんな短期間でそこまで理解できるの凄い」
「いやまあ、この答えに辿り着けたのは済んでいた世界のおかげだな。てか、そう考えるといろいろと面白いよな」
「何が?」
「なんていうかさ。どっちも使えない人が居る、ってのは理解できるんだけど。どっちかが使えるのに、どっちかが使えないってのが歯痒い制約だなって」
フェリスは、しみじみと唇を尖らせながら首を縦に振った。
「本当にその通ーり。魔法を使える人は、使用者の格が上がれば上がるほど強い魔法が使用できるようになる。それに対して霊法は、使用者がどれだけ強くなろうとも精霊依存だから何も変わらないんだ~」
「でもそれを聞くと、もしも精霊以上の存在が居るとしたらいい感じに均衡を保っているのかもな。ちなみに、その伝承では大精霊? とかってどれぐらいの強さだったんだ?」
「1撃で山が吹き飛ぶぐらいだったかな?」
「わーお」
「参考までに、魔法も強くなっていくとどれぐらいなんだ?」
と、ユウトは横に居るリリィナへ視線を移す。
「わたくしも直接見たわけでも使える人を知っているわけでもないのでなんとも言えませんが……噂程度で聴いたことがあるのは、『山を吹き飛ばした』とか『地形が変わった』とかですかね」
「は、ははは……異次元すぎるだろ」
同じ世界に生きている人間とは思えない怪物ぶりに、ユウトは全身の力が抜けていってその場へ座り込んでしまう。
「でもでも、そんなことができる人ってそこまで多くないからね。ほらほら霊法を見せちゃうよ~」
完全にやる気を削がれているユウトは、半眼のまま顔を上げる。
「精霊さん~、ここのお水をお願いっ」
フェリスが両手でお椀を作ったところに、ポンっと水が出現した。
「ほらほら、凄く綺麗でしょ? もちろん、飲むこともできるんだよ」
「こりゃあすごい」
「でねでね、このお水をパーッと空中に放り投げて――妖精さん、燃やしてっ」
「お、おぉ」
空中に散りばめられた水が、一斉に燃えて水が蒸発し、水滴が1つも地面に降り立つことはなかった。
「むむむ、今のは2種類のことをやったのか」
「おぉ、大正解。お水を出すのと、お水を燃やすのを同時にねっ」
「それって同時に霊法を使うことはできるのか? 例えば、水を出しながら燃やすとか」
「残念ながら、それはできないの。水を出して燃やすのはできるけど、水を出しながら燃やすことはできない。何かをやりたいときは必ず順序立ててやらないといけないの」
「ほほー」
「そ・れ・で、例外なのがスキルを持っている人なの。何人いるかはわからないけど、限りなく少ないってことだけはわかっているんだけど」
「例外っていうことは、普通はできないこと――右手から水を出し、左手から炎を出す、的なことができるってことか」
「そうそう。ちなみに魔法も一緒で、順序立てないといけないんだ~」
「スキル持ちが例外っていうぐらいだから、霊法と魔法が同時に使えたりするのか? まあ、そんなわけはないか」
そんな世の摂理を逸脱しているような行為があるわけないとユウトは高を括る。
しかし。
「それがねぇ、できちゃうんだよね~。しかも、役職を与えられている人たちは難なくこなせるみたい」
「えー……マジか」
「マジマジ」
「こんな純粋無垢な子が変な言葉を、こんなに早く使いこなせてしまっていることに頭を抱えたいところだけど、俺とあの人たちは同じ女神に召喚させられたんだよな? おかしくねえか? 理不尽すぎはしねえか?」
「まあでもほら、ユウトだってスキルを持っているわけだし。練習したらどっちも使えるようになるってことだよ、たぶん」
「たぶん、ねぇ……スキルもどうやって使えるかわからない俺が、できるもんかね」
「まあまあ、まずは霊法からやってみよ?」
フェリスに手を差し出され、ユウトはクイッと持ち上げられるように立ち上がった。
「霊法は、難しいことを考えないことが大事らしい? よ。微精霊に語り掛けて、やってほしいことを言葉にする。やり方はこれだけかな」
「お、おう。――精霊さん、どうかこの手に水を出してください」
「……」
「……」
「……」
沈黙と静寂が訪れ、ユウトが作った手の平のお椀には何も起きず。
「……え?」
「あっれー?」
「ユウトさん、別のことで試してみましょう」
「それじゃあ――この小石を、燃やしてください」
ユウトは足元にあった、指で摘まめるぐらいの小石を拾い上げ、ソッと宙に放り出す――も、何も起きることなく小石は地面に着地してしまった。
「了解。俺、霊法も使えないみたいです。もうおしまいです」
「ユウトさん大丈夫ですよ。霊法も魔法も適性があってもすぐに使いこなせるものではありませんから」
「なるほど?」
「なので、とりあえず魔法の練習をしてみましょう」
「はいわかりましたよろしくお願いします」
リリィナへ視線を向けているが、意識はどこか遠くへ向かい始めていた。
「まず、魔法は霊法のように言葉は必要がありません」
「ほほう、呪文詠唱のようなものはないのか」
「……世の中には、【呪法】というのも存在はしていて、唯一詠唱を必要としています」
ユウトは新しい単語に興味を引かれ、一気に焦点が戻る。
「それは置いておいて。魔法は想像力が大事になってきます」
「ほうほう」
「魔法を発動させたい場所を明確に、魔力の形を想像して具現化させるようになります」
「よし、今のところ全く意味がわからない」
「ユウトさんは粘土というのはご存じですか?」
「ああ、幼稚園児のときに散々こねくり回してた」
「幼稚園児? という言葉がわかりませんが、粘土を知っているというのは好都合です」
「あーごめん、とんでもなく幼いときに通う――学び舎と言ったら伝わるかな」
「なるほど、わかりました。ふふっ。ユウトさんの小さい頃、見てみたいですね」
「私も見てみたいっ。よしよーしって頭を撫でたりっ」
フェリスとリリィナは目線を合わせ、優しい表情で笑みを浮かべる。
「話が逸れてしまいましたね。変な話ですけど、粘土が空中に散りばめられていると思ってください」
「はい」
「そして、その粘土を出現させたい場所に集めるようにして意識を集中させます――そうすると」
「おぉ」
ユウトの目の前に、バシャァッと小さいバケツを逆さまにしたぐらいの水が空中から零れ落ちた。
「ここで注意点なのですが、使用者の技量によっては想像力が豊かだったとしても魔法は発動しません」
「空中にある魔力を具現化するための変換技術が必要的な?」
「素晴らしいです、一言一句その通りです」
「マジか、ニホンに住んでてよかった」
「マジなんです」
「あちょー、お嬢さん方――お願いだから俺の綺麗ではない言葉を学習しないでおくれー!」
「ふふっ、わたくしもつい使ってみたくなってしまいまして」
罪悪感に苛まれるユウトは、後悔の念に駆られる。
「それではやってみましょう。できるだけ小さな感じで想像して」
「一番小さいものを……そう、水滴なんかがちょうどいいんじゃないか」
「そうそう、その調子です」
(この場合、粘土というよりは水蒸気をイメージした方がよさそうだな)
意識を空中から地面へ移す。
「大きくなくていい、小さく、本当に小さい水滴を――」
「……」
「……」
「ど、どう……かな?」
「――これから時間をかけて練習していきましょう」
「はい先生よろしくお願いします」
「ユウト、気を落さないでね。私だって最初はいろいろと苦労したんだよ。もちろん、リリィナも」
「おう、慰めるのはやめてくれぇ……逆に傷口が開くから……」
「ご、ごめん」
もはや、ユウトはこのまま全速力で湖に突撃しようかと考えるも、それはそれで迷惑が掛かってしまうと断念する。
「それでは、気分転換に別のことをしましょう。そうですね、ここら辺を散歩なんていかがでしょう」
「はい……ぜひそれでお願いします」