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第5話『自身が立つは異世界、されど日常』

「おっはようございまーすっ」


 入り戸を3回ノックし、開放後の第一声からそんな爽やかな挨拶をするのはフェリス。

 その爽やかな挨拶にヴァーバとユウトは頬を緩ませ、穏やかな気持ちになる。


「おやおや、今日はこれまた一段と元気じゃのぉ」

「はいっ、今日は色んな予定を立ててみました!」

「ほぉほぉそうかいそうかい」


 と、本日の予定をずらずらと並べたフェリスに手を引かれるかたちで、昨日の恐怖体験をした森へ向かうことになった。


「な、なあ。昨日の今日で、武器も持たずに森へ入るのはさすがに危ないんじゃないか?」

「大丈夫だよー、私は短剣を持っているから」

「本当? ならよかった――とはならないでしょ」

「まあまあ大丈夫大丈夫。今日も籠を用意してあるから、沢山集めよー!」

「本当に大丈夫なのかよ……」


 ユウトは不安で不安で仕方なかったが、フェリスの純粋無垢な笑顔を前に反論する気力はどこかへ飛んでいってしまう――。




 ――森へ繰り出し採集開始から早30分が経過した。


「凄いですよぉ~、予定していた量がもう集まっちゃった。なのでー休憩!」

「お、もうそんなに集まったのか」

「これだったら朝早くから来る必要はなかったかな。ユウトのおかげだね」

「まあ俺にできるのはこれぐらいだからな」

「元々の世界でも集めていたりしたの?」


 唐突に、どこまで話をしていいものか悩んでいた話題を振られたものだから、ユウトは目を見開いで顔を前へ突き出す。


「うおうっ。こんなことを訊くのはお門違いかもしれないが、俺みたいな存在をどこまで知っているものなんだ?」

「ん~【星降り人】っていうのはこことは文字通り別世界から女神様によって召喚された人たち。そして【星降り人】と呼ばれている人たちには役職があって、それぞれに与えられた役職に見合う働きをしなければならない――という感じかな?」

「え……それって、もう全部知ってるじゃん。てか、女神と直接話をした俺より詳しいんかい」

「どうなんだろう。これぐらいしか知らないよ? でも、ユウトが今の内容で間違いないって言うんだったらそうなんだと思う。あ、あとみんな【ニホン】? という国から来ているぐらいかな?」

「はぁ……心配していたのが馬鹿らしいな」

「どういうこと?」

「いやさ、こっちの世界で元居た世界のことをどれだけ喋っていいのかって考えてたんだよ」

「なるほど」


 ユウトは盛大なため息を鼻から吐き出し、肩の力がスッと抜く。


「天罰が下るだの、世界の禁忌に触れるだの――いろいろと考えて身構えていたのになぁ」

「でも、そこまではわからないよ? もしかしたら、女神様が急に――! とか」

「おいやめてくれよ」

「ふふっ」


 2人で籠の中に山菜などを詰め込んでいると、ユウトは当然な疑問を言葉にする。


「てか、さすがに集めすぎじゃないか? 籠に入らないのは抱えて持っていく感じ?」

「説明するの忘れてたね。これを――こうすると」

「なるほどね」


 籠から少し離れた空間――フェリスの右側辺りに空間の歪みが生じ、手に持っていた山菜が姿を消した。


「むむむ、反応が思っていたのと違うなぁ」

「まああれだ。こっちの世界にも物語が記されている本とかってあるだろ? そういうので散々観たことがあるからな。アニメとかでも」

「アニメ?」

「あー、なんていうか。人間そのものが動いているわけじゃないんだけど、物語の登場人物が動いたり喋ったりする――いわゆる、娯楽的なやつだ」

「ほえ~~~~~~楽しそう! 観てみたい!」

「こっちの世界じゃあ、まず無理だろうけど」

「えー、それは残念」


 じゃあ最初からその空間収納術みたいなものでよくないか、という疑問をユウトはソッと胸の内にしまい込む。


「てなわけで、もしかしたら魔法とかは素人以上に詳しいかもしれない。たぶん」

「じゃあ、ここから物を出せるっていうのも――」

「収納できるのだから、取り出すことができたって不思議じゃない」

「む~」


 フェリスは口を尖らせて不服そうに、竹でできた水筒を取り出した。


「せったく驚かせようと思ってたのに。なんだか、複雑ー。ご褒美を笑顔であげられないよ」

「ご褒美?」

「だって、疲れたでしょ? だから、すーっごく冷たいお水を渡そうと思ってたの」

「いやいやいや。その好意、めちゃくちゃ嬉しいよ。ありがとう」

「そう? 嬉しい?」

「おう。体を動かしたから、ちょうど喉が渇いていたんだよ。ほんっっっっとうにありがとう」

「本当!?」

「うんうん」


 あからさまに気分が落ち込んでいたフェリスの心境を察し、ユウトは大袈裟に首を上下させる。

 受け取った水筒は、フェリスが言っていた通りでキンキンに冷えていて、栓をキュポンっと抜いて喉に注ぎ込まれた水は最高に美味。


「とりあえずもう大丈夫だから、村に帰っちゃお~」

「それにしてもフェリスは凄いな。これを毎日やっているのか」

「へっへーん偉い? 私偉い? もっと褒めてくれてもいいよっ」


 耳をぴこぴこと動かし、銀色のもふもふした尻尾を左右に振っている姿を見たら、ご褒美待ちの犬を想像してしまうだろう。

 現に、その愛くるしい姿を目の当たりにしたユウトは、ナデナデしたい症候群に苦しめられている右手を必死に抑えている。

 元の世界にいた犬であれば撫でて愛でることは何一つとして不自然でないが、目の前に居るのは1人の少女。そんなことをしてしまえば問題になりかねない。

 ユウトは、心の中で「我慢だ我慢だ我慢だ我慢だ――」と、何度も早口言葉のように繰り返して堪え続ける他なかった。


「今日はまだまだ予定があるよーっ」

「お、おう」

「元気に行こーっ」

(くっ――油断してたらいつか無意識に撫でてしまいそうだ。気を付けないと……俺、我慢だ我慢)

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