「到着ーっ」
壁のような役割をはたしていた木々がなくなり、見晴らしのいい場所に到着。
一軒家、と言っていいほど大きい木造建築の家があり、その傍にはベンチや机、湖に少しだけ掛けられている橋があった。
「もはや別荘だな」
「そうですね。実はここ、ヴァーバさんが所有してた場所だったのですけど譲っていただいたのです」
「村長って凄いんだよ。ここら辺にある物、ぜーんぶ自分だけで作っちゃったんだって」
「え?」
ユウトはフェリスが言葉にした内容を信じられない。
なんせヴァーバの外見を大多数の人間へ質問したとしても、その全員が口を揃えて「老婆」と答えるに決まっているから。
「とりあえず座ろ~」
フェリスに誘導され、視界に入っていたテーブルと長椅子がセットになっている場所へ移動。
リリィナ専用と簡単に判断できる、傾斜の付いているベンチも横に設置してある。
「それも村長が?」
「いいえ、これはフェリスが作ってくれたの」
「村長ほど上手に作れている自信はないけど、一生懸命頑張ったんだよ」
「すげえ、少なくとも俺にはできないな」
「えへへ~。でも、村長が心配になって真横でいろいろと教えてくれたんだけどね」
「それでもすげえ」
銀色の尻尾をふりふりと振るフェリス。
ユウトは、心の中で「言っちゃいけないんだろうけど、見たまんま犬みたいで可愛いな」と思いながら、視線の先にある大自然を堪能。
だからこそ、言葉を選びつつも質問する。
「なんていうか、差別的な発言だったら本当にごめん。こっちの世界で、フェリスやリリィナみたいな人たちはなんて呼ばれているんだ?」
「全然大丈夫だよー。一般的には、【獣人】って呼ばれていてユウトみたいな人たちは人間って感じかな」
「なるほど。俺も知っている感じでよかった」
「それで、私は【狼種】、リリィナは【狐種】、村長は【兎種】って感じに分類されるの」
「ほほぉ~、なるほど。てかフェリスは犬じゃないんだ」
「ああもうっ! リリィナと同じこと言ってる!」
「ふふっ、ユウトさん。わたくしも全く同じことを思い、ぽろっと言ってしまいましたの。その気持ち、凄く共感できます」
「あ~やっぱり?」
「ですです」
「もーっ!」
フェリスは両拳を小刻みに上下させ不服なご様子。
本人は少し怒っているようだが、それもまた可愛らしい仕草なためユウトとリリィナは目を合わせてクスクスッと笑みを交わす。
「あっ、そうそう」
「ん?」
「今更だけど、ここに居るみんなは全員同じ歳だよ」
「え?」
「その疑問の意味は聞かないとして、ユウトは17歳って言ってたよね」
「ああ」
「私たちも17歳なんだよ」
「えぇ……」
「ねえユウト、なんでリリィナには納得しているような目線を向けて、私には驚いているかのかのような目線を送ってくるの?」
表面的にはユウトはそう表情に出すも、実は違った。
リリィナは綺麗な言葉遣いや落ち着いている様子から、実は少しお姉さんなんじゃないかと思っていて。
仲睦まじい雰囲気ではあるが、ほどよい距離感から血の繋がりのない姉妹みたいに思っていた。当然、姉がリリィナで妹がフェリスで。
「いやいや、全然そんなつもりはありませんよ? てかあれだろ、人間より、獣人の方が寿命は長いとか数え方が違うってやつだろ?」
「それがね、全くの一緒なんだよ」
「えぇ……」
「ほらやっぱり!」
ユウトは隠す気のない感情がだだ洩れになってしまい、フェリスに気が付かれてしまった。
「ユウトさん、ですので。わたくしに対してもフェリスと同じように接していただけるとありがたいです」
「まあ、そういうことなら」
「ですけど、わたくしの口調などはそう簡単に変えられそうにありませんので、どうか気長に待っていただけると嬉しいです」
「おう、期待して待つことにするよ」
「なんだかなー。なんだかなー、なんだかなー」
ユウトとリリィナのやり取りを間近で観ているフェリスは、自身との扱いの差を感じて頬を膨らませている。
「ユウトさん、食べ物の用意をしますのでほんの少しだけの時間、あちらの方へ行ってみてください。あの桟橋から湖の中を覗いてみると、凄く綺麗なんですよ。今すぐにでも飛び込んでしまいそうになるぐらい」
「ほほーう、それは興味深い。じゃあ行ってみるか」
フェリスとリリィナが風呂敷に包まれた弁当箱を広げ始めるのを確認したユウトは、オススメされた橋の方へと向かう。
と言っても、たった10歩で到着してしまうほど近く、そのまま3メートルぐらいしかない水面ギリギリの橋になっていた。
先端に到着するとリリィナが言っていた通り、底まで見通すことができるほどの透明感となっている。飲み水や浴び水としてそのまま使用できるのは一目瞭然。
しかも、立ったままでもわかるぐらいひんやりと冷えているのが伝わってくる。
(夏場とか、一日中ここに居たら最高だろうな。しかも俺、ちゃんと泳げるから楽しさ倍増に違いない――あれ?)
ユウトは、こちらの世界特有の疑問点に気が付いた。
(俺は普通に泳ぐとして。リリィナは……厳しいとして。フェリスが泳ぐとしたら、どうやって泳ぐんだ? 犬かき的な? 耳に水が入ると大変そうだし……くっ、めちゃくちゃ気になってきた)
誰がそんなことを気にするのか、という点が気になり始めてしまうユウト。
しかし、その疑問をそのままぶつけようとした時――ふと思う。
(待てよ。冷静に考えたら、こっちの世界に水着なんてあるのか? まああるのかもしれない。だが、この状況だと……そもそも、水浴びを一緒にする的な話と勘違いされるかもしれない。だとすれば、完全に俺は変態扱いされる――……よし、今のは綺麗さっぱり忘れよう)
そもそも四季的なものはあるのか、という別の疑問も思い浮かんできたところでフェリスからの招集が掛かかり、戻る。
「おぉ…‥」
戻ってみると、弁当箱計4個がテーブル状に並べられていた。
肉に山菜に米まで、実に様々な料理の品が箱に敷き詰められている。
ユウトは感動を覚えると同時に、食の文化が現実世界とそこまで変わっていないことに安堵した。
「ささっ、食べよ~っ」
「いただきます」
と、ユウトが手を合わせていつも通りの挨拶をしたところ、フェリスとリリィナが不思議そうに目線を向けてきた。
「ん? どうかした?」
「何をしているの?」
「あ、つい。これは、食べるときに感謝する儀式みたいなものだ」
「儀式ですか?」
「ああ。動物や植物の命に感謝したり、ご飯を作ってくれた人に感謝する、とかって意味もある。だから、食べ終わったときも、『ありがとうございました』っていう感謝の気持ちを込めて同じように手を合わせて『ごちそうさまでした』って言うんだ」
そう説明し終えると、次の質問はなく、フェリスとリリィナはユウト同様に手を合わせ。
「いただきます」
「いただきます」
「私も、これから先ずっとやることにする」
「わたくしも。その考え方、とても尊敬できます。ユウトさんは儀式とおっしゃっていましたが、人としての礼儀のようにも感じました」
「まあ、もはや習慣になってくると意味とかは忘れ気味になっちゃうからな。たしかに、リリィナが言っていることで合っているかもしれない」
待ちに待ってましたと言わんばかりに、フェリスが箱から小皿へと食べ物を運び始めた。
そして、その手に目線がいき、次に自分の手物に目線が移動する。
(え、普通に箸じゃん)
ユウトは、もはや自分が居るのは異世界じゃないのか、と思い始めるも、目の前に居る少女2人の頭上に生えている耳を見て現実へとすぐ引き戻される。
「それにしても綺麗な場所だ。緑が生い茂る森の中の穴場スポットって感じ」
「すぽっと? かどうかはわからないけど、とっても綺麗でしょ~。私たちのとっておきの場所なんだっ!」
「ふふっ、フェリスはこう言っていますけど、水を調達したり……いや、フェリスの場合は水遊びが一番かしら」
「あーもう、なにそれー! 私はそんな子供じゃないよーだ。そんなことを言っているリリィナだって子供じゃないー!」
もう「その反応が子供扱いされるには十分なのでは」、というツッコミをしようかユウトは一瞬悩んだ。が、便乗してしまうと話が長引いてしまう、と判断して思い留まる。
「美味い」
「でしょでしょ、リリィナが作ってくれるご飯はいっつも美味しいの」
「フェリスが頑張って食材を採ってきてくれているからよ。あ、でも今回だけは少し遠慮してね」
「大丈夫だよ、わかってるって。今日はユウトの歓迎会だからね」
「え? これ、俺のために作ってくれたったこと? さっきのはお世辞とかではなく?」
「そうですよ。ですので、フェリスも頑張ってお料理を手伝ってくれていたのです」
「私は不器用だから、迷惑をかけないように普段は料理をしないの。だから、今回はすっごく慎重に頑張ってみたんだ」
「フェリス、リリィナ……ありがとう、ありがとう……」
「いえいえ、これからもよろしくお願いします」
「また一緒に山菜を採りに行こうねっ」
可愛い空間だけではなく、優しい空間に包まれているユウトは目に溜まった涙を気が付かれないよう、下を向いて料理を口にガッガッと運び続けた。