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第9話『王都、正義を宿す少女』

 【王都グウェード】の中央にそびえ立つ、【王城キャンヴィル】の一角にある騎士団専用の稽古場にて――マキナは、本日も早朝から独りで訓練に取り組んでいた。


 紅色の髪を一本に後方に束ねている彼女は、特に珍しい訓練をしているわけではない。

 愛用している練習用の木剣を10回、100回――とただひたすら目線を真っすぐに素振りをしているだけ。


「ふん――ふんっ――」


 精神を研ぎ澄ませ、一振り一振りに集中。


「――よし、次」


 次に、様々な角度からの樹や木偶へ打ち込み。

 ほぼ毎日欠かさずやっているこの朝練も楽ではないし、木剣もこれで五代目。

 年頃の少女ということを一切気にすることなく、手に傷を負って血がにじんできていたとしても動きを止めはしない。


「はっ!」


 次々に標的を視界に捉え、雑念を捨てて木剣を振るも、溜まる疲労感に逆らうことはできない。

 さすがに休憩をとるため、石畳の地面に腰を下ろした。


 (私もまだまだね。こんなんじゃまだまだ強くなれない。もっともっと頑張らないと)


 白い布地の訓練着であったとしても、マキナは特に汚れを気にはしていない。

 後方に両手をついて体を伸ばすように天を仰ぐ。

 マキナは男勝りな性格というわけではないが、振り向いて欲しい意中の相手がいるわけでもない。

 両足もガバッと開いて、『みっともない』と注意されたらそれまでだが、何故かそれを注意する者はおらず。


 その代わりに届いてくるのは、少し遠くからの声。


「今日も練習してるぞ」

「うわあ、本当に凄いな」


 素直に聞き入れたら誉め言葉。

 しかし、その日々行われている訓練を快く応援している人間はそこまで多くないのが事実。


「今日も団長様からご指導、か」

「決められた訓練は俺たちもやってるんだけどな」


 無意識なのか、それともわざと声量を大きくしているのか。

 騎士団員の男たちは、愚痴とため息を零しながら通過していく。


(私がこうして頑張っているせいで、他のみんなが団長から全体指導を受けることになっているのは把握している。そして、みんなからどう思われているかも)


 では、全てを把握しているうえで他人に迷惑をかけている"努力"をやめないマキナは、自己中心的な思考であり小悪な性格なのか?


 否。


 彼女には強くなりたい、と一心に切望し、その目標を日々追いかけ続けているだけだ。

 そして、その向上心は国民を守護するためにある騎士団であれば、誰もが持っていて当たり前の心構え。


(でも、もしかしたらこんな人目につくような場所で訓練している私も悪いのかもね)


 そんな、努力している人間が要らぬ気を遣おうとしたときだった。


「今日も始めるのが早いぞ。もう少し、俺を敬ってはくれないのか」

「――隊長、おはようございます」

「心地よい空気、落ち着く静けさ、すぐ傍には燃えるように紅い髪の美少女。俺の黒髪も喜んでいるな」

「どうしてコルサ隊長は、そんな意味のわからない言葉がスラスラと出てくるのですか」

「娘との会話を円滑にするためさ。こう見えて、時間を見つけては若い子が好みそうな本を読み漁っていてね」

「それ、絶対に逆効果だと思いますよ」

「え、そうなの?」


 清潔感が溢れる青年コルサは、口をガバッと開けて肩を落とす。


「ならさー、同い年のマキナからありがたーいお告げ的なものをいただけたりしないかな? 俺、娘から嫌われたくないんだよぉ」

「残念ながら、毎日このように訓練をしている人間が、同世代の趣味嗜好を把握しているとでも思えますか? それとも、私は今、やんわりと煽られているのでしょうか?」


 マキナは、やっと呼吸が整ったところで木剣を杖にゆっくりと立ち上がる。


「まあまあまあ、落ち着いてよ。2人しか居ない部隊なんだからさ、仲良くしてくれなくちゃ悲しくなっちゃうぞっ」

「隊長であり師匠である隊長に向かって、そのような私情を向けることはありませんよ」

「それはそれで寂しいんだけどね」

「そもそもの話、私に気を遣う必要はないと思われますが」

「マキナはいろいろと把握しているうえで強がっちゃうのがねぇ。そういうところ、直さないとダメだよ?」


 コルサはグーッと大きく背伸びをして右目でウインクをする。


「そういうところ、人の心に寄り添える優しい子だからって見方もできるけどさ。逆に、自分だけが少しずつ疲弊しちゃうもんだよ、心が」

「私たちは騎士団です。国民を守るために戦い、国民のために存在しています」

「堅実かつ誠実なことは良いことだけど、一番大事なのは自分自身ってことも考えておかないとだよ」

「いつもだと既に稽古を始めているはずですが、本日は何かご要件でもおありですか」

「あー忘れてた忘れてた。そんな自己犠牲の騎士様に指令を持ってきたよーん」

「どういったものですか?」

「まあ、いつものだよ」


 ただそれだけの言葉を聞いたマキナは、自然とゆっくりまぶたが持ち上がった。


「はぁ……他の人と接するときも、それぐらい素直になってくれたら間違いなく苦労しないだろうにな~」

「なんのことでしょうか」

「いや、まあーなんでもないよ」

「それで、出発はいつ頃になるのですか?」

「そのあからさまな気の早さこそが、全てを物語っていると思うんだけども」

「よくわからないことは後でお願いします。明日ですか?」

「予定では明日出発、ということにはなっているけど。帳尻合わせで俺だけ明日に出発するから、マキナは今日にでも出発するのを許可する」

「本当ですか!?」

「ああ。出発したらどれぐらいで到着できるようになったかの試験も兼ねてってことで」

「そういうことでしたら仕方がありませんね。訓練が終わったら急いで準備をします」


 数少ない友人に会いに行くことが決まったマキナは、それはもう周りの空気も一緒にパッと明るくなっているように見えてしまうほど嬉しさが溢れ出ている。

 その、いつもの冷静沈着な印象を一瞬にしてガラッと変えてしまう、『好き』に一直線な感じは、17歳という年相応な反応。

 表情だけではなく、声色や足取り全てが浮足立ってしまうほどに。


「だが浮かれるなよ? 訓練はいつも通りに手を抜かないからな」

「私は浮かれてなどいません」


 コルサにかまをかけられ、マキナは一瞬にして表情を引き締めて木剣を正面に構える。


「なるほど、やっぱり年頃の少女は何を考えているかわからん。どうやったら、一瞬でそんな簡単に気持ちを切り替えられるものかね」

「隊長……いえ、師匠に勝利することも目標の1つとして掲げているものですから」

「これはこれは。俺の弟子は向上心の塊で嬉しいよ」

「時間が惜しいです。早く始めましょう」

「予定が決まった瞬間に――まあいいか。よし、始めるぞ」

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