「もうすぐ見え――あ、あれあれっ! 私が生活している【ウォンダ村】だよーっ」
楽しそうにぴょんぴょんと跳ねるフェリスが指を差す方向へ視線を向けると、一風変わった村が視界に入ってくる。
一風変わったというのは、普段目にしないような民族的風習の家というわけでも、近未来的建造物でもない。どちらかというと日本でいうところの昔の木造建築の家々だ。
見渡す限り、目立つような建物はなくほとんど全ての建物が一階建てで、門のようなものもなく囲いのようなものもない。
「じゃあまずは、村長に挨拶かな」
「え、でも……それって大丈夫なの?」
まるで「なにが?」と今にも言いたげな顔でフェリスはユウトを見ている。
「だってさ、こんな得体の知れない存在を紹介って……大丈夫なのか? しかも、そんな人間を村の中に招き入れるとか、どう考えても誰かに勘違いされて襲われたりしない?」
「あー、そういうことなら大丈夫大丈夫。私たちの村って時折、旅人の人が立ち寄ったりするし。それにー、そうでなくても大丈夫。ということで、立ち話も疲れるだけだから、行こー行こー」
ユウトはまだまだ言いたいことはあったが、意気揚々と話を進めるフェリスの様を見ては言葉を飲み込むしかなかった。
足を進め始めること数分――ユウトが懸念していたことは本当に起きない。
普通、見ず知らずの人間が大手を振って歩いていれば、注目の的になるのは必然だと思っていたのだがその予想は見事に外れた。行き交う人たちは物珍しそうな目線を向けることなくただ横を通過して行く。
ここで、もしも他の誰かに説明するならば訂正しなければならない。”人”ではあるのだけど、正しくは”獣人”と言った方が簡潔に説明ができるだろう。
煌びやかな衣類は身に着けておらず、どちらかというと庶民を彷彿させるような格好をした彼女彼等。種族はあるのだろう、猫や犬などのようなぴょこぴょこと動く耳や、毛並みの揃った尻尾が右に左にひらりひらりと揺れている。
まるで、ファンタジーの世界に入り込んだものと錯覚していたものが、本当に目の前に存在しているのだから信じるしかない。夢見心地だった気分が、いよいよ現実だという事実を突きつけてきた。
そんな光景に見惚れていると、とある一軒家の前まで到着。
「ささっ」
有無を言わさない流れに、ユウトは身を任せて家屋に入ると一人の獣人が湯呑を片手に寛いでいた。
「よく来たのぉ、さあお入りなさい」
「お邪魔しまーす」
「は、はぁ……お邪魔します」
流れるような対応に若干の疑問を抱きつつも、言う通りに中へ入り、用意されている座布団の上に腰を下ろした。
「まず初めに、わたしが村長のヴァーバだ、よろしくの。さて早速、疑問点の一つを解消してあげようかの。……ほれ、この耳が答えじゃよ。よぉーくと、遠くまで聞こえるのでの」
ヴァーバは自分の頭からほぼまっすぐ伸びる耳を指している。なかなかに反応しにくい状況であるがそれの意味することは、「遠くまで聞こえていたから、話はある程度理解しているぞ」ということだ。
「次の疑問点について答えるとするか。この老婆は、『なぜこのような得体の知れない人間に対して警戒をせず寛いでいるのか』を。――それは、この世界において
「そうそう。だから、みんなも不思議に思ってなかったってことだよ」
「そうじゃの。そうだ、お主の役職は何を与えられたのかの?」
ヴァーバとフェリスから期待に満ちた眼差しを向けられるも、何一ついい印象がない女神とのやり取りを思い出す。
が、その期待を背くように歯切れ悪く答えるしかなかった。
「いや、そのぉ……なんというか……」
「うんうんっ! もったいぶらないで教えてよっ」
「……何もないんです」
その答えを聞くに、二人は目を点にして口をぽかんと開けている。
状況が状況でなければ、かなり笑える絵なのだが今はそんな状況ではない。なんせ、事実なのだから。
「ふむ……そういうこともあるのかの……? 後から天啓を授かるかもしれぬしのぉ……」
静寂。
場の空気は凍ったように静まり返り、さらにそれぞれの微妙な表情はこのなんとも言えない状況に拍車をかけている。
若者二人は状況を打開する術を知らず、ただ硬直する他ない。
「そうだ、その様子だとこれからの予定は決まっておらぬじゃろ。ならば、まずは泊まる場所かのぉ」
「……は、はい。それは決めたいところです」
「どこにも宛はないのだろうから、一旦はこの家に泊まるといい」
「――ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「よし、決まることも決まったし、次は街案内と行きましょーっ」
ユウトは一瞬、考えた。
自分みたいな存在を認知しているからといって、ここまで親切に扱ってくれるのは何故か。そして、流されるようにこの人達を信用していいものなのか。だが、ヴァーバの言う通りに行く宛もない状況では、その親切にありがたく従うしかない。
とりあえずの生活基盤がみつかり、心配の種は少しずつ消えていくことに心の整理をする余裕が生まれてきた。
当面の方針としては、この世界で生き抜くこと。たったこれしか思いつかないが……。
街中を歩く最中、ユウトは先ほどの出来事を思い出す。
「そういえば、さっき使ってたのって魔法、とかだったり?」
「おー、そうだよ~。でも、私が使ったのは少し違くて、【霊法】って呼ばれているものなんだってー」
「へ……へえー。そ、それってどういう……」
顔半分を引きつりながらの質問へ、フェリスは不思議そうな顔で回答した。
「どうかしたの? というか、魔法を知っているということは、精霊についての知識もあったり?」
「まあ、そこそこには? いや、待って。詳しいことは知らないから、話を振られてもわからないことの方が多いと思う」
「なるほどね? ちなみに、この世界にいる精霊は数種類いるんだけど……今は省略するとして、さっきのは微精霊って言うの。強力な魔法が使えるわけじゃなく、詠唱も必要なの」
ユウトは、現実でいうところの幽霊的な存在だと思って顔を引きつらせていたのだが、そういう類のものではないことに心を落ち着かせた。
「微精霊は、そこら中にたーくさん存在していて、実体を目にすることはできない。しかも霊気ってのもあって、微精霊の力を借りてその霊気を源に霊法を使える感じで――小難しい話はここら辺で終わりっ」
「そうだな。難しい話は、俺にはかなり向いてない」
「じゃあこのままぶらぶら歩いて行こー!」
心の整理はできてきても、頭の整理はできなかった。
(ゲームとかアニメとかだと、流れてくる情報に目を通せばよかったけど……新しい情報がどんどん入ってくるだけじゃなく、一時停止することができないなんて無理ゲーすぎる)
そして、つい先ほどヴァーバとの会話を思い出しながら通り過ぎていく人々へチラチラと目線を動かす。
(本当に、この村で生きている人たちは俺のことを物珍しそうにジロジロと観てきたりしないんだな。なんというか、特別な存在だっていうのはわかったけど、見向きもされないっていうのは、それはそれで寂しい気分だ)
自身が【星降り人】というカテゴリーに分類されていることがわかったから、尚のこと。
歩いている最中、本当にこれといって特別なことは起きなかった。
この村の規模は日本でいう市より小さく、【ヴォンダ村】という名前の通り日本でいう村の規模と同じ。二階建てより高い建造物はなく、至って平和な村。
夕暮れ時、ヴァーバ村長の家へ戻ったユウトは温かい歓迎を受けた。
豪華なもてなしと言えるものではなかったが、祖父母の家へ泊りに行ったような懐かしくもあり心温まる、優しい味の料理の数々。
それはもう、疲れた心と体にはとても染み渡るものだった。
濃密すぎる一日は終わりを迎える。
間違いから異世界へと転移させられ、横暴とも言える身勝手な女神との出会い。と、思っていたら見知らぬ土地への捨てられ――いや、半ば追放させられてしまった。
(あの【女神ルミナ】とかいう、身勝手極まりない存在……絶対に許さねえ。しかもスキルを与えた的な話をしておきながら、使い方の説明すらされてなかったし、肝心な場面で全く役に立たなかったぞ。どうなってんだよ)
温かい羽毛布団……ではなく、自然の香りが全身を包み込む
「はぁ……俺、これからどうなっちまんだ。元の世界に帰れるのか……? はぁ……とりあえず、こっちの世界で生き抜くしかないよな。頑張れ俺」
明日の自分にエールを送り、ユウトは眠りについた。